第14話  手術

 消毒液の匂いで、明彦は目が覚めるとそこは病院の一室、腕の違和感に気がつき見ると、点滴が明彦の腕につけられている。


 白一色の部屋の中には、入院している患者は中年の男性と初老の女性がおり、家族がいないのかそれとも来れないのか誰も見舞い客がおらず、ただボーッと窓の外の景色を見ている。


 隣を見ると、先程明彦を助けてくれたクマと健吾達がいる。


「……気がついたようだな」


「はっ」


「君は極度の栄養失調で病院に運ばれたんだ、腹減ったろ?これでも食え」


 クマはスーパーの袋の中から、バナナとリンゴを取り出して明彦に手渡す。


「ああ、有難うございます」


(だが治療費が払えない……)


 収入のアテがなく、病院の治療費が払えない不安が明彦に襲い掛かってくる。


「治療費の心配はしなくていい、ここは行き場を無くしたホームレス達を優先的に見てくれる病院だ、ツケが効くんだ。死神総合大学病院の元医師の道明寺明彦君だね。ニュースやネットで見たよ」


「……そうですが」


「安心しろ、俺達は単なるホームレスだ、君に危害を加えない。ここら辺に、ならず者が集まる派遣会社がある、殺人を犯してネットに載ってる元犯罪者でも立派に働ける派遣会社だ、保証人もいらない、いわゆるもぐりなのだが、そこを紹介してやるから、そこで働いてここの治療費を稼げ」


 クマは、ホームレスに身をやつしてお金が無くなり病院にかかるお金がない人間の気持ちを知っているのか、お先真っ暗な明彦に仕事を紹介してやる。


 自分はまた働ける、社会の歯車になれるんだーー明彦は安堵の表情を浮かべる。


「だが気になることがある、君の犯した医療ミスが本当は違うのではないのかと私は思っているのだが、実際はどうなんだい? 」


「俺はやってない! 」


 明彦は強い口調で言い、思わずクマ達は驚いた顔で明彦を見やる。


「私達に真実を話してはくれないか?」


 マイコンは、明彦に尋ねる。


「ああ、いいよ、実は……」


 明彦は、重い口を開き話し始める。

 *

 話が終わった後、明彦の腹が大きな音を出して部屋に鳴り響いた。


「失礼しました」


「……ふうむ、そんな事があったのか、大病院ってのは案外インチキな商売なんだな」


 クマは溜息を付き、明彦にそう言う。


「そうなのですよ、派閥とかあるし、出世欲に駆られて人の命を軽視している風潮があるような感じがするのです、院長になっても余計ストレスが増えるんだけどな、収入もそんな大して変わらないし」


「でもよ、あんた俺達の1000倍以上の年収を貰っていたんじゃねえのか? だって俺達の月収なんざ数千円ぽっちだぞ、それにあんた医師免許持っているし、他の病院に勤めたりはしなかったのか?勿体無えよ」


 健吾は明彦を羨ましそうに見つめる。


 「いやそれがね、ネットに載っているし、前の勤め先があちこちに顔が利く所で、悪い噂がすぐに広まってしまったのです、他の病院に面接を受けに行ったのですが、名前を聞いた途端に門前払いを喰らいました。諦めて別の仕事を探そうとしたのですが、何処の会社も名前をネットで検索してしまいまして、悪評が伝わってしまってどこも雇ってはくれずに貯金も慰謝料ですべて使い果たして、ホームレス当然の生活を余儀なくされたのです……」


 明彦は悔しそうに呟き、クマが持ってきた、皮が茶色く変色したバナナを口に運ぶ。


「ふーん、悪い噂ってのは広まってしまうのね」


 ミカドは溜息を付いて、明彦を見つめる。


「そうか、兎も角、ここが先程話した派遣会社の連絡先だ、俺の名前を出せば、すんなりと雇ってくれると思うからそこに行け」


 クマはメモ用紙に派遣会社の電話番号を書き、明彦に手渡す。


「は、はい」


「俺達はこれから帰るのだが、あんちゃんは二度とホームレスなんかにはなるなよな」


 天狗は明彦を見つめて、そう言った。


「じゃあ、帰るか」


「うん、痛てててて……!」


 健吾は苦痛が酷いのか、かなり顔を歪め、悲鳴と共に腹を押さえて、うずくまる。


「どうしたんだ?」


「腹が痛いんだ!」


「ちょっと、見せてください」


 明彦は立ち上がり、健吾の方へと歩み寄り、健吾が押さえている腹の所を触る。


「痛いのはここかい?」


「うん、すげえ痛い!」


「盲腸の可能性が高いな、ここに医者はいますよね?一刻も早く医者を呼んでください」


 明彦は周囲に医者を呼ぶように淡々と告げる。


 誰かが医者を呼んできたのか、白衣を着たスキンヘッドの髪型をした初老の男性と、性格が悪そうな銀縁眼鏡を掛けた中年の腹の出た医者が健吾達の方へと歩み寄ってくる。


「どうなさいました?」


 スキンヘッドは不安そうに健吾を見やる。


 隣にいる銀縁眼鏡の医者は、健吾達ホームレスを嫌悪しているのか、このまま死んでくれ、という視線を苦しんでいる健吾に向ける。


(この野郎、俺達がホームレスだと知って、俺達の仲間を見下してやがる……!)


