第8話 そっくりさん
馬力鉄鋼株式会社は、大正時代に創立者の速水勇次郎(ハヤミユウジロウ)が多方面から借金をして作られた小規模の鉄鋼会社。
戦時中、軍に軍事品の製造受給を受けて大砲の弾や拳銃などを作り発展、戦後の朝鮮戦争では軍事品の生産、輸出をしてほんの20年の間に日本では知らない者は殆どいないという大企業にのし上がった。
昭和58年、勇次郎は老衰の為にこの世を去り、代わりに息子の和成が会長の座につく。
よく、ワンマン経営の会社の二代目は駄目になるというジンクスがあるのだが、和成は寝る間を惜しんで働き、更に大企業へとのし上げる。
平成の初め、齢45を過ぎた和成に娘が生まれる。
仁美、と名付けられた娘は両親の寵愛を受けて英才教育を受けてすくすくと育ち、大学は私立の一流大学に進学、順調に経営者になると思われたのだが、あるトラブルが起きる。
仁美はある日、吐血をして救急車で運ばれる。
病状は深刻、ステージ3の肺癌である。
今ではほとんどが病院で鎮痛剤を打たれて寝たきりとなり、運が悪い事に脳にまで癌細胞が転移してしまい、意識は混濁している。
後継がなくなった和成だったが、仁美の付き合っていた男に興味を示した。
朝倉勇気は、アメリカの一流国立大学で機械工学を専攻、日本に戻ってきてからは国立大学で機械の研究をしているエリート中のエリート、学業は常にびりからトップで追試や赤点は当たり前だった健吾とは雲泥の差である。
仁美と勇気との結婚は約束されていたのだが、仁美の見舞いに行く日になり勇気は原因不明の失踪をした、住んでいるアパートからは荷物やスマホに財布、Suicaはそのまま、まるで神隠しに遭ったかのようである。
勇次郎は探偵を3件雇い日本国中を探し回ったのだが、学生時代の友人からは有力な情報を得る事が出来ずに、全く見つからないでいる。
「勇気を探し出したら、この会社の株式の3分の2をやる」――
勇次郎は役員だけでなく、社員全員にその通達を陰で行った。
*
「……というわけだ」
クマは煙草を吸いながら、健吾達にそう言うと、溜息を付いた。
「じゃあよ、その勇気って餓鬼と俺が似ているって事なのか?」
「ああ、これが勇気君の写真だ」
クマは一枚の写真を健吾達に差し出す。
アイドルには到底及ばない醜女の顔をした女性の腕を握り締める、紺のジャケットと白のワイシャツに身を包んだ20代前半の男、それは健吾にうり二つの顔つきである。
「確かにそっくりだ」
マイコンは驚きの顔つきを浮かべて、健吾と勇気の顔を見比べる。
「世の中には3人同じ顔つきの人間がいるというのは本当なんだな」
天狗は勇気と健吾を見比べて、感嘆の溜息を付く。
「でも、身長とかは似ているんですか?」
ミカドは、一色に尋ねる。
「ええ、身長も同じ背丈です、後は声だけなのですが……」
「確かに、声紋は真似できませんね、一人一人が違いますからね」
天狗は溜息を付く。
「だがな、高ストレスで言葉が発せられなくなったと言えばいいだろう」
クマは彼等にそう言って、煙草を灰皿に押し付ける。
「ここからが本題ですが、先程話したのですが、今回の仕事が成功した暁には、馬力さんの株式を3分の一、譲渡していただきたい、それで宜しいでしょうか?」
「ええ、それで構いません」
一色は、健吾の顔を真剣な眼差しで見つめる。
「い、いやさ! 血液型とかさ、DNA鑑定とかさ! そんな難しい検査とかあんじゃねえの!? そんな事したら速攻でバレるし!」
「いやな、勇気君の生体的な証拠はどこにもないし、お前と血液型が一緒なんだよ、一瞬が勝負で、これでうまくいって大金が転がり込むんだ……」
天狗はにやりと笑い、一色を見やる。
「ええ、一瞬だけ、オオカミ君が勇気君だと騙す事が出来れば、私は大金を手に入れる事が出来る。一度だけ顔を見せて、後でまた失踪したと嘘を付けばいい。それだけの事ですから。うまくいけば、オオカミ君の転職先を斡旋してもいいですよ」
一色はあくどい笑みを浮かべている。
(……な、何だこのおっさん、もしかしてゲイか?)
「え、マジっすか?」
「ああ、本当だ」
一色は健吾の手を握り締める。
健吾は気持ちが悪いと思いながらも、仮にも全国シェアの大手企業の正社員になれる夢が出来たという喜びで胸がいっぱいである。
――人間、金の事になると、顔つきが変わるんだな……
健吾は、血走った顔で自分自身を見つめる一色を見て、改めて金の魔力は恐ろしいのだなと感じる。
*
一色を見送った後、健吾は気持ちが不思議と楽になり、肩で息を撫で下ろす。
(これが上手くいったら、俺は仕事を斡旋してくれるんだ)
「おい、顔がにやついているぞ」
マイコンは健吾にそう言って、スマホに目をやる。
「だってさ、これが上手くいけば俺またサラリーマンになれるじゃん」
「相変わらずお前は馬鹿だな」
天狗は健吾を見て溜息を付く
「何でだよ?」
「ド阿保う、仮にこれが上手くいったとしても、冷静に考えてみろ、人を騙して株式を手に入れたんだぞ、立派な犯罪じゃねえか。まあ、速攻で失踪させるらしいんだが。もしばれたら、警察のお世話になるんだぞ俺ら。」
「あっ、そうか……てか、俺たちのやってる事って犯罪じゃねえか」
「今更かよ?てかな、俺達が仮に逮捕されてもな、誰も悲しむ人はいないぞ、俺達は家族とは縁を切っているし、第一お前も親とか親類はいないだろ?それでな、クマは俺達を使ったんだよ」
「ああ、そういう事か」
健吾は天狗の言葉に納得をしていると、マイコンは深刻な顔でスマホを見やる。
「なあ、君島さん、倒れたらしいぞ」
「え?まじかよ?」
君島というのは、昼間健吾が見た、家族連れのホームレスの中年男性である。
「なんか、食あたりを起こして、救急車で運ばれたんだ」
「え? きちんと加熱したんだけどね、マジか、早苗ちゃんと香織さんは救急車で付き添っているの?」
「ああ、今病院に運ばれているんだよ、参ったな」
「いや、入院費用は俺達が出すと伝えておけ」
クマは家の中から出てきて彼等にそう言うと、健吾を手招きする。
「オオカミ、これから替え玉になる為の心構えを教える、天狗も来い、ミカド、マイコンは君島さんの病院にこれを持っていけ、釣りは全て君島さんの家族に渡せ」
クマは分厚い茶封筒をミカド達に手渡しし、健吾と天狗を家の中へと手招きする。
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