長電話
松長良樹
長電話
「もしもし……。うん。それで……。えっ!うっそーっ。――やだーっ」
――その少女は部屋のソファの上で携帯で話していた。
クリッとした目をした好奇心旺盛そうな女子だ。
少女は横になったまま何度も合図地を打って笑顔になったり、時折悲しそうな顔になったり、ちょっとふくれっ面になったりしている。
女友達との会話が楽しくてたまらないのだ。またまた少女が大声で笑い出した。
「えっ! それマジで……。 信じらんねえ!」
今友達と別かれて帰ったばかりなのに、もう会話が盛り上がっている。
少女は立ち上がって茶箪笥からスナック菓子を取り出した。封を破ってポリポリ音をたてて口に放り込む。
「それで、あっそうか……。はははははっ!」
尽きる事が無い会話。そとは夕方からすっかり夜になっている。見てもいないテレビがついていてニュースを映している。ヴォリュームは絞ってあった。
尚も会話は続く……。そのうち夜が更け、音のないテレビが臨時ニュースを映し出していた。
――大きな文字で、隣国より日本に向け、核ミサイルが発射されたと表示される。
世界戦争の危機!! そしてアナウンサーの深刻な表情、アナウンサーの絶叫!
だが少女の会話は終わる様子を見せない。外はもう深夜だ。そのとき少女の部屋全体が青白い不思議な光の輪に包まれた。
突然暗闇に閃光が走る。核爆弾投下……。
凄まじい閃光と爆音。爆風が街を襲う……。
しかし少女はカーテンを閉めただけで、尚も会話に没頭する……。
「えっ、光った……。なにが、青白い光? いつ? うっそーっ……。うふふっ」
ミサイルが上空を飛び交っている。もの凄い数だ。地響きがする。地震のようだ。
朝が来ても会話は終わらない。眠そうな目でカーテンを開けると、ほとんどのビルが見当たらない。都会が消えうせ静寂だけが残った。
尚も、尚も会話が続く、止まらない会話。何度も夜が来て朝が来て、又夜が来て朝が来る。しかし少女は会話に没頭する。
窓の外は完全に砂漠になり、生き物さえ見当たらない。
大気汚染。天変地異。大気は熱風に変わる。ついに全生物が絶滅、滅亡。
そして雨が降り、雨が降り続き、海水がマントルに逆流。
「なんか変? なにが……。 ところでさあ彼氏がねえ……」
新しい海の誕生。海底で有機物と無機物が合成して新たなる生命の誕生。
光合成生物誕生、オゾン層の構築。
超大陸の誕生。超大陸の分裂。バクテリア、藍藻類誕生。
――進化。繁殖。 ――進化。繁殖。そして生命の大爆発。
カンブリア紀、三葉虫出現。オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石灰紀、ベルム紀を経て中生代であるところの三畳紀。サンゴ、クラゲ、ゴカイ出現。
そしてジュラ紀に移行。魚が海を泳ぎ、魚が地上に上がる、両生類の誕生。
やがて恐竜が
「今、誰か覗いた。大きな目だったよ……? えっ、気のせい?」
しかし尚も会話は続く。哺乳類の誕生、繁栄。恐竜の絶滅。霊長類の出現。
ヒト上科がテナガザル科とヒト科へ分岐。ゴリラ亜科とヒト亜科の分岐。チンパンジーと人類(ヒト族)の分岐。
猿が二本足で歩き出し、ホモ・ハビリスが石器の製作に当たる。
原始人が道具を使い、紆余曲折の果てに人類が文明を持つに至る。 縄文、弥生時代を経て、水田稲作の開始。
戦国の世を経由し、主権国家の成立、産業革命による資本主義の成立。そして加速度的は近代国家の確立。テクノロジーの飛躍的な進歩。
そして、ついに、携帯電話が出来上がった。
その時だ。何事もなかったかのように少女の途方もない永い会話が終わる。
「じゃあね、またね。バイバイ!」
――ツーッ。
了
長電話 松長良樹 @yoshiki2020
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