第16話 真相
明彦と真知子は、医者と看護師の垣根を越えて付き合っていた。
看護師という不規則な勤務時間の中、二十四時間の間、彼等の間で確かに愛を確認する時間はあった。
だがそれも、あの手術の後で、別れを告げられる。
傍聴席にいる人間達が、大学病院ではあってはならないミスをした後処理の裁判、明彦は半ば絶望をしながら立っていたのだが、心の何処かで、真知子が自分の身の潔白を証明してくれるであろうという淡い希望はあった。
だがそれも、真知子の証言で覆される。
「先生はメスを患者の体内におき忘れておりました……」
真知子の発言に、流石に明彦の弁護士も弁護のしようがなく、一方的に敗訴となってしまう。
猪狩の勝ち誇った笑みを、明彦は恨み辛みの目で見つめて、慰謝料一億円を支払うことになった、これは、明彦の全財産と同じ額であり、瞬く間に明彦は生活に困窮してしまうことになる。
真知子と話をしようと思った矢先、病院を辞めて住んでいたアパートを引き払い、消息がつかめなくなってしまった。
その真知子が、目の前にいる――それも、人が忌み嫌うような風俗産業で働いている。
酸素マスクにつながれて、全身が打撲の痕がある真知子の痛々しい姿を見て、明彦は思わず目を背けたくなるのだが、自分は医者なんだ、と自分に言い聞かせて、一番酷い外傷の両足に目をやる。
足は明後日の方向に向き、骨が飛び出して、仮に切断をしなくても、歩行に障害が残るのは目に見えている。
――必ず、助けてやるぞ……!
明彦は、メスを握りしめて、手術に臨む。
☆
無事におならが出終えた健吾は、安堵の表情を浮かべている。
「良かったな、治って」
「あぁ、所でクマさん、明彦さんの元カノの朝比奈さんは何故裁判で嘘をついたんだ? 」
健吾は、不思議な顔をして、クマに真知子のついた嘘を聞く。
「それはな、朝比奈さんには脳腫瘍の弟がいて、手術をしないと助からない。朝比奈さんには弟さんしか身寄りがいなくてな、手術費用を稼ぐ為に比較的高収入が見込める看護師を選んだ。裁判で嘘の証言を言えば、弟さんの手術を無料でやってやる、と猪狩から言われたんだよ」
「その、猪狩って奴が、明彦さんを嵌めた犯人か? 」
「あぁ。だが猪狩は手術をしようとはしなかった。約束が違う、と朝比奈さんは怒ったのだが、権力を振りかざして病院をクビになり、仕方なくデリヘルに身をやつしたんだ。だが、新聞局にタレ込もうとした、それを知られて、猪狩は人に頼んでダンプで朝比奈さんを轢き殺そうとしたんだよ」
「な……じゃあよ、明彦さん何も悪くないじゃねぇか! 猪狩って奴ムカつく野郎だな……やっちまうか? 」
「まぁ落ち着け、猪狩が務めている死神病院で、政治家が院長や猪狩に賄賂を贈って、自分の健康維持を優先にするようにしろ、と仲間の医者からタレコミがあった。証拠はある、朝比奈さんが全てを知っている、なので、退院したら朝比奈さんに証言してもらう事にする、うまくいけば、死神病院が俺達のかかりつけ病院になる……」
クマはニヤリと笑い、缶コーヒーに口を運ぶ。
「クマさん、証拠が手に入ったぞ」
マイコンはスマホをクマに見せる。
そこには、賄賂の書類と政治家の、宇多田悟の署名が書いてある。
「でかした、後は証言があれば完璧だな……」
「なぁ、その書類は一体何処から手に入ったんだ? 」
「それはねぇ、売春をしている馬鹿な医者がいるのよ、男だけどねぇ。そいつに頼んで、今回の書類を手に入れるようにしたのよ。そいつったら馬鹿でねぇ、私の仲間のキャバクラ嬢と売春していたのよ。黙っている代わりに、手足のように働いてもらったわ……」
ミカドはククク、と笑う。
「じゃあ、その証拠と証言さえ合えば、猪狩は終わりなんだな」
「いや、安心するのはまだ早いぞ、あいつらはガラの悪い連中を使ってくるかもしれない、ダンプの一件がそうだ」
天狗はそう言って、溜息を付く。
「だからお前は、体を治したら、稽古を続けるぞ。一週間も休んだから体がなまっているだろうからな」
「分かったよ」
「ねえ、手術終わったみたいよ」
ミカドは、廊下から出ていく明彦達に気が付き、明彦の元へと足を進める。
*
「……そうだったのですか」
明彦はクマの話を聞き、溜息を付く。
「ええ。事情は私の身内が聞きました、朝比奈さんが意識を取り戻して、証言してくだされば、この仕事は成功します」
「そうですか。猪狩達があんなことをしているのは知りませんでした」
「なあ、疑問なんすけど、賄賂の話とかって全く知らなかったんすかね? なんか、知っていてもおかしくないような話なんすけれども」
健吾は、クマ達の話を聞いて疑問に駆られる、大病院に数年も務めている人間が、何故内部の事情に疎かったのだろうかと。
「それはな、健吾、死神さんの上層部だけが政治家と賄賂等を貰っていて、部下に知られたくは無かったんだよ。明彦さん、よくよく考えてみればわかると思うのだが、入院していた患者の中に、政治家さんたちはいなかったのだろうか? いやな、裏は取れているんだよ、帝民党の宇多田悟がちょくちょく入院していた筈だ、カルテで裏は取れているんだ」
「確かに、その二人が頻繁に通院しているのは知っています」
「やはり、そうなんだな……よし、死神病院を潰しにかかるか」
クマは、意を決した顔つきでマイコン達を見やる。
「え? でもよ、死神さんが俺達のかかりつけの病院になるってさっき言ってなかったか?」
「馬鹿野郎、そんな糞みたいな病院でお世話になりたいと思うか? 昴さんの方が100倍ましだ、第一、都内にあるし遠すぎだ」
天狗は健吾の頭を軽く叩いて、そう言った。
「だが、証言をしようにも、肝心の真知子が話に乗ってくれるのでしょうか?」
「それは、貴方が上手くやる事だ、私達は貴方の今後の行動次第で動くことにする、先に言っておくが、見返りは求めない、貴方は健吾の命を救ってくれたお礼だ、全てはあなた次第だ」
クマは、明彦の瞳をじっと見つめる。
その、嘘偽りのない瞳に、明彦は気押されした――
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