12
休日のショッピングモールは家族連れやカップルが多く、混雑していた。
――賑やかな声の中、上下真っ黒の服を着た異質な男が一人、人混みの中を進んでいる。
人とぶつかっても気にすることなく、まっすぐ進んでいた男は、幸せそうに手を繋いで歩いている初々しい高校生のカップルを見つけると走り出した。
その手には銀色に光る鋭いナイフが握られている。
『きゃー!』
異様な空気を察知した少女が悲鳴をあげた。
隣にいた高校生の彼氏が振り返ろうとしたその時にはすでに……その背中には、銀のナイフが突き刺さっていた。
和やかなショッピングモールが一気に惨劇の場になった瞬間だった。
――なんて妄想が、ショッピングモールのゲートをくぐった瞬間に浮かんだが、美月ちゃんが手を繋いでくれているのでそれほど不安はない。
「圭太さん?」
「ん? あー……ごめんね、美月ちゃんと手を繋いでいるのが嬉しくてぼーっとしちゃった!」
「…………っ! わ、私も嬉しいです」
そう言って握っている手にギュッと力を入れてくる美月ちゃんが可愛すぎる。
もう刺されてもいいし、刺されても気合で何とかなりそうな気がする。
どこかの誰かが、「呼吸を極めれば大抵のことはできる」と言っていたし。
すれ違う人達がオレ達の『チャラ男と美少女』という組み合わせに驚いたり、羨ましそうにしているのが面白い。
「可愛い子に限って男の趣味が悪いんだよなあ」なんて、オレに聞かせるように呟いていた奴がいたが、負け惜しみにしか聞こえない。
休日のショッピングモールに、野郎だけで遊びに来ているのが可哀想だから許してやろう。
「今日も美月ちゃんは可愛いね」
綺麗な黒髪をサラリとなびかせて歩く美月ちゃんに見惚れてしまう。
こんな子とデートをしているなんて奇跡のようだ。
「……ありがとうございますっ。あ!」
オレの言葉に照れ、はにかんでいた美月ちゃんが何かを思い出したようだ。
「圭太さん。あの……私、昨日と少し雰囲気を変えてみたのですが、今日の私とどちらが好きですか?」
昨日の美月ちゃんは、彼女に似合う落ち着きのある綺麗な格好をしていた。
今日の美月ちゃんは少しギャルっぽくて、昨日より幼く感じる。
オレの好みで言うと昨日の美月ちゃんだが、どちらの美月ちゃんも最高であることに変わりはない。
「どっちも好きだよ! 美月ちゃん可愛いから、どんなジャンルの服でも着こなせるし、逆にもう何も着てなくても可愛いはず!」
「えっ」
「? …………あっ」
「何も着ていなくても可愛い」と本人に言うなんて、訴えられると敗北する完全なセクハラだ。
裸を想像したことがあります、と自白しているに等しい。
好感度が急降下し、嫌われてもしまうかもしれない。
だから、次の言葉は慎重にしないと――。
「やべー、心の声がもれちゃったよ〜」
陽キャオート、てめえこらー!
脳は真剣に考えているのに、口から勝手に漏れた言葉はまったく締まりのないものだった。
オレの青春は終わった、と思ったのだが……。
「服は着ないと恥ずかしいですっ」
照れ笑いでそう返してくれた美月ちゃんが女神に見えた。
普通ならドン引きされるだろうし、なずなならゴミを見る目で見てくるはずだ。
それなのに、こんなににこやかな顔を見せてくれるなんて、やはり心まで美しく慈悲深い。
「えっと……。私、圭太さんの好みが知りたいんです」
「え? オレの好み?」
「はい。好きなタイプの女の子、というか……。前に圭太さんが女の子に声をかけているところを見たことがあるんですけど、その子たちがこういう系の格好をしていたので、圭太さんの好みなのかなって……。だから昨日の私か、今の私――どちらが好きか聞いたんです」
「!」
美月ちゃんのセリフをオレの脳は、「あなたの好みの女になりたい」と言われた、と解釈したのだがバグっているのだろうか。
解釈違いだったとしても、誰も正さないで欲しい。
一生幸せな勘違いをしていたいから!
……というか、美月ちゃんにナンパシーンを見られていたなんて恥ずかしい。
そして見ていたのに、まだ好感を持ってくれている奇跡に感謝だ。
確かに、オレはナンパでギャルに声をかけることが多かったが、それは迅の要望だったり、ギャルが多い場所だったというだけだ。
昨日の美月ちゃんか今の美月ちゃん――。
どっちが好みだったか答えるのは失礼になるかもしれないが、「知りたい」と言っているのだから、答えた方がいいかな?
「えっとー……。オレはどっちかと言うと昨日の美月ちゃんかな~?」
昨日の方がよかった、だなんてショックを与えるかもしれない。
あまり気にしないように、軽い調子で伝えたのだが……。
「!!!!」
美月ちゃんの背景に落雷が見えたような気がした。
めちゃくちゃショック受けてますけどー!
