太陽光が当たらないように、雲の下を通り抜けていく。

滝のある方角を指さして、案内していた。


時折小さく声を漏らし、きょろきょろと見回している。

冷たい空気を全身で感じ、夏の終わりを告げているのが分かった。


「それにしても、意外と軽いんですね」


「それはどういう意味だ?」


正直な感想を述べただけだ。背丈が低い分、軽いのかもしれない。

様々な色に変わった森を見て回った後、ゆっくりと滑るように下りた。

滝の真正面にある岩場だ。


ごうごうと音を立てながら、大量の水が流れ落ちていく。

水面には赤や黄色の葉が落ちて、不思議な模様を作っていた。

それらが川へ流されていく。ただ、黙って見入っていた。


山頂からだと本当に何も見えない。

川の流れすら、知ることもなかった。

目標はこれで達成してしまったが、本当にいいのだろうか。


「これが滝ですか。初めて見ました」


「そうか」


彼はそれだけ言った。

その表情はどこか満足げだった。


「そろそろ、いい頃合いだろうと思ってな。私なりの最終試験だったんだ」


「だから、連れて行くと言ったんですね」


視線を逸らしつつも、嬉しそうにうなずいた。


「結果は合格だ。それだけ飛べれば、どこでもやっていける」


クロヴィスは長いため息をついた。

これで終わってしまうのか。

滝の音がやけに響いているように感じだ。


「今までありがとうございました。

あなたがいなければ、ここまでできなかったと思います」


クロヴィスは深く頭を下げた。

空を自由に飛べる。里との行き来もこれで楽になるはずだ。


「最初にも言ったとおり、このあたりに張り巡らされた結界はよほどの理由がなければ通ることができない。迷子になった登山客でも案内してやるつもりだったんだ。

しかし、そこに貴殿が通りかかった。里から下りてきた理由を教えてほしい」


長い間、外の世界と関りを絶っていた天使が姿を現した理由か。

結局、その話をしたことがなかった。

翼を自由に操れるようになって、改めて考える。


『飛べない鳥に勇気は要るか?』と書かれた日記帳を思い出した。

あの一文は本当に印象深かった。

書いた理由をもう知る由はない。


「勇気が欲しかったんです。どんなことにも勇気が必要だったから」


ひとりで生きるため、空を飛ぶため、里の外へ出るため、吸血鬼から逃げないために勇気が必要だった。『勇気なんて要らない』と、自分で思いたくなかった。


「だから、空を飛びたいなんて思ったのかもしれませんね」


気づけば、行動を起こしていたのだ。

これまで使ってこなかった翼を伸ばして、失敗した。

地図を探して、ここまで来た。


「なるほど、それだけの決意があれば結界を突破できて当然か。

貴殿が本気なのが分かったから、私も楽しかった。こちらこそ、ありがとう」


彼も頭を下げた。胸がじんと熱くなった。面白さの半分は本気だったのか。

ただの遊びのつもりではなかった。


これで外にいるかもしれない仲間とも会えるかもしれない。

その時はどのような表情をすればいいのだろう。

もう一度、勇気を振り絞った。


「あなたさえよければ、ついて行きたいんです。

外の世界をもっと知りたいのです」


「天使の里に戻るつもりはない、と」


「はい。本当にできることなら」


外の世界を知ってしまった以上、戻ることはできない。

嫌になってしまったわけではないが、あそこにいても何も学べない。

閉じこもっていても、仕方がない。今は前に進みたい。


ブラディノフは腕を組んで黙ってしまった。

無理を言っているのは自分でもよく分かっている。

家族には一切話していないらしいから、よけいややこしいのだろう。


「どうしても来たいというのであれば、家族に紹介せねばなるまいが……」


「やはり、難しいのでしょうか?」


「どうだろうな、天使の噂をどこまで信じているかにもよる。

まあ、突然襲うことはないだろうから、あまり心配するな」


一応、話してはくれるらしい。

その後のことは家族の反応次第といったところか。


「これまで散々文句を言ってしまったが、私もあまり人のことは言えないな。

結界が破られたことを黙り、侵入者を許しているわけだから。

しかし、どうしても放っておけなかった……なんて言って許してもらえるかな?」


彼は吹き出して、笑いはじめる。

クロヴィスもそれにつられて、声を上げて笑った。


二人の声は滝の流れる音い吸い込まれていった。

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鳥かごの天使が求めた勇気の翼 長月瓦礫 @debrisbottle00

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