第二章:替え玉
第6話 天狗
(クソッタレ、何でこんなクソみたいな生活なんだ、失業時代と何も変わってないじゃないか……)
健吾は溜息をつき、目の前にある空き缶を拾う。
ホームレスは炊き出しだけで暮らしていくのは到底不可能、皆何かしらの仕事をして生活をしている、その生活費を稼ぐ手段はゴミ集め、主に空き缶や使えそうなゴミを集めて、リサイクル業者に売り渡す。
「おいこら!サボんな!ご飯抜きだからな!」
天狗は健吾のサボりぐせを見抜いているのか、適当に手を抜いている健吾を叱りつける。
「分かったよ!やりゃ良いんだろ!?いつになったらでかい金が手に入るんだよ!?」
空き缶を回収する為にわざわざ廃品の中から作り上げたリアカーに、健吾は空き缶を投げ入れる。
(俺はでかい金を稼いでビッグになるんだよ……こんなクソみたいな世の中とはとっととおさらばしてえんだ!)
散々世間から酷い目にあってきた健吾は、早く金を稼いで楽な暮らしをしたいという世の中の人間が抱く願望に取り憑かれているのだが、来る日も来る日もゴミ回収といった派遣社員時代の収入以下の暮らしをしている現状に満足はしていない。
そもそもが、働き盛りの若い世代にホームレスをやれという事が無理難題、普通の人間ならばホームレスにならずに生活保護を受ける手段を選ぶのだが、一夜にして大金を稼げたという記憶が健吾の心理を支配しており、その幻想はなかなか消える事はない。
「贅沢言うな!クマ次第だ!俺も金が欲しいんだよ!ピンサロ行きてえ!」
この天狗という男はかなり性欲が溜まっているのか、毎日のようにマスターベーションをしているのを健吾は知っている。
「ピンサロって何だよ!別にミカドさんでも良いじゃねぇか!」
「馬鹿野郎、あんなババァじゃ勃たねぇんだよ!」
「ババァって何よ!あんたはじめここにきた時よく私とやってたじゃない!一回千円で!」
後ろからミカドの蹴りが、天狗の背中に入る。
「昔の話は別にいいだろ!3千円ぐらいの女を紹介しろよ!お前結構女の知り合いいるだろ?」
「何言ってるのよ!あんたなんて紹介できないわ!一回一万円なら抜いてやってもいいわよ!」
「抜きたくねぇよ、てめえみたいなババァで!」
ミカドと天狗のやり取りを見て、お似合いのカップルだなと健吾はククク、と笑いながら横目で見やる。
「おい時間だからそろそろ組手やるぞ!」
「はいはい」
天狗は健吾にそう言い、リアカーを隅に起き、彼等は公園の広場の方へと足を進める。
公園に点在するホームレスの住処のテントにはフルコンタクト空手練習用のグローブとマスク、ミットが入っており、これで健吾は稽古をする。
「いつホームレス狩りに遭うか分からないから、常に体を鍛えておけ……!」
クマの教えに、健吾は大きくうなづいた、この公園では暇潰しにホームレス狩りを行う不良学生や酔っ払いのサラリーマンは少なくはない、ホームレスの持つ金はせいぜい数百円程度なのだが、彼等は金ではなく、日常で溜まったうさを晴らす為にホームレスを暴行を振るう。
健吾はアパートを引き払い、クマの教えによりスマホを解約する前に、燈火公園を襲撃したのを動画で流すユーチューバー崩れを以前観たことがあったのだ。
天狗は昔、自衛官をやっていたのだが上官を殴り飛ばして退職し、殴った上官が運が悪いことに顔がきく人間で転職活動が妨害され、数年前にこの公園に来てクマと知り合い仲間になった。
そのテストは、道場破りをしろという内容で、近所のフルコンタクト空手道場に出向き門下生や師範を半殺しにしてテストに合格した。
本来ならば警察ものだが、クマが陰で手を回したらしくブタ箱に行かずに済み、用心棒としてクマの仲間に加わった。
だが、柔道2段と空手2段、コマンドサンボの経験を持つ天狗ですらも、クマには勝てない、何度か稽古をしたのだが、全く手が出せずに負けた。
「おら、もっと腰を入れろ!」
ボロボロになったミットを、健吾は一心不乱に蹴りを入れる。
その様子を、リサイクルセンターに出向き終えて戻ってきたマイコンは微笑みながら見つめている。
「なぁ、クマさんは一体どこに行ったんだ?」
マイコンはベンチに腰掛けて缶コーヒーをすすっているミカドにクマの行方を尋ねる。
「なんかね、会いたい人がいるって言って、朝から出掛けたみたい。お昼には帰るって言ってたわ」
「そっか、あの人は何をしてるか謎だね」
「でも、少なくとも悪い人には見えないね……あの人がいなかったら私達は路頭に迷っていたかもね」
「そうだな……ん?」
マイコンは、ポケットの中にあるスマホに着信があったのにすぐに気がつく。
「どうしたの?」
「クマさんからだ、会わせたい人がいるから今からシェアハウスに来てくれってさ」
マイコンはクマのラインを見て、ミカドにそう言った。
「誰かしらね、おーい、練習はここまでにして、シェアハウスに戻るわよ!」
ミカドは組手をしている健吾達にそう伝えて、缶コーヒーを飲み干した。
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