第4話 黒煙と白煙
PM7:00
絵の周りを取り囲んだ隊員の一人が左肩に何か当たったのを感じた。隊員は自らの左肩を目視したが異変はなかった、次の瞬間右肩にも何か当たったのを感じた。次第に当たる間隔が短くなり他の隊員にも異変を感じた。
大尉も異変を感じた、手に何か当たった。
(これは水滴か)
大尉は見上げた、そこには天窓があるはずだった天井が黒煙で覆われていた。黒煙は次第に大きくなり落ちてくる水滴の量も増えた、まさに雨雲の様だ。
「屋上応答しろ、何が起きた!」
大尉は無線で呼び掛けたが屋上にいる部隊から応答が無く、黒煙は地鳴りの様な音を鳴らし、突然目映い光を放った途端に今まで降っていた水滴が滝の如く降り注いだ。まさに土砂降りだ。
通路は全て扉で封鎖されておりいつの間にか水かさは膝下まで増えて身動きがとれにくくなり始めた。
「扉を開けろ!急げ!」
大尉と隊員たちは封鎖されたりこじ開けようとそれぞれ四つある扉に集まった、水かさは腰下まで上がった。
扉は内側から開く様になっていたが隊員たちは四~五人で押しても開く気配がない。
「駄目です、開きません」
「こちらも駄目です、開きそうではありません」
隊員たちは焦り始めた。
「待て、この扉が開きそうだ。力を貸せ!」
正門に繋がる通路の扉が少しだけ動いた、隊員たちは急ぎ集まり扉を押した。
「押せ!押すんだ!」
大尉は声を荒らげながら隊員たちと一緒に扉を目一杯に押した。少しずつ扉が開くのを感じた、水は腰の高さを越え、時間の問題だった。
突如、扉の重さが軽くなり扉が開き勢いよく水と同じに隊員たちが通路へと流れていった。大尉は流れ着いた後、急ぎ展示室へと駆け込んだ。
展示室はさっきまでの雨が止み壁や天井に付いた水滴が降る中、黒いマントを羽織ったの人物が背中を向けて立っていた、絵が入っていたケースには何もなくマントの人物の腕に絵が抱えられている。
「動くな!」
大尉は腰に着けた銃を取り出し構えた。
コートの人物は少しだけ顔を向けたが、顔全体を覆う黒い仮面で表情は見れなかった。
「約束通り絵はいただく」
男性だか女性だか判断できない声を発した瞬間、驚異的な跳躍で天井まで目にも止まらぬ速さ飛び上がった。
大尉は急ぎ銃口で追ったが、既に天窓から出ていく姿を捕らえただけだった。
PM7:06
計画は完璧だ
屋上には気絶して捕らえた隊員たちが転がっている。
このまま脱出するだけだ
黒雨は助走なしで勢いよく屋上から飛んだ。
落ちるのではなく空を飛んだ、人の力では考えられない距離を飛び次々と建物のへと跳び跳ねる様に進んだ。
全て予定通りだ、後はこのまま目的地まで着けばいい
軽々と建物の上を飛び、ようやく目的地に着いた。少し安堵し、呼吸を整えていた時。
「待ってたぜ、この時を!」
何処からともなく声が聞こえ驚きを隠せなかった。
(馬鹿な、ここには人が入れないはず)
声のする方向に体を向くと目を疑う光景だった。
男と少女がいる
BBQコンロで白い煙を上げながら串に刺した肉を焼いている、既に男の手には焼かれた串に刺さった肉と酒瓶を持っている。
男は手に持った肉にかぶり付き満面の笑みで食らっている、少女は力尽きた様に椅子に座って寝ている。
「やっぱうめー、酒と肉は堪んないな特売日に買って良かった!」
(何だ…あれは)
呆気にとられていたがまだこちらには気づいていないようだった、静かにこの場から去るため、階段のある扉に向かった。
「おいおいあれ を見ずに行くのかよ、もう少し居ろよ怪盗さんよ」
気づかれている。
「慌てるなよ、ほらもうじき始まるぞ」
男は夜空を見上げた。
「来た来た来た来た!」
甲高い音が空に響いた途端、空が光り爆音が轟いた。
男は夜空に花火が打ち上げられているのを眺めていたが、怪盗は男を見つめていた。
「どうしてここにいる、ここは誰もいないはずだ」怪盗は尋ねた。
「バーベキューのついでに様子を見に来た。俺の想像どうり、雨雲の魔術を使い水攻め、混乱の間に絵を盗む、身体強化の魔術で天窓から逃走、今に至ると訳だ」
「だが何故ここだと分かった、他にも建物が沢山あるだろう」
「跳躍強化は最長で三分程度しか持たない、それ以上やったら身体に負荷がかかる。あんたは逃げる為に最大距離で逃げると仮定して美術館から三分圏内の距離を計算した結果、唯一誰も住んでいないビルが一つあった訳さ」
「では、このビルの鍵はどうした?魔術で施錠した並み半端では開かないはずだ」
「決して魔術は万能ではない、俺は魔術や魔法は全く使えないが対処法なら知っててな、鍵が開かなきゃ壊せばいい」
「………」
「やばっ焦げる」
男はコンロで焼いている肉を確認するため背中を向けた。
「お前は何者だ」
「探偵」
「それで…私を捕まえるつもりか?」
「は?何で」
「何でって、私を捕まえればお前の名も知れ謝礼も手に入るだろう」
「あのさ…」
探偵はため息を吐いた。
「確かに賞金は美味しいけど、今肉を焼いて食って酒飲んで花火を見てるから暇じゃないんだ。お前も食っていくか?」
男は呑気に答えた、この男の考えている事はさっぱりわからない。
「あんた…本当に何者だ」
怪盗は男に尋ねた。
「俺か?俺は暇をもて余した探偵さ」
「…」
「ついでにお前の親父さんの事を…」
探偵は振り返ったがそこには怪盗は既に消えていた。
「なんだ、もう行っちまったのかよ。それにしても声まで変えるか?」
探偵はまた肉を焼き始めた
「…先…生」
助手は寝ぼけながら起き上がった。
「おい遅いぞ、もうとっくに始まってるぞ」
「えっそんな!もう肉が焼けてる!何で起こしてくれなかったんですか!」
「慌てるなって、時間はたっぷりあるからな」
絵を茶色の包み紙にくるみ本来の姿で人が行き交う街を歩く。
計画は成功した、だが…
怪盗は先ほどの探偵の話しを思い出した。
怪盗黒雨は私の父だ、父の意志を継いで私がやった。
(必ず…奴らに奪われた全てを取り戻してみせる)
花火が打ち上がる夜空を背にし、街並みに消えていった。
第4章
黒煙と白煙
完
探偵は暇をもて余す 石食い @isikui
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