「ステップアップ」

サカシタテツオ

□ステップアップ

 「ん?あれ?今のおもろなかった?」

 「いえ、そんな事は・・・」

 「せやろ?せやろ?おもろいやろ?ハハハ」

 正直疲れる。


 新幹線から在来線のホームに移動する間もずっとこの調子。目的地近くの駅に着いても笑いどころの分からないジョークが続く。

 丸山課長のお供で大阪出張。

 別に丸山課長が薄毛でビール腹のいかにもオジサンって事が嫌なのではない。そんな中高生の頃のような乙女の我儘はとっくに卒業している。


 私は関西の訛りが苦手。

 独特のリズムに攻撃的な言葉を載せてマシンガンの様に喋るお笑い番組は私にとって恐怖の対象であり忌避するべきモノだった。

 丸山課長が苦手な理由はソレ。

 上京してから標準語を使った事がないって言うのが課長の誇りという噂を聞いた事もある。



 「お!エライ別嬪さん連れとんな!」

 突然響く見知らぬおじさんの声に身がすくむ。


 「せやろ?手ぇ出したらアカンでー」

 丸山課長はまるで知り合いに挨拶でも返すかのようにその言葉を打ち返す。

 

 「ハハハ、この辺は大阪でも特にコテコテやからな、気にせんでええでー」

 「はい・・・」

 丸山課長が振り返り私に声を掛ける。最低限の紳士的な振る舞いは心得ている人ではある。


 大阪に到着してから益々活性化する丸山課長とは正反対に私の精神力はゴリゴリ削られていく。

 周囲から聞こえてくる雑談さえも関西訛り。

 ーー異世界に飛ばされた気分だ。

 ーーダメだ。なんとか立て直さないと。


 自分を保つために仕事モードな質問を用意する。

 まずは肩慣らし。


 「目的の建物ってまだまだかかるんですか?」

 「ん?そこの公園を突っ切ったらスグやな!」

 そう言って丸山課長は公園と言う言葉からイメージできるスケールを遥かに超える大きな広場を指さした。

 ーーうぅ、通り抜けるだけで5分以上かかりそう。


 「この時期はこの公園も紅葉が綺麗やからな。まぁゆっくり行こや」

 「紅葉ですか・・・」

 「せや。なんならココには植物園もあんねんで!」

 「それは・・・スゴイですね・・・」

 「せやろぉ?」

 自分の出身地についての話が長くなるのは、おじさんに限らず良くある話。けれど今の私は異世界に放り出された迷子なのだ。どんな自慢話も右から左。風に吹かれてヒラヒラと落ちてくる赤い葉っぱを見ても『綺麗』だなんて思えるような心の余裕は1ミリもない。


 「そう言えば・・・」

 仕事モードに切り替える為に用意した言葉の第2弾は突然吹いた強風によって掻き消される。


 ビュオオーと唸るような風の音と水分を失った葉っぱ達が擦れ合うカサカサカサという音が周囲を包む。


 「大丈夫やったか?」

 風に飛ばされた赤や黄色の葉っぱが舞い散る中、丸山課長が振り返る。


 「はい、大丈夫です」

 「そうかー。でもホンマ凄い風やったなぁ」

 ヒラヒラと葉っぱが舞い散る中に立つ丸山課長を見て異世界転生の主人公みたいだと思ってしまったのは内緒の話。


 「ほな行こか」

 それだけ言って丸山課長は歩きだした。慌てて私も丸山課長の後ろに続く。


 ーーん?

 

 ソレを確認した途端、私の中で警報が鳴り響く。

 目の前でとても判断の難しい案件が発生していたのだ。


 ーーえぇ! コレってどうするのが正解?

 ーーそもそも気付かないもんなの?

 ーー伝え方を間違えたら怒られるかもしれないし。


 どうすればいいのかパニックになっている間に事態の危険度はさらに増して行く。

 前方からランニング姿の女の子達が近づいている。もし彼女達がソレに気付き何らかのアクションを起こせば私の立場が危うくなるかも知れない。


 ーーお願い! そのまま気付かずに過ぎ去って!

 タッタッタッタッと地面を蹴る音が近づく。

 祈るような気持ちでランニング姿の女の子達を見つめる。


 先頭を走るショートの女の子の表情が変わった。

 ーー気づかれた!?

 ーーお願い! 気付いてもいいからソレには触れないで!


 けれどそんな私の思いは届かなかった。

 そうココは大阪。私にとっては異世界なのだ。

 私の常識は通用しない。



 「おっちゃん! 頭に葉っぱ乗っとんで!!」

 ショートの女の子が大きな声で丸山課長に声を掛けた。その声に釣られて女の子達全員が丸山課長に注目する。


 ーーヤバい!!

 ーーコレで今日一日地獄確定だ。

 おそるおそる丸山課長の方へと顔を向ける。

 けれど。


 「おお! ホンマや!」

 丸山課長は薄くなった頭頂部に手をやり無賃乗車していた葉っぱを捕まえる。その様子を見て女の子達から控えめな笑い声が漏れるのがわかった。私にも分かるのだから丸山課長も当然気付いたはず。


 ーー終わった・・・。

 もうこうなっては私にはどうにも出来ない。

 ただ成り行きを見守るだけだ。


 丸山課長は捕えた無賃乗車の葉っぱを自分の目の高さでヒラヒラさせながら隣を走り抜ける女の子達に声を上げる。

 「信楽のタヌキみたいでカッコええやろ!!」


 ーー!!!

 ーー今なんと?


 丸山課長の大声に続いて黄色い声が幾重にも響きわたる。


 「「「ギャハハ」」」

 「あかん! わろたら足もつれるー」

 「ソレは卑怯すぎやでー」


 彼女たちの思い思いの言葉を聞いた丸山課長は満足そうな顔をして私の方へと振り返った。


 「どないした? 顔真っ青やで?」

 「いえ、その、大丈夫です・・・」

 丸山課長はつい今しがた行われた奇跡のやり取りの事など忘れたかのように血の気の引いた私の事を気遣ってくれる。


 「あぁ、わかったで。緊張しとるんやろ? あっこのお客さんは厳しいって話やもんなぁ」

 「はぁ、ええ、ハハ・・・」

 全然分かっていない丸山課長の言葉がさらに私の力を奪っていくのが分かる。


 「大丈夫、全部ボクに任しとき! 大船にのった気分でな!」

 分かっていないまま突っ走る丸山課長が少し頼もしくみえる。もしかしたら全てお見通しの上で流してくれているのかもしれないとも思う。


 ーー本当は懐の深い人なのかも。

 ーーだとしたら・・・。


 「でもまぁ、泥舟やねんけどな!」

 台無しだった。


 けれど私も学んだ。転んだ分掴んだ。

 ひとつステップアップ。


 「丸山さん、その冗談は10点減点です」

 私が丸山課長に発した初めてのジョーク。

 その言葉を聞いた丸山課長は振り向く事なく頭に手をやり


 「それはキツイな、ボクもまだまだ勉強しないとだなぁ」

 と小さく標準語でつぶやいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「ステップアップ」 サカシタテツオ @tetsuoSS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