第10話 尾行

 和成と一色、葉山と健吾達は別れ、元の住処へと帰ることになった。


「なんだやるじゃねぇか、お前」


 天狗は健吾の頭を軽くゴツく。


「しかも何だよ、その、性感帯ってのはよ……マジでウケるんだけど! 」


「いやあれはまぁ、俺の性感帯なのだが……ヤケクソでやったのが運よく当たったんだよ。てか、天狗さん手加減してくれよ!痛ぇよ、肋が! 」


 健吾の性感帯と、勇気の性感帯はたまたま一緒であった。


「この仕事がうまく進んだらね、今度は私が舐めてやるからね、足の裏までね」


 ミカドは下をなめずりながら、性的な眼差しで健吾を見やる。


「いや俺はおばさんには興味がないから」


「でも間一髪でしたね、まさかあいつがあんな質問をしてくるとは意外でしたよ」


 マイコンは、安堵の表情を浮かべて、スマホを見ながらクマにそう言った。


「やれやれ、運のいい男だお前は……」


 クマは微笑み、健吾の頭を撫でる。


「これで、株式の半数近くが俺達のものだし、暫くはのんびり暮らせますね」


 株式の少しが俺のものだ、と健吾はニヤリと笑い、高層ビルを見やる。


 たった、月給18万ぽっちの為に朝から晩まで馬車馬のように働くサラリーマン達を尻目に、彼等は意気揚々とこの場を立ち去ろうとした。


「……」


「どうしたんだ?クマ」


 クマのシリアスな顔に、健吾は一抹の不安を覚える。


「俺達尾行されているぞ」


「え? 」


 健吾達は慌てて、周囲を見渡す、街行く人は大半がスーツを着たサラリーマンな為に、誰が尾行しているのか彼等は気がつかない。


「俺達の計画がバレてしまう……」


「安心しろ、手は打ってある、あそこの公園に行くぞ」


 クマは、50メートル程前にある少し大きな公園を指差して、足を進める。


「マイコン、周りに連絡を取れ、誰がこの話を台無しにしようとしているのか突き止めるんだ」


「はい、今やっています」


 マイコンはスマホを操作している。


「やべぇ……」


「安心しろ、オオカミ、ここはクマさんに任しておけ」


 天狗はニコリと自信ありげに笑いながら、スマホを操作している。


 ☆


 会長室に戻った和成達は、溜息をつき、タバコをふかしている。


「まさか、本当に見つけるとはな……私は諦めていたよ、完全に」


 和成は、先程クマが会わせた勇気(健吾)が偽物だとは全く気がついてはいない。


 一色は、株式の大半が自分のものになり、和成が隠居して、運営資金を横領、選挙に出馬できるという強い期待で胸は一杯、政治家になれば年収は今よりも上になる為だ。


 政治家と太いパイプを作り上げたら、ますます馬力鉄鋼の基盤は盤石のものとなる、横領や賄賂がやり放題……日本を本気で良くしようとは思っていない、金の亡者、人間の屑、その言葉がこの男にはお似合いである。


「社長、私は反対です、あの男が本物には思えません。ここは血液型鑑定やDNA鑑定を……」


 葉山は反対の姿勢でいる、薄々健吾が勇気の偽物だと気がついている様子である。


「だが、血液型は同じA型だったし、DNA鑑定をしようにも、勇気君が失踪する前には鑑定ができるものは身の回りには無かった、だからあの男は本物だ……」


「ぐ……」


 葉山は悔しそうな表情を浮かべる、勇気が見つからなかったら、和成が葉山を会長に推し進めるつもりだった為だ。


(「馬鹿野郎、お前に人を束ねる力はねぇんだよ……ボヤボヤしているからじゃ」)


 一色は葉山のそんな様子を見て、心の中で中指を立てる。


 バイブのなる音が部屋の中に鳴り響き、葉山はすいません、と言ってスマホを取り出した。


『尾行しました、やっぱりあいつら偽物でした、今日の午後19時に待ち合わせの公園で結果を報告いたします』


 葉山はスマホの一文を見て、ニヤリと笑う。


 ¥


 葉山がメールを受け取った時よりも一時間程前……


『あいつら、変な連中と一緒にいます』


 葉山からクマ達の尾行を頼まれていた、探偵の桐生はクマ達を追いながらスマホでメールを打つ。


 クマ達は追っ手に気がついているのだ、あえて気がつかないふりをして、公園へと足を進めている。


 公園へと着き、クマはベンチで腰掛けてタバコに火をつける。


 桐生はそこで立ち止まると、背筋が凍りつくような感じがして、後ろを振り返ると誰もいないのだが、誰かから見られている視線を感じる。


(気のせいか……)


 公園には、寝泊まりするホームレスが数名いて、クマ達と何かを話している。


 再び桐生は、恐怖を感じて後ろを振り返る。


「!?」


 タトゥーの入った金髪やらスキンヘッドの男達が睨みを効かせながら、桐生の元へと近寄ってくる。


「クマさんから聞いたけれども、あたりでコソコソやってる連中はお前か?」


 その中でリーダー格らしき男は、桐生にナイフを振りかざして威嚇する。


「ひえええ!だ、誰か……!!」


 桐生はみっともなく、小便を垂らしながら後ずさりをする。


 だが誰も助けようとはせずに、ナイフなどの凶器を振りかざす人間が近くにいても誰も違和感を感じたり、警察に話そうなどという者は一人としてはいない。


 桐生を取り囲むようにして、ホームレスや先程の柄の悪い小僧、暇を持て余していそうな人間達がぞろぞろと集まってくる。


「ひっ、ひええ……!?」


 桐生は腰を抜かして、その場に崩れ落ちる。


 クマ達は微笑みながら、桐生の元へと足を進める。


「小僧……きみは私達の事を尾行していたな?誰が命令したんだい?素直に話してくれたら、何もしないよ……」


「ひえ……馬力鉄鋼の、葉山信之さんです」


「なんでぇあの野郎、やっぱ俺達の事を尾行してやがったな!どうする、クマ?」


 天狗はクマに尋ねる。


「そうか、いやな、俺から秘策がある、もしこの計画がバレた時のためにな。小僧、貴様のスマホをよこせ」


 桐生は観念したのか、スマホをクマに手渡す。


「よしお前ら、こいつを解放していいぞ」



「二度とこの街にくるんじゃねぇぞオッさん」


 金髪のナイフ使いは、桐生のシャツの袖を軽く切り、切っ先を桐生の喉元に押し付ける。

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