13

「よし、行こうか」


 スマホをポケットに戻し、買い物を始めることにした。

 はっ……! 再び手を繋ぐタイミング、今なんじゃないだろうか!

 気まぐれな陽キャオートは、こんなときに限って働いていないが、発動していると自己暗示をかける。


 ――できる、オレはできる!


 手を繋ぐくらいできなければ、ナンパモブの名が廃る!

 心の中で勢いをつけ、もう一度美月ちゃんの綺麗な手を掴んだ。


「きゃっ!?」


 思いきり過ぎて、誘拐しそうな勢いで手をガシッと掴んでしまった。

 そのため、美月ちゃんをすごく驚かせてしまった。……ごめん!

 上手い言い訳が思い浮かばなかったので、「へへっ」と笑って誤魔化す。

 そして何事もなかったかのように振る舞い、美月ちゃんの手を引いて歩き出した。

 目指すのは若者向けファストファッションのショップが並ぶエリアだ。


「ごめんね。いきなり手を繋いだり、へらへら笑ったりして……」


 やはり今のオレの行動は不自然で、とても気持ち悪かった。

 完全に陰キャの前世の『僕』が出ていた。

 誤魔化さずにちゃんと謝った方がいいと思い直した。


 陽キャオートがないオレは、ナンパモブ以下の存在になってしまう。

 なんて情けないんだ……。


「ふふっ、今度はどんなおもしろいことを考えていたんですか?」

「!」


 気持ち悪い! と言われても仕方ないのに、こんな返しをしてくれるなんて……優し過ぎる!

 陰キャの『僕』は、あなたに救われました!


「美月ちゃんが可愛すぎるから、攫っちゃいたいな~って」


 陽キャオート、お前……!

 出るか、出ないか、はっきりしてくれ!


 今の発言は、「攫っちゃいたいな~(訳:どこかへ連れ込みたい)」と受け止められていないだろうか。

 あんな行動をしてしまった後だから、そろそろ悲鳴をあげて逃げられるかもしれない。

 そう思ったのだが……。


「圭太さんったら。攫わなくても一緒に行きますよ」

「美月ちゃん……!」


 天使かっ!!!!

 神様。どうぞオレという穢れた者から美月ちゃんを守ってください。

 そして我が同族、ナンパチャラ男からもお守りください。


 隙があれば美月ちゃんに声を掛けてきそうな男がいそうなので、念のため警戒しながら歩く。

 一度「彼女~」とオレと同じナンパモブ族の人間が声をかけてきた。

 でも、美月ちゃんにその声は聞こえていなかったのか、ガン無視されて撃沈していた。ざまあ!

 ナンパモブレベルを上げて出直してこい!


 ――……違…………じゃな……。


「…………?」


 一瞬誰かの視線を感じた。

 足を止めて振り返ってみたが、視線の主らしき人はいない。

 ……気のせいか?


「圭太さん?」

「あ、ごめん。なんでもないよ」


 気を取り直して歩きはじめる。

 なんとなく嫌な予感がしたが、以前家に帰るときに感じた視線と同じだろうか。


「こうして圭太さんと一緒にお買い物できる日が来るなんて夢のようです」


 悪い方向に考え込んでしまいそうになっていたが、美月ちゃんに笑顔で引き戻された。

 こんな最高の時間を楽しまずに終わらせるわけにはいかない。

 それにオレが暗い顔をしていたら、美月ちゃんも楽しくなくなってしまう。

 そう思い、美月ちゃんに向けて微笑んだ。


「オレの方こそ、美月ちゃんみたいな可愛い子とデートできて嬉しいよ」

「……圭太さん」

「!」


 美月ちゃんはオレの言葉を聞くと、突然拗ねたような顔になった。

 オレは何か過ちを犯したのだろうか!


「私は圭太さんだから嬉しいんですよ! でも、今の圭太さんのは、私じゃなくても可愛い子なら誰でも嬉しいんじゃないかって思えるようなセリフでした」

「ご、ごめん! そんなつもりじゃなくて……!」


 言われてみれば確かにそうだ。

 でも、本当にそんなつもりはなく、デートの相手が美月ちゃんだからこそ、オレはこんなに浮かれている。

 それを伝えようと、あたふたしていると美月ちゃんが笑い始めた。


「ふふっ」

「美月ちゃん?」

「分かってます。圭太さんが私のことを覚えていてくれないから、意地悪しちゃいました」

「!」


 なんと! 美月ちゃんに意地悪をされてしまった!

 まったく悔しくない! むしろ嬉しい!