「じゃあ! じゃあ! すぐに昨日の感じの服を買って着替えますっ!」
「いや、今日も可愛いよ!?」
どこかに走って行ってしまいそうな美月ちゃんを慌てて止めた。
「わざわざ買わなくてもいいって! 雰囲気が違う色んな美月ちゃんを見ることができて嬉しいし!」
「そう……ですか? 本当に?」
「うんうん!」
戸惑っていた美月ちゃんだったが、しばらく考えると納得してくれたのか足を止めた。
「でも、今日は元々、圭太さんの好みに合う服を探したいと思っていたんです。いいなと思う店があったら教えてくださいね」
美月ちゃんはショックから立ち直ったようだが、今の出来事で繋いでいた手が離れてしまったので、オレはとっても寂しいです。
でも、タイミングを見てまた手を繋ぎたい!
その意気込みも込めつつ、美月ちゃんの言葉に頷いた。
「了解! 今日の目的は服を買うことだったんだね! 任せて。美月ちゃんに似合う服を探すよ」
「え? いえ、違います。メインは圭太さんに喜んで頂きたいので、圭太さんが欲しいものを探しに来ました。私がプレゼントします!」
「ええ?」
……美月ちゃん、貢ぐタイプですか?
それは駄目だよ! 一番やってはいけない喜ばせ方だよ!
ホストに嵌ったら危険なタイプで、オレは美月ちゃんの将来がとても心配だよ!
貢がれることを辞退し、「喜ばせたいって思ってくれている気持ちは嬉しい」ということを伝えようと思ったのだが……。
「マジで? 嬉しいな! でも、オレは美月ちゃんがプレゼントだったら一番嬉しいな」
「え!?」
…………。
陽キャオート……お前、本当にぶっ飛ばすぞっ!!!!
「……ごめん、美月ちゃん。ちょっと待ってね。タイム」
オレは美月ちゃんに断りを入れると、自分の頭をガツンと一発殴った。
自我を保て! オレ! 陽キャオートに負けるな!
「け、圭太さん? 今、すごい音が……っ」
「びっくりさせてごめんね! オレってすぐ調子に乗っちゃうからさ~。プレゼントなんていいよ! 一緒にいるだけで楽しいからね。あ、でも、せっかくだから一緒にここに来た記念の物をお揃いで買わない? お互いにプレゼントで!」
「! はい!!」
オレの提案に、美月ちゃんは今日一番の笑顔を見せてくれた。
可憐すぎる笑顔の効果で、この一帯が花畑になったようだった。
「あ、でも……やっぱり服も見ていいですか?」
「もちろん!」
美月ちゃんとニコニコし合っていたら、ポケットに入れていたスマホの振動に気づいた。
「幸せタイムに水を差さないでくれ」と思いながらも、何気なくチェックをしてしまったが……無視すればよかった。
『髪、黒くしてないでしょうね! 証拠写真を送ること!』
なずな、しつけー! 写真なんか送ら……あ。いいことを思いついた。
「美月ちゃん、一緒に写真撮ろ?」
「え? ……はい!」
オレの突然の頼みに驚いていた美月ちゃんだったが、笑顔で快く引き付けてくれた。
「じゃあ、寄ってね」
美月ちゃんに肩を寄せ、スマホで自撮りした。
画面に収まるため、頭がこつんと当たりそうなほど近寄ったら、美月ちゃんからすごくいい匂いがした。ここは天国か。
写真を撮ろうと提案して正解だった。オレ、ナイス。
なずなはこんな美少女にオレが相手されるなんて思っていないだろうから、2ショット写真を送ったらびっくりするだろう。
驚かせてぎゃふんと言わせたい。
「真面目そうな子に手を出すなって言ってるでしょ!」と怒られるかもしれないけれど、オレは自分に与えられた運命に背いてでも美月ちゃんと仲良くなりたいと思い始めている。
まだまだ不安はぬぐい切れないけれど……。
……ここが「ナンパモブが主人公のラブコメ世界」だったらいいのにな。
ついそんなことを考えてしまったが、デート中に暗い顔をしてはいけない。
笑顔を作り、美月ちゃんに話しかけた。
「いい写真が撮れたね~。美月ちゃんにも送るね!」
「はい! ありがとうございま……あっ、『圭太さんの連絡先』は今日の報酬なので! 教えて頂けた暁には写真も頂きますね。今はまだ我慢です」
「あー……そうだ、ね」
「もう、それはよくない? 教えるよ?」と言おうと思ったのだが、美月ちゃんが真剣な顔をしているので黙っておいた。
オレが浮気のよそ見さえしなければ、美月ちゃんと連絡先交換をして、もっと仲良くなれるはずだ。
「ん?」
振動するスマホの画面を見ると、なずなからの着信を知らせていた。
もちろん出ない。
スルーするが、何度もかけてきそうなので今日の間ブロックしておこう。
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