 天狗は、自分の弟のような存在の健吾を馬鹿にするような視線を送る銀縁眼鏡を今すぐ殴りたくなる気持ちに襲われるのだが、隣にいるクマは天狗を目で制す。


「今すぐレントゲンの用意をしてください!この子、盲腸の可能性が高い!」


「は、はい」


 スキンヘッドは明彦の気迫に負けたのか、慌てて健吾を運ぶように、周囲に指示を出す。


 健吾はレントゲン室へと運ばれることになった――


 $

 「ではやはり、健吾は盲腸なのですね」


 天狗は、やはりそうか、と言った具合の顔をして、レントゲンの画像を見やる。


「これは……」


「食物がこの中に入ってパンパンに膨れている、今すぐ手術をしないと、この子の命が危うくなる」


 明彦はスキンヘッドが言い終える前に、周囲にそう話す。


(やはりこの男、かなりの腕前の持ち主なんだな……!)


 クマは冷静な診断を下す明彦を尊敬の眼差しで見やる。


 幾らクマ達が金儲けのスキルが凄いとは言っても所詮は生身の人間であり、突然の病気になっても直ぐには対処できない。


『この男を俺達の仲間に引き入れる事が出来たならば、俺達は百人力だろう』


 ここに居る人間は、皆そう思う。


「だが手術となると、今日は外科医が休みの日で、別の病院に行くしかありません、ここから30分程離れています」


 銀縁眼鏡は、腐っても医者なのか、冷静に彼等にそう告げる。


「では、私が手術をします」


「いやしかし、あなたは……」


 スキンヘッドは、明彦の医療ミスの一件を知ってるのか、明彦の進言に戸惑いを感じている。


「私は外科の医師免許があります、知っての通り、私は前の病院で医療ミスを犯したのかもしれませんが、この子を助けたい、私に手術をさせてください!」


 明彦は、全身全霊の願いを込めて、スキンヘッドに頼み込む。


「そうですか……。ではお願いいたしますが宜しいでしょうか? 」


 スキンヘッドは明彦の思いに負けたのか、手術を行ってくれとばかりに懇願の顔で明彦を見やる。


「はい!」


「誰でもいいから助けてくれよ!てかな、このおっさんそんな悪くは見えねえ!」


 隣の部屋からは、健吾の悲痛な叫びが聞こえる。


「おっさんってのは余計だが、助けてやるからな!」


 明彦は、スキンヘッドと共に健吾の元へと急いで足を進める。


 $

  「オオカミちゃんは助かるかしらね……」


 ミカドは手術室にいる健吾を心配しているのか、手を祈るようにして握り締めており、手からは大量の汗が滴り落ちている。


「まあ、大丈夫だろう、それよりも話があるのだが……」


 クマは、何かを言おうとしている。


「あの男を仲間に引き入れようって事か、クマさん」


 マイコンはクマが言い終える前にそう言った。


「それもそうなのだが、あの男が前に勤めていた病院が、政治家から賄賂を貰っている情報が耳に入った、高い金を支払って、自分達の治療を優先させる寸法って事だ」


「な!?政治家ってのは、そこまでして長生きしたいってのか!?」


「俺はあの男を仲間に引き入れるのだが、ついでに、死神病院から全てを奪うぞ」


 クマはにやりと笑う。


「ああ、俺はそれに賛成だ」


 天狗はにやりと笑い、クマの意見に賛同する。


「私もよ」


 ミカドもにこりと笑い、頷く。


「俺もだ」


 マイコンもスマホを操作しながら、クマの意見に了承した。


「満場一致って事だな、取りあえず、オオカミが出てくるまで待つぞ」


 クマが言い終えた途端、手術中のランプが消えて、ドアが開いた。


「先生、手術は……」


 ミカドは不安そうに、明彦に尋ねる。


「成功です、それと、メスや医療機器の取り忘れはありませんからね、ここにいる人達が証人です」


 明彦は、中年の看護師二人の肩を軽く叩く。


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