第20話 襲撃

 この国には、絶対に敵には回してはいけないもの――政治家と、マスコミ、ネット世界の住民がいる。


 マスコミの代表格、週刊文夏新聞のスクープは凄まじいものがあり、それで人生を大きく狂わせられた人間は数知れない。


 都内の某オフィスに、クマ達は真知子を交えて出向いている。


『文夏社本社オフィス』――


 日本で1億部の出版枚数を誇り、日本では全く知らない者がいない超大手新聞会社――先日、クマが「自分の知り合いに、新聞社の知り合いがいる」と話した新聞社がこれである。


 流石に一流の情報雑誌社に出向く為に、クマ達はUNIQLOや銭湯に出向いて、小綺麗な格好をしており、はたから見たら中小規模の会社の社長とその取り巻きにしか見えない。


(誰かに見られていたらどうしよう……)


 一月の入院生活を経てギブスが取れ、両膝に器具を着けている真知子はまだ歩行訓練のリハビリ途中な為歩く事はままならず、レンタルの電動車椅子に乗っている。


 幾ら自分が悪くはないとはいえ、仮にもこの国を背負って立つ政治家の宇多田の秘密を真知子は知っている為、命が狙われるのではないのかという不安はあり、幸いにして入院中は襲われる事はなかったのだが、自分だけでなく入院している和哉が狙われるのではないのかと恐怖に怯えている。


「真知子、安心しろ、お前の仇は俺が取る、何としてもな……」


 明彦は、宇多田や猪狩達と刺し違える覚悟で真知子のそばにいる。


 明彦の背負っている古着のブランド物のメッセンジャーバッグには、100円ショップで購入した包丁が2本程入っている、もし仮に自分や真知子が襲われたら、相手を殺すつもりで立ち向かう為だ。


(凶器準備罪に引っかかるかもしれないが、俺は罪に問われても構わない、俺には家族や親戚はいない、仮にそれで逮捕されたりまたネットに載ったとしても、一度ネットに載ったから後は同じようなものだ……真知子、必ず守るからな)


「なぁ、道明寺さん……」


 天狗は、悲壮な決意を固める明彦を見て呆れた口調で話す。


「そんな物騒なもん持ってても、相手は国家権力だ、シャブ漬けにした奴にダンプを運転させて真知子さんを殺そうとした奴らだ、そんなの持ってても役には立ちはしねぇよ。捨てちまえよ……バレバレだぜ、あんたの殺意。後は俺たちが処理するから、あんたは和哉君の手術が成功する事を祈ってくれればそれでいい、うちの若い者が和哉君の病室で警備に当たっているはずだから安心しな」


「オオカミ君か。だがあの子は若いし、もし殺されたりでもしたら……」


「なぁに、あいつには格闘術を仕込んである、柔道や空手の昇段審査に行けば一発で黒帯が取れるし、小さな大会に行けば優勝できる腕前だ。それにあいつは、俺達にはない強運があるんだよ……」


 天狗とクマは、ニヤリと笑いながら明彦を見る。


「いや、だが、若いし危険な事をさせなくても……」


「その危険な事をあいつ自らがやる、と言ったんだ、アイツは金を掴みたいと言って俺達の仲間に加わったんだ、覚悟はできているし、今の餓鬼よりも肝は座っているからな……」


「……あ、あぁ、確かにそうですね……」


 明彦は、健吾の無事を、天から全て見ている神、いやそれを超越する『何か』に願うかのように、天を仰ぐ。


 ☆


 昴病院の個室、朝比奈和哉の入院する部屋に、健吾はいる。


 和哉は脳腫瘍ステージ2で19歳の頃から入院しているとはいえ、まだ手術はしておらず意識ははっきりとしており、一日千秋の思いで真知子の帰りを待ちわびている。


 この計画が失敗したら、真知子だけでなく自分の命がこの世から抹殺されるかもしれない――国家権力に喧嘩を売って失敗した者の末路は、社会的に抹殺されるか命を奪われるかそのどちらか。


(クマさんが言っていたけれども、襲撃なんてあるはずねぇじゃん。早く帰ってきてくれねーかな。あーあ、タバコが吸えねーよ……!)


 ベッドの上から窓の外を見やる和哉を見て、健吾は溜息をつく。


「どうしたんすか?」


 和哉は病室で煙草が吸えずに、軽い禁断症状を起こして憂鬱そうな健吾にそう尋ねる。


「いや、何でもねーよ、君、歳いくつぐらいだったか?」


「20歳です」


「そっか、俺とタメだな」


(俺と同じ年の奴が、重い病気に罹っているのか……! なんかすごい可哀想だな……)


 抗癌剤の影響で頭が禿げ上がり、細胞が栄養を寄せ付けない為なのか、ろくに食事を取る事が出来ずにロックスター並みにがりがりに痩せている和哉を見て、健吾はいたたまれない気持ちに襲われる。


