14

 明らかにこちらに向かってくる警察官を見て、美月ちゃんも驚いている。

 ただならぬ空気を感じてか、美月ちゃんはオレの背中に隠れるように一歩後ろに下がった。


 まさか、警察官のフリをした偽物じゃないだろうな?

 オレか美月ちゃんを狙った組織、とか……。

 ここはどういった話の世界か分かっていないので、とんでもないことも起こると思って動かなければいけない。

 とにかく、美月ちゃんを守らなければならないので、背中に隠して対応することにした。


 警察官達の目的はやはりオレ達のようで、目の前まで来ると声をかけてきた。


「我々は警察だ」


 そう言って来たのはヒゲがある中年警察官で、威圧的な態度だった。


「な、なんですか……」


 警察官達はオレの後ろにいる美月ちゃんを見て、何やらコソコソと相談をしている。

 狙いは美月ちゃんか?


「とりあえず、別々に事情を聞かせてくれる?」


 そう言ってオレと美月ちゃんを引き離そうとしてきた。

 怪しげな連中に美月ちゃんを渡すわけにはいかないので、慌てて美月ちゃんの手を握る。


「本当に警察ですか? 警察手帳を見せてください」


 見せて貰ったところで、本物かどうか見分けられる自信はないのだが、偽物だったら少しはけん制できるかもしれない。

 そう思ったのだが、警察官達は怯むことなく手帳を見せてくれた。

 ヒゲ警察官にいたっては、オレを小馬鹿にするような態度だった。


「本当に警察官だと思います」


 美月ちゃんが小声で教えてくれた。

 ……オレもそう思う。

 でも、本物の警察官が何の用だ?

 本物でも何でも、美月ちゃんと離れると悪いことが起こりそうだから、絶対に手は繋いだままにしておく。


「逃げたりしないので、このまま用件を言ってください」

「……君ね。状況が分かってる? 大人しく従わないと公務執行妨害で……」

「まあまあ。聞いていた様子とは違いますし……」


 横暴なことをヒゲ警察官が言い始めたが、人の良さそうな警察官がそれを止めた。

 警察官達は対応に迷っているようで、また相談をしていたが、少しするとヒゲ警察官が美月ちゃんに話しかけてきた。


「女の子、大丈夫?」

「……何がですか?」


 きょとんとする美月ちゃんを見て、警察官達の困惑は続いている。

 え、まさか……。

 美月ちゃんの心配をしているということは、オレが美月ちゃんに危害を加えると思われているってこと?


「君たちはカップル?」

「「!」」


 警察官の言葉に、オレと美月ちゃんは驚いた。

 公的機関の人間がなんという質問をするのだ。

 どう答えたらいいか迷ったが、オレの口は陽キャオートによって勝手に動いていた。


「これからカップルになる予定、みたいな~?」

「…………っ」


 空気を読め、陽キャオート!

 こんな時にチャラくなっても、何もいいことはないだろう。

 ふざけるな! と叱られそうだと思ったのだが、警察官達が美月ちゃんを見て一層困惑していた。

 美月ちゃんを見ると、顔が真っ赤になっていた。


「美月ちゃん?」


 もしかして、今のオレのセリフのせいですか?

 恥ずかしそうにしている美月ちゃんを見ていると、オレも恥ずかしくなってきた。

 手を繋いだまま、二人で照れ照れしてしまう。

 そんなオレ達を見て、警察官達の混乱は増すばかりだ。


「……悪戯の通報だったのか?」

「通報?」


 聞こえて来た気になる言葉を拾うと、人の良さそうな警察官が教えてくれた。


「女の子が無理やり連れ去られたと通報がありまして……」

「はあ!? 連れ去り?」


 美月ちゃんと二人で驚いた。

 連れ去りだと思われていたから、オレ達を引き離して美月ちゃんを保護しようとしたのか。

 手を繋ぎ直すときに陰キャな『僕』が出て、不自然に掴んでしまったから、目撃していた人に『連れ去り』と思われたのだろうか。


「無理やり連れ去られていません! デ、デート中ですっ」


 美月ちゃんは恥ずかしそうにしながらも、オレを庇って警察官達にそう言ってくれた。

 オレの腕にしがみついてきて、態度でも示してくれた。


「言わされている可能性も……」


 何故かヒゲ警察官がやたらオレを貶めようとしてくるが、美月ちゃんがすぐに反論してくれた。


「このショッピングモール、至る所に監視カメラがありますよね? 私たちが楽しくデートしている様子を見ることができるはずです!」


 そこまで言うと、ヒゲ警察官はようやく黙った。


「これ以上デートの邪魔をするなら、然るべきところに抗議させて貰うけれど?」


 然るべきところってどこか分からないけど、と思いながらも、オレは毅然とした態度で警察官達に言った。

 すると警察官達は、身元だけ確認させてくれと言って来た。

 それくらいはいいか、と財布に突っ込んでいたカードの保険証を見せると、納得して去って行った。


「なんだったんだ……」

「びっくりしましたね」


 確かに陰キャな『僕』の行動はキモかったが、連れ去りと勘違いされるほどのものじゃなかったはずだ。

 それに、手つなぎ前後のオレ達の様子を見ていたら、事件性があるとは思わないだろう。

 誰かが悪意を持って、オレに嫌がらせをするために通報したのかもしれない。

 もしかして、あの視線の主……?

 そうだとしたら、監視するだけではなく、攻撃が始まったということだ。

 考えすぎかもしれないが、やはり用心した方がいいだろう。


「ねえ、やっぱりカフェに行かない? なんか疲れたし、ゆっくりしようよ」


 オレは美月ちゃんに休憩を提案した。

 身体は疲れていないけれど、精神的にとても疲れた。


「そうですね」


 美月ちゃんも賛成してくれたので、近くにある店の中で一番リーズナブルなカフェに入った。

 店内を見渡し、端のゆっくり休めそうなテーブル席に腰を下ろす。

 ペアの部屋着を買ったところまでは楽しかったのに、警察官に声をかけられて一気にテンションが下がった。

 オレと同様、美月ちゃんもかなり疲れた様子だ。


「美月ちゃん何する? オレ、頼んでくるよ」


 ここはカウンターで注文して受け取る形式だ。

 メニューはカウンターの上に大きく載ってあるし、オレ達の席近くの壁にも書いてあった。


「ありがとうございます。私はアイスミルクティーにします」

「それだけでいい? クレープとかもあるけど」

「ミルクティーだけでいいです。お腹は空いていないので」

「分かった。じゃあ、ちょっと待っていてね」


 カウンターに行くと、注文している人がいたので後ろに並ぶ。

 上に載っているメニューを見ながら何にしようか考えた。

 オレンジジュースでいいかな、と思っていたその時、店に一人の女の子が入っていた。

 髪は明るい茶色だが服装はセピア調で、『綺麗な大学生のお姉さん』という感じの美少女だった。


「君、可愛い……」


 はっ……!

 オレは慌てて自分の口を手で押さえた。

 今何を言おうとした?

 やばい……ナンパしたらダメだ!


 何事もなかったフリをしようとしたが……。

 視線を感じたのでそちらを見ると、今オレがナンパしようとしてしまっていた女の子がこちらを見ていた。

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