15

 やばい、オレの声は聞こえていただろうか。

 聞こえていても、「可愛い」と言っただけだし、一緒に遊ぼうとは誘っていない。ギリギリセーフだ!

 あんなに可愛い美月ちゃんとデート中なのに、他の女の子に「可愛い」と声をかけるだけでも万死に値するが、ここは自分に大甘の判定を出したい。

 そう思ったのだが……。


「今、あたしのこと可愛いって言ったわね?」


 綺麗な女子大生風の女の子がオレを見た。

 ……まずい、バレた?


「…………え!」


 ニヤリと笑う表情、そして、声がとても身近な人のものだと気づき、驚いた。


「なずな!?」


 髪の長さも格好も普段とは全然違うが、目の前にいる女の子は確かになずなだった。


「やっぱりこのショッピングモールにいたわね? ……なんだ。黒くしてないじゃん」

「わざわざオレが黒染めしたか確認しに来たのか? ってか、どうしてここが分かったんだよ! お前、さすがに怖すぎるだろ! どれだけオレの金髪に執着してんだよ! はっ、まさか……オレにGPSを取り付けたりしてないだろうな?」


 ポケットのスマホを取り出し、見覚えのないアプリが入っていないか確認する。

 そんなオレを見て、なずなはため息をついた。


「そんなことするわけないでしょ? あんたが送って来たこの写真の背景を見て、このショッピングモールに来てるって分かったの」


 そう言ってオレが送った写真を表示したスマホを見せてくる。

 俺と美月ちゃんの後ろには、確かに少しだけこのショッピングモールの景色が写っているが……。


「名探偵か! 何しに来たんだよ」

「もちろん、邪魔をしにきたのよ」


 ふふん、と胸を張っている姿は可愛い。

 スタイルの良さが強調され、こちらとしてはありがたいが、言っている内容はまったく可愛くない。


「邪魔って……」

「あんな写真を送ってくるなんて、あたしに対する挑戦状でしょう?」

「意味が分からない。どういう解釈をしているんだよ」


 解釈の方は迷探偵のようだ。


「あの女の子を、あんたの魔の手から守りたいしね」

「魔、っていうな」


 オレだって最初は関わらない方がいいと思っていたけれど、今は陽キャオートを上手く抑えつつ、美月ちゃんとお近づきになりたいと思っている。

 傷つけるようなことはしない……つもりだが、デート中にナンパをしていた今まさに危機といえる。

 相手はなずなだったからセーフ……だと思いたい。


「まあ、妨害目的ってことは分かったけれど、なずなはどうしてそんな恰好をしているんだよ」

「あたしだって、あんたが好きそうなこういう恰好ができる、ってことよ」

「だから、それが何なんだよ……。お前好みじゃないファッションをするなんて、誰にも影響されず自分らしく生きていく! って言っていたのは嘘なのか?」

「それとこれとは別よ。あんたが黒くしたと思ったから、仕方ないの。あー、のど渇いた。あたしも何か飲みたい」


 そう言うとなずなは、まるででオレの連れのように横に並んだ。自由か。

 なずなに一緒にいられると困る。

 美月ちゃんにナンパをしたと思われたくない。

 最低三メートルは離れてくれ。

 スッと距離を置こうとしたろころで、タイミング悪く「お次の方」と呼ばれてしまった。

 なずなは当然のように、オレと一緒に注文カウンターへと進む。


「あたしはアイスカフェオレ。あ、お金はあとで渡すから、今は一緒に払っておいてくれない? 今は人がいっぱい並んでいるから、別々で会計して手間を取らせない方がいいでしょう?」


 なぜその気遣いをオレにはできないのか。


「奢ってやるから帰れ!」

「ほんと? ありがとう! あ、あの席ね」


 なずなの視線を追うと、美月ちゃんが心配そうな顔でこちらを見ていた。

 段々と泣きそうな表情になっている気がする。

 まずいって……絶対にナンパしたと思われている……!


「本当に帰れって! 頼むから、一生のお願いだから、土下座でもなんでもするから邪魔しないでくれよ」


 半泣きで懇願したが、なずなは涼しい顔をしている。

 鬼か……!


「……どれだけ必死なのよ。悪いけど、お断りよ! あの子と話をしたいもん。先に行くからカフェオレ持ってきてね」


 そう言うとなずなは、オレ置いて美月ちゃんの元へと走って行くと、向かいの席に腰かけた。

 嫌な予感しかしないので慌てて後を追った。

 頼むから余計なことを言わないでくれ!


「こんにちは。あたし、彼にナンパされました!」


 はあーー!?