「オオカミさん、でしたよね、確か。何の仕事をなさってるんですか?」


「あぁ、俺か、しがないホームレスだ。会社が倒産しちまって、さっきいたクマって人の世話になっているんだよ」


「そうですか」


 和哉は躾を真面目に受けてきたのか、丁寧な口調で健吾にそう言う。


「いや、敬語はやめろよ、歳同じだし。お前さん入院するまで何をしていたんだ?」


「老人ホームで介護の仕事をしてたよ」


「ふーん、そりゃたいそうな事だな……で、病気になって入院しちまったって感じか。可哀想だなそりゃ。彼女とかはいたのか?」


「いたけど、病気を理由に向こうの親が無理やり別れさせられたよ……」


 和哉は昔の事を思い出した為か、深い溜息を付く。


「ふーん、そっかぁ、いや俺も2年ぐらい彼女いねえけれど……つまんねーだろ、毎日が」


「そうだね」


「ならな、お前さんの手術が成功して、この仕事がうまく行ったなら、俺の仕事仲間にミカドっていうエロい中年のババアがいるが、そいつに頼んで彼女を紹介してやろうか?」


「え!? いいの!?」


 和哉の顔つきは、健康そうな人と変わらないぐらいに、明るく明快になる。


「現金な野郎だな、いいよ、ただし、お前さんの手術が成功して仕事がカタがついたらだがな」


「そっか!よーし早く治すぞ!お姉ちゃん、早く帰ってきてくれないかなあ!」


 他の見舞い客なのだろうか、健吾の耳に人の足音が聞こえてきて、思わず健吾は身構える。


「誰か来たの?」


 和哉は、不安そうに健吾に尋ねる。


(3,4……ぐらいか、いや何とかなるな!)


 ドアが開くと、そこには柄の悪そうな服装をした血の気が荒そうな男達が数名、健吾達の目の前に姿を現す。


「何だてめえら!!」


「おい小僧、そこのガキを渡してもらおうか」


 リーダークラスらしき、スキンヘッドでサングラスをかけた、如何にも柄の悪い男は、健吾に手招きをする。


「渡してくれと言われて素直に渡す馬鹿がどこに居るんだ?」


「交渉は決裂だな」


 スキンヘッドは、取り巻きの柄の悪い連中達を顎で合図する。


 ☆

 「いやぁ、阿武隈さん、お待ちしておりました」


 シワの寄れた開襟シャツを着た中年の男性は、クマ達を出迎えてくれる。


 文夏社の社長室ーー決して、一般の人が入ることができない部屋に、たかが一介のホームレスが入っている。


(この人は一体何者なんだ……?)


 明彦は、かの有名な週間文夏社社長の栗林の前に臆することもなく堂々と立って話をしているクマを尊敬の目で見やる。


「単刀直入に話します、2点ほどあります。まず1点目は、死神大学病院の医療ミスは、こちらにいる道明寺さんがやったのではなく、猪狩がやったものです。もう一点は、死神大学病院は、帝民党の宇多田悟が院長に賄賂を送り、ホテルがわりに使っています。これは録音したテープがあり、証言者がいます」


「ほう……この方が、道明寺さんですか。以前死神さんの医療ミスを記事にしたことがありまして、医療ミスをする方には見えない印象があったのですが、詳しくお話しください」


 栗林は、緊張する明彦を一瞥して、ボイスレコーダーをテーブルに置く。


 明彦は、以前医療ミスの濡れ衣を着せられた際に週間文夏から記事を書かれたことがあったのを思い出し、半ば人生をめちゃくちゃにされた事を思い出して栗林を睨みつける。


 ……真知子とクマが一通り話し終えた後、栗林は立ち上がり、クマの手を掴む。


「阿武隈さん、大スクープ有難うございました、早速記事にさせていただきます、お礼はいつものように口座に入れさせて頂きます」


「ええ、お願い致します」


 栗林は内線電話をかけて、編集部に繋げ、と何やら話をしている。


 ☆


「はっ」


 健吾の回し蹴りが、茶髪のサングラスの延髄を直撃する。


 茶髪のサングラスは、うっ、と呻き声を上げて地べたに崩れ落ちる。


「ほぅ、やるじゃねぇか、あんた」


「さっさと降参しろや! クマさん達がお前らの悪行を陽の下に曝け出してくれるんだ!」


 リーダー格らしきスキンヘッドは、懐から拳銃を取り出して、健吾達に向ける。


 他の面子はというと、健吾に叶うはずがなく、グロッキーといった具合である。


「これならどうだ?坊主」


「あ!? 撃てるもんなら撃ってみろや!どうせそんな度胸ねぇんだろ!?」


「良いんだな? 」


 スキンヘッドは、トリガーを引く。


 バン、という音が鳴り響くと共に、スキンヘッドの片腕が吹き飛んだ。


「おらぁ!」


 健吾のかかと落としが、スキンヘッドの脳天に直撃した。


 騒ぎに気がついたのか、他の入院客やら医者がぞろぞろと病室に入ってくる。


「遅いぞあんたら! 」


「凄いね!オオカミ君!」


 和哉は、同じ歳なのにこんなに喧嘩が強い健吾を尊敬の眼差しで見つめる。


「あぁ! こんなん、俺にかかれば楽勝だ お前は早く病気を治せ!」


 健吾はスマホを取り出して、クマ達にライン電話を行う。


「どうした?」


「柄の悪い連中が来たから退治した! 拳銃を持っていたけれども暴発して自爆しやがった!そっちはどんな感じなん!?」


「そうか、こっちは朝一の新聞で記事にしてもらえることになった。拳銃が暴発したか……相変わらず、運がいい男だ、お前は」


 クマはフフフ、と笑い電話を切る。


 健吾は緊張の糸が切れたのか、ぺたり、と地面に崩れ落ちた。

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