第7話 客人
クマ達が普段暮らしている燈火公園のテントとは別に、シェアハウスがある。
駅から徒歩10分、近場にコンビニやスーパーがあるという超一等地にある一軒家に、クマ達は大雨や台風が来るとここで寝泊りをしている。
(「こんないい場所があるのになんでここで暮らさねぇんだよ?てか、クマって何者なんだよ?一体どうやって家賃収入を得ているんだ?」)
健吾はクマの素性が気になっている様子、無理もない、駅前の一等地の、きちんとした家をどうやって手に入れたのかが不思議で仕方がないのだ。
「なぁ、天狗さん……」
「ん……?」
「クマさんって何者なんだよ?こんな一等地にこんなにいい家があって、ここで暮らせばいいんじゃねぇのか?」
「いや、俺も詳しい素性は知らない、てか誰も素性は知らないんだ。公園にかなり前から暮らしているとしか知り合いのホームレスからは聞いてはいないな。人間贅沢になるとダメになるというのがクマの教えだ……」
「清貧って訳か……」
「そうだ、お前も社会人やって金を稼げるようになってから分かるだろ?人間まとまった金を稼げるようになったら豹変が始まるんだ。そうならないように普段から気をつけないと、泥沼にはまっちまう。お前もギャンブルやってわかっただろ?」
「あぁ、そうだな……」
天狗の言った言葉は、健吾の心に突き刺さる、健吾はアルバイトや会社勤めで手に入れた金を風俗やギャンブル、飲み代等に散在してしまった為に貯金が出来ず、肝心な時に踏ん張りがきかずに仕方なくホームレス同然の暮らしを余儀無くされたのだ。
「あんたも、ピンサロに行ってたでしょ?」
ミカドは天狗の偉そうな発言に、眉をひそめて呟いた。
「あ、いやあれは必要経費的なものだ!お前も若い頃にホストにはまったって言ったじゃねぇか!」
「いやあれは……寂しさを紛らわせる為の社会奉仕的なものよ!女のロマンよ!」
「女のロマン、ったって……」
「ともかく行こうぜ、ん?あれ、ポルシェじゃねぇか」
マイコンの指差す先には、高級外車の代表、高級取りが乗る車の代名詞であるポルシェがシェアハウスの駐車場に停まっている。
「こんな所に一体誰が来たんだ?」
「さあ知らないけど、ともかく中に入ってみましょう」
彼等はクマが会っている人が凄く気にかかり、家の中に入って行った。
☆
玄関には、如何にもブランドものですよと行った具合の革靴が置かれており、所々に穴が空き継ぎ接ぎだらけのクマの靴とは対照的である。
部屋からは、クマが真剣な顔をして出てくる。
「馬力鉄鋼の頭取さんがお見えになっているから粗相のないようにな……」
クマはそう言って、再び中へと入って行く。
「なぁ、馬力ナントカって何だ……?」
健吾は小声で、天狗に尋ねる。
「何だお前社会人やってたのに知らなかったのか……国内で一二を争うシェアの鉄鋼メーカーさんだ、年商は300億円、その頭取が直々に来るってことは、これは只事ではないぞ……」
天狗は小声で、健吾にそう囁く。
「……!?」
当然のことながら、派遣社員で毎日がただ目的もなく怠惰に過ごして来た人間に大手企業の事など知ることはなく、年商300億と聞いて健吾は武者震いをする。
健吾達は普段脱ぎっぱなしで上がっている靴を、大企業の頭取に足元を見られぬようにきちんと揃え、匂いで嫌になられないようにファブリーズをかけ、静かに玄関を上がる。
正面にある扉の向こうには、濃紺のストライプのスーツを着た50代ぐらいのガッチリとした体型の男が正座をして座っている。
「待たせてしまって失礼いたしました、私の仲間達の、右から天狗、ミカド、マイコン、そして新しく入ったオオカミです……」
クマは彼等のことを紹介すると、驚いた顔でオオカミのことを見つめる。
「……うん?似ているぞ、いや、そっくりだ、世の中には同じ顔つきの人間が3人いると聞くが、本当にその通りだ……」
「……!?」
「いえ、申し遅れました。私は馬力鉄鋼頭取の一色と申します。お見知り置きを……」
一色はかなりの値段がしただろう、スーツ量販店のスーツでは出せない光沢をした背広の中から、ブランドものの名刺入れを取り出して、天狗達に名刺を配る。
『馬力鉄鋼株式会社 頭取 一色誠司』
「貴方が、あの馬力鉄鋼の頭取ですか、噂は聞いております……衆議院選挙に出馬すると……」
マイコンはネットで色々な記事を見ている為、一色が議員選に出馬する事を商業系のサイトで知っていた。
「ええ、その事でご相談に参りました」
「ご相談、というと……?」
「単刀直入に言います、オオカミくんをお借りしたい」
一色は真剣な目で、健吾を見やる。
「え?俺を?」
「君は、勇気くんと瓜二つなんだ……それを利用して、株式の大半を貰う、馬力鉄鋼の運営資金を使って私は選挙に出馬する」
「え?全然話が見えてこねぇ!いったいどんな話なんだ!?」
「今から教えてやる……」
健吾の問いかけに、クマは静かに口を開いた。
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