 拗ねた顔も可愛かったし、もっと意地悪してくれても構わない。

 そんなことを考えていると、美月ちゃんがこちらを見ながら話を始めた。

 真剣な眼差しをしていて、自然とオレも姿勢を正した。


「私、子供の頃に『ぶりっこ』だと言われて、笑われたことがあったんです。それからお洒落をすることが怖くなっちゃって……。だから、最近までずっと、目立たない地味な格好をしていました」

「そうなんだ……」


 ……子供の頃のトラウマか。

 子供って容赦ない言葉を投げつけて来るから傷つくよな。

 今の美月ちゃんは乗り越えらようだけれど、長い間苦しんで辛かっただろうな。


「……この話を聞いても、思い出しません?」

「え?」


 美月ちゃんがジーっとオレをの顔を見ていた。

 今の話にオレは関連していたのか?

 心当たりはないが、似たような話をどこかでした気もする。

 んー……。……駄目だ、思い出せない。


「ご、ごめん」


 申し訳なくて謝ると、美月ちゃんは苦笑いを浮かべた。

 しょうがないなあ、と笑っている美月ちゃんを見て、申し訳ない思いでいっぱいになった。


「そんな私に勇気を出すきっかけをくれたのが圭太さんだったんです。今の私があるのは、圭太さんのおかげなんでよ?」

「えっ」


 地味だった美月ちゃんを変えるきっかけを作ったのがオレ!?

 そんな重要な関りがあったなんて信じられない。

 どうしてオレは覚えていないのだろう。


「…………あ」


 何かを見つけた美月ちゃんが声を漏らした。

 視線の先を見ると、ペアの服を着ているカップルがいた。

 カップルがオレ達の横を通り過ぎて行ったが、その間も美月ちゃんは興味深そうに見ていた。

 ……ああいうのが好きなのかな?


「記念に一緒に買うもの、ああいうペアの服にする?」

「え! えーと……。う~!」


 オレの提案を聞いて、美月ちゃんは難しい顔をして唸り始めた。どうした!?


「美月ちゃん? 嫌だったらいいよ?」

「あ、いえ! 嫌、ではなくて……。一緒にしたいし、羨ましいなと思ったんですけど……。実際に着るとなったら恥ずかしいですっ」

「ああ。分かる~。じゃあ、お揃いの部屋着とかどう?」

「! はい! とってもいいと思います!」


 美月ちゃんも大賛成の様子なので、オレの案は採用された。

 そこでオレ達は、安くて可愛い部屋着があるショップに入ることにした。

 女の子の買い物に付き合うのは、正直ちょっと面倒くさい。

 悩む時間も長いし、難易度の高い質問をしてくるし、荷物持ちをさせられるし、体力も精神力もゴリゴリ削られる。

 でも、美月ちゃんと「あれは?」「これは?」と話しながら買い物をするのは死ぬほど楽しかった。


 二人で相談し、購入したのは厚みのある生地のモコモコルームウェア。

 熊耳があるフードとしっぽ付きだ。

 オレが着るとただの浮かれた痛い奴だが、美月ちゃんが着るととても可愛いだろう。


「ねえ、美月ちゃん。これを着たところ、写真を撮って送ってよ~」


 自然と欲望が口から滑る。

 これはきっと陽キャオートが働いているに違いない。

 陽キャオートに慣れ過ぎて、陰キャの自分との境目が分からなくなってきているが、今のはきっと陽キャオートのせいだ!


「え? 写真、ですか!? じゃあ、圭太さんも送ってくださいね? もちろん、今日の報酬で連絡先を無事頂けたら!」

「……もう教えるよ?」

「駄目です。今日はまだ終わっていませんので」


 やっぱり美月ちゃんは真面目で……少し頑固なところがある。

 そんなところも可愛くて、美月ちゃんの新しい一面を知るたびに好きになってしまいそうだ。


「あ、そうだ。これはプレゼント!」

「え?」


 美月ちゃんに渡したのは、今買った部屋着と合うもこもこのスリッパだ。

 喜んで欲しくて、こっそり追加で買っておいた。

 もちろんオレの分も買ってある。


「お揃いのスリッパだよ。これで完全体でしょ!」

「いいんですか?」

「もちろん!」

「ありがとうございます……」


 美月ちゃんはとても喜んでくれたようだ。

 お揃いの部屋着とスリッパが入っている袋を、ぎゅっと抱きしめている。

 そんな姿も可愛いけれど、荷物持ちはオレの役目なので回収して預かった。

 美月ちゃんは遠慮したけれど、これは使命なので果たさなければならない。


「一旦休憩しようか」

「そうですね」


 ここまで何かと歩いたし、のどが渇いたのでジュースを買って休むことにした。

 まだ他の店も見て回りたいので、カフェには入らず自動販売機を探す。


「ん?」


 周囲を見ていると、道の奥に数人の警察官を見つけた。

 警備員かと思ったが……やはり警察官だ。

「警察官」と言えば、パニックホラーとかでは必須の登場人物だ。

 拳銃を持っているゾンビになったりして厄介なんだよなあ。

 なんて思いながら見ていると、一人の警察官と目が合った。

 すると、その警察官は仲間に声を掛け、こちらを指さした。


 え……なにナニ何!?

 警察官がこっちにぞろぞろと駆け寄って来るんですけどー!

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