第5話 仲間入り

 真っ暗い闇には光すらさしてこない、まるで深海にいるかのような空間――この空間は、彼にとって狭いのか、酸素濃度が欠乏していて呼吸が荒くなる。


 助けを呼ぼうにも、呼べない、まだ彼の体が声を発するまでに十分に成長をしてはいない為だ。


『グルルルル……』


 腹の音が鳴り響き、瞬く間に飢餓状態に襲われる、生後間もない赤ん坊は常に栄養に飢えておりすぐに腹の虫が鳴る。


 茶髪の、顔が浅黒いピンクのパーカーを着た学が浅そうな女に、この赤ん坊は生後間もなくしてコインロッカーに捨てられて何日経ったのであろうか……


 空腹と喉の渇きは死ぬ間際までの極限状態、鳴き声をあげる気力は既にない。


「おいこのロッカー、3日間閉めっぱなしだぞ!」


 老年に差し掛かってるのだろうか、それとも煙草を吸い過ぎて声がしゃがれてるのだろうか、男の声が赤ん坊の鼓膜に聞こえる。


「開けるか!マスターキー持ってこい!」


 別の男の声が、赤ん坊の耳に届く。


 赤ん坊には、男達がコインロッカーの外で話す、その言葉の意味がわからない、声の主は日本人であるのは確かなのだが、赤ん坊は言語の教育を受けてはおらず、ただ耳元で異国の音楽を流されているかの如く、ただ訳がわからずに言葉を聞いている。


 幾ばくかの時間が流れたのであろうか、コインロッカーが管理員によって開かれて、赤ん坊は何日かぶりに、太陽の光を充分に浴びることが出来た……


 *


「はっ」


 健吾はうなされて目が覚めた。


 健吾が寝かされている場所は、4畳一間のフローリングの部屋の中で、床に布団がしかされている。


(ここは一体どこなんだ?)


「気がついたか、ここはシェアハウスだ」


 長鼻の男は、タバコを口に咥えながらそう、健吾に告げる。


「お前は丸3日間寝ていたんだよ」


「え?そんな俺寝てたんすか?いやすいませんね……」


「いや何大したことじゃねぇよ、おーいクマ、気がついたぞ!」


 長鼻の男は、扉の向こうに向かって大声でそう伝える。


 この建物の壁は元々は白かったのだろうが、長年ここの住民がタバコを吸ったのであろう、ヤニで薄く黄色く変色している。


 丸テーブルと布団だけという、シンプルな部屋には生活している息遣いは弱々しい。


「やぁ、やっと目が覚めたんだね」


 クマは目を丸くして、健吾の元へとやって来る。


「ええ、いやね、休んじゃってすいませんね、てか俺のテストは……」


「合格だ、君を我々の仲間に正式に加えよう」


「え? いいんすか?」


健吾はクマの言った事が信じられない様子でいる。


「ああ、君はテストに合格した、私はこれからやる事があり、素質のある仲間を探していた。この前にパチスロで遊んだろ?あそこにある店の台は全てが設定一のクソ台、まず普通に打ってあれだけ連チャンはしない。君は自分のツキで、あそこまで儲けたんだ、ビギナーズラックにしては上出来だ、それに君には家族はいないはずだな?」


「え、ええ、なぜ知っているんですか?」


「色々調べさせてもらったよ、君は生後間もなく茶髪の高校生にコインロッカーに預けられて虫の息寸前のところで救われて、18歳まで施設で暮らしてきた。最終学歴は底辺高校。童貞を喪失したのは14歳の夏休み、相手は同じ中学にいた新庄真美という名前の1歳上の先輩、16歳の時に真美が浮気して喧嘩別れしてから彼女いない歴5年、資格はなし、危険物取扱資格には4回ほど受けたが全滅、高校卒業後に入社した建設会社はブラックで一月後に直ぐに退社して、派遣会社に勤めて先月にそこが倒産してホームレス一歩手前の状態に陥ってしまった」


「いや、あんた何で俺の個人情報を知ってるんだ!? 探偵か!?」


 健吾が先程夢の中で見た光景――コインロッカーでの事は、施設の人にしか知らない情報だし、14歳の時に、派手目な女性の先輩とノリで童貞を喪失、付き合ったのはいいのだが浮気癖が酷くて別れた事を何故知っているんだ、と健吾は疑問に思い、思わず身構える。


「いや俺、借金とか人に恨まれることなんて一度もしたことがねえぞ!」


「私達は探偵ではない、単なるホームレスだ」


 クマはにやりと呟くと、隣の部屋にいる住民に向かい、気が付いたぞ、と声を掛ける。


(この爺さん、ただ者じゃない、何故俺の個人情報まで詳しく知っているんだ……

?)


 どたどた、と2人の男女が健吾達のいる部屋に入ってくる。


「ねえ、この子気が付いたのね、なんかね、酷くうなされていたから気になっていたのよね」


 年は40代前半、髪を金髪に染めて、やや中年太り気味の女は、健吾の事を物珍しい顔で見つめる。


「こりゃあ、クマさんの一人勝ちだなあ、パソコン買う為の資金がパーだ」


 黒縁のフレームから5ミリほどレンズがはみ出した、細長い度の強い眼鏡を掛け、黒のメッシュキャップを被った不審者の様な20代後半から30代前半の肌艶の男は、悔しそうな顔をする。


「どうせお前、パソコンったって、リサイクルの奴だろ?」


 長鼻の男は、ゲラゲラと笑い男を指さす。


「お前だってソープランドに行こうとしたじゃねえか」


「そんなんならね、私とやってもいいのよ、一発20万円だけどね」


 金髪の女は、下品な笑みを浮かべて、彼等を見やる。


「紹介しよう、俺の仲間達だ……この眼鏡が、マイコン。この女はミカド、こいつが天狗だ。ここではあまり実名は使わずにコードネームで呼びあう」


「コードネーム?」


「まあ、あだ名みたいなものだ、お前は……名前が大神だから、オオカミだ、今日からお前は俺達の一員だ、俺の名前はクマだ、よろしくな」


「は、はあ」


「お前今すぐアパートを引き払って、最低限の荷物でここに来い」


 クマは、にやりと不敵に笑い、健吾にそう言う。


「わ、わかりました……」


 これで、俺もこんな糞のような世の中を見下ろす立場に回れるんだ――健吾はそう思い、にやりと笑った。


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