第17話 夢

 医療ミスをした人間の裁判――世の中で暇を持て余している人間、それも底辺にいる人間程、所謂勝ち組と言われる医者が権力を失墜するのが楽しみで仕方がない。


 傍聴席には、被害者遺族や病院の院長やら上層部の他に一般の人間や、このニュースを面白おかしく記事に書こうとするマスコミ関係者で埋め尽くされており、容疑者である明彦は、死にたくなる気持ちで胸が埋め尽くされている。


(ここに居る人間達は、多分俺の事をネットにでも書いたりするのだろう、だが俺は、無実なんだ……! 真知子が全てを証言してくれる!)

 

 厳格な裁判委員長の他に、一般で選ばれた裁判官も交じっており、面倒臭えなあ、といった具合の顔で明彦を見ている。


 周囲はざわつき始めている、いよいよ裁判が始まるからだ。


「静粛に」


 裁判委員長はそう一言咳払いをして、口を開く。


「えー、被告は、2018年O月O日に間紀子の手術を執刀致しましたね」


 50代後半ぐらいの肌艶で、無数の皺が刻まれたその裁判官は、被告席にいる明彦と猪狩を見やる。


「はい、相違ありません」


「被告、道明寺明彦、手術が終わった後に、医療用機器のメスを間の体内に置き忘れたと、相違ありませんね?」


「裁判長、異議があります、私はメスを取り忘れてはおりません、そのメスは、猪狩がやったものです、私の同僚の朝比奈真知子が証言してくれます」


 明彦は、隣にいる真知子を期待の目で見やる。


「証人、朝比奈真知子、貴方は、道明寺明彦がメスを取り忘れたのではなく、共同で手術をした猪狩直之が置き忘れた、との事でしょうか?」


 真知子は、明彦を悲しそうな顔で見やり、重々しい口を開く。


「いえ、道明寺さんがメスを置き忘れました」


 周囲がざわつき、裁判官は静粛にと告げる。


「裁判長、私はやっておりません!」


「証拠と証人はあるのでしょうか?」


 猪狩が雇った弁護士は、明彦に淡々と告げる。


 明彦には証拠は無く、真知子の証言以外無い、これには、明彦が雇った弁護士もお手上げの表情を浮かべる。


「被告、道明寺明彦。懲役3年、執行猶予4年、間への慰謝料一億円を科す」


「そんな、俺じゃない! 俺じゃないんだ!クソッタレ、猪狩覚えとけよ!」


 傍聴席にいる被害者の家族や、一般の傍聴客からは、人殺し、との声が響く。


(ごめんね、明彦、そうでもしないと、和哉は死んでしまうの……!)


 真知子は、目に涙を溜めて、余裕の笑みを浮かべる猪狩を見やる。


 猪狩はいやらしい顔つきで、真知子をにやりと笑って見つめる。


 ごめんね――


 *

 真知子が目を覚ますと、そこには、複雑な表情を浮かべる明彦と、クマ達がいる。


「真知子、気が付いたんだね」


「……!」


「君は、ダンプに轢かれてこの病院へと運ばれてきたんだ、両足がボロボロで、俺が手術をした、数か月のリハビリを終えれば、君は元通りに歩けるし、走ったりスポーツをやる事が出来る」


「ごめんなさい、私、ごめんなさい……」


 真知子は、自分を愛してくれた明彦に合わす顔がないといった具合で俯いて、ややくすんだシーツに涙を落とす。


「真知子、俺は君を責めたりはしない、ここにいるクマさんから聞いたんだ、君には脳腫瘍のステージ3の弟がいる事、裁判で嘘の証言をすれば、無料で治療を受けさせてやると猪狩が話したこと、そしてその約束は口約束だった為に反故になり、圧力をかけて君はクビになって、弟の和哉君の治療費を稼ぐ為にデリヘルでバイトをしていた事……俺に、和哉君の手術をさせてはくれないか?」


「え……?」


 真知子の顔色はみるみるうちに良くなり、信じられないという表情を浮かべて明彦を見やる。


「あぁ、だがその代わりに頼みがあるのだが、聞いてくれないか? 先に言うが、猪狩のように君にとって不利益な事はしない、クマさんから聞いたのだが、和哉君の治療を受けさせる代わりに肉体関係を結べと言われたらしいのだが、俺はそんな事はしない。……君に、裁判で証言してほしい事がある」


「……証言? 医療ミスの事?」


「それもあるのだけどね、死神病院には、政治家が院長や上層部の連中に賄賂を贈って、優先的に治療を受けさせているとの話をクマさんから聞いたんだ。君はそれを知っている筈だ、俺達はそれをマスコミにバラす、協力してほしい……」


「知っているけれども、でもそんな事をしたら、命の危険が……」


「それは安心してください、後処理は私達がやります」


 クマは真知子にそう告げる。


「私達には、自衛隊で武道を習ってきた男とその弟子がいます、柄の悪い連中の後処理は私達が行います。紹介が遅れました、私はクマと申します」


 真知子は、不審者を見るような不安な目つきで、クマや健吾達を見やる、ぼろ切れのような服を着て不潔な佇まいをしている連中を信頼しろと言われても無理な話だ。


「死神病院が、政治家への賄賂を受け取っていた事はここに証拠があります。貴方がマスコミで証言すれば、猪狩の破滅は勿論、貴方を追いやった死神病院を潰すことが出来る。……無理にとは言いませんが、前向きな検討をお願いいたします」


 クマはタブレットの画像を開き、真知子に見せる。


「……!? これは確かに、証拠になります! 私が扱った医療レセプトです! 実は私、知っていたのですが、圧力がかけられてしまっていて、誰にも言えなかったのです、これで、勝つ事はできるのですか?」


「安心してください、貴方の他に証人がいます、峯岸、という中堅内科医です。証人が二人もいれば、この件は無事に終わります」


「峯岸さんですか……」


「何か知っているのか?」


 明彦は、複雑な顔を浮かべている真知子に尋ねる。


「実はこの人女たらしで、私の他に顔が良い看護師に声を掛けたりしていたのよ。私も狙われていたのよ」


「あの野郎、最低だな……」


 明彦は、かつて同僚だった峯岸を殴りたくなる心境になる。


 真知子は少し考えて、顔を上げて昭彦を見つめる。


「……この話に乗るわ、貴方への罪滅ぼしになるなら」


「……有難う、まずその前に、体を治す事だね、元どおりに歩けるまでにかなりきついリハビリが待ち構えているのだが、覚悟はいいかな?」


「分かった、覚悟はできているわよ」


「そうか、よし、安定したら、和哉君の入院している病院に行こう」


 明彦は、真知子の手を握る。


 真知子は、もう今度は手を離さないと言いたげに、強く明彦の手を握りしめる。


 それを見て健吾は、ごちそうさま、と胸が一杯になった。


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