 持っていたドリンクを放り投げたくなった。

 オレの願いは届かず、一番最悪なことを言った……。

 なんでだよ! ひどすぎる。

 全国の高校生男子が陪審員の法廷で裁判したら、間違いなく俺が勝訴だ。


「え…………」


 美月ちゃんの顔が絶望に染まっている。

 終わった…………いや、まだだ!

 逆を言えば、オレがナンパをしたら絶望するほど、オレのことを想ってくれているということだ!

 陽キャオートが働いたのか、本来の僕には死んでも現れないポジティブシンキングにより、オレの闘志は再起動した。

 まだなんとなる! してみせる!


「美月ちゃん、違うからね!? この子は友達だから! 偶然会って話をしていただけなんだよ。お前、適当なこと言うなよな~」


 美月ちゃんの隣に座り、必死に言い訳をする。

 このままでは、真面目な美月ちゃんは、オレの連絡先を受け取ってはくれなくなる。

 それはどうしても避けたい!

 連絡先の交換ができたら、一緒にいないときでも仲を深めることができる。

 このアドバンテージは大きい。


「……本当に友達ですか? ナンパしたんじゃないんですか?」


 なずなにそう尋ねる美月ちゃんの目には涙が溜まっていた。

 オレは美月ちゃんを泣かせた!? とパニックになりそうになったが、それはなずなも同じようだった。


「ご、ごめん、びっくりさせて! 大丈夫、友達だから! ほら、ケイってばいじられキャラじゃない? だから可愛い子といるな、ってちょっと揶揄っちゃったの!」

「そうなんですね……」


 なずなの言葉を聞いて、美月ちゃんはホッとしている。

 ナイスフォロー! と、なずなに拍手を送りたい。

 ピンチを呼んだのはなずなだったが、回避させてくれたのもなずなだった。


「あ、ケイって呼んでいるんですね……」


 ホッとしたので、落ち着いてドリンクを渡していたら、美月ちゃんがぽつりと呟いた。


「呼び方? あたしはケイって呼んでるよ。あなたは?」

「えっと……圭太さんです……」


 そう言う美月ちゃんは寂しそうだ。

 オレのことは、呼び捨てでいいからね!

 そう伝えようと思ったのだが、オレより先になずながグイグイと話し始めてしまった。


「あはは! そんなに上品に呼んであげる必要ないよ! あなたもケイって呼びなよ。あたしは、なずなっていうの。大体みんな、『なずな』とか『なず』って呼ぶから、そう呼んで?」


 どうしてなずながオレに関することを決めて行くのだ!

 しかもオレよりも仲良く話しやがって……!

 なずなは美月ちゃんを気に入ったようだ。

 気に入らないやつには塩対応のなずながこんなに笑顔でグイグイ行くとは……。


「なずな、さん……なっちゃん?」


 なずなと話していた美月ちゃんが突然下を向いた。

 どうしたのだろう。


「美月ちゃん?」

「あ、なんでもないです」


 そう言ってはにかむ笑顔が可愛い!

 可愛すぎて、「何かあったのかな、大丈夫かな」と思ったことがすべて吹き飛んでしまった。

 美月ちゃんの可愛さにデレデレするオレに冷たい視線を送りながらも、なずなは美月ちゃんにどんどん話しかけていく。


「あなたは『美月ちゃん』ね? どんな字を書くの?」

「美しい、月です……」


 美しいと言うのが恥ずかしかったのか、照れながら話す美月ちゃんも可愛い!


「あなたにぴったりじゃん! ねえ、あたしは美月って呼ん……でも……?」


 美月ちゃんに続き、なずなも不自然に話を止めた。


「なずな?」

「あ、なんでもない。えっと、美月って呼んでいい?」

「あ、はい! もちろん……」


 それにしても……。

 オレが外野になっているこの状況は何!?

 今日はオレと美月ちゃんのデートなのだが!

 イライラし始めたところに、更にイライラの燃料が追加された。

 オレ達のテーブルの横で、誰かが足を止めたのだ。

 とびきり可愛い女の子が二人もいるから、変な男が来たのか、と思ったら……。


「迅かよ! お前までストーキングしてきたのか!?」


 そこにいたのは、ナンパの相棒である迅だった。

 今日は約束をしていないのにどうしてここにいるんだ?


「お前まで、って何よ。あたしは違うし、迅もあたりが呼んだから違うわよ?」

「はあ? なんで呼んだんだよ」

「そんなの、人数合わせに決まってるじゃない。じゃあ、これで偶数になったことだし……デートしようか?」


 なずながオレ達を見回し、また悪い笑みを浮かべた。

 またオレの妨害をする気か?

 まさか、迅と美月ちゃんをデートさせる気か!?

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「君、可愛いね」のナンパモブだが、ヒロインのナンパに成功してしまった! 花果唯 @ohana

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