11

 デート当日になったので、準備をして待ち合わせ場所の駅に向かう。


 ちなみに家に父の姿はなかったが、母から「まだ何も聞くなよ」オーラが出ていたので、藪の蛇は突かないことにした。

 キッチンのテーブルの上にあった、法律事務所の名前が入った大きな封筒が気になったが、絶対に突かないぞ!


 髪を黒染するか問題だが、いかにもナンパモブな金髪のままだ。

 服装もいつも通りのチャラい。

 気合の入った格好だと引かれそうだから自重した。

 でも、心の中では薔薇の花束を抱え、タキシードに身を包んでいる。


「美月ちゃんを待たせるわけにはいかないから、30分前には着きたいなあ」


 そう思って早めに家を出たのだが、急ぎ過ぎたのか45分前に到着した。

 ずっと立って待っているのも疲れるから、近くのファストフード店に入ることにしたのだが……。


「あれ、美月ちゃん!?」


「さすがにまだ来ていないよな」と思いつつも周囲を見回してみたら、輝きを放っている美少女をすぐに発見した。

 美月ちゃんは何もせずに立っているだけなのだが、周囲の目を引いている。

 あぶない、このままだと質の悪いナンパ男が寄って来るかもしれない。……オレみたいな。

 いや、オレは嫌がっているのに強引に誘うことはしなかったから光のナンパ男だ。


「美月ちゃん!」

「! 圭太さんっ」


 呼びかけながら駆け寄ると、美月ちゃんがこちらを見た。

 そして、オレを見つけると花が咲いたような笑顔を見せてくれた。


 か…………可愛いんですがっ!!!!


 今までオレの登場をこんなにも喜んでくれた人がいただろうか!?

 絶対にいない!!!!

 この笑顔だけで2回目の人生を捧げるだけの価値がある。


 待ち合わせ相手であるオレの登場を見て、周囲のいた人たち――特に声を掛けようとしていた男連中がざわつき始めた。

 美少女が待っていたのが、オレのようなチャラいナンパモブで驚いたのだろう。


 オレは美月ちゃんに釣り合うような人間ではないが、さすがに男と二人でいる子に声をかける奴はいないと思うので、ひとまず安心だ。

 それにしても……。

 悔しそうにオレを睨んでいる連中を見ていると、ニヤけてしまいそうになる。

 今のオレは世界で一番幸せな勝者だ。


「ごめんね? 待たせちゃったかな」


 そう声を掛けながら、今日の美月ちゃんを拝見する。

 もちろん、全俺が満場一致で「可愛い!」と叫んでいるが……おっと?

 昨日よりも少しメイクが濃く、服装も派手な印象だ。ちょっとギャル寄り……?

 スカートも短くなって綺麗な生足が見えるのがありがたいが、昨日の方が美月ちゃんの良さが引き出されていたと思う。

 オレ個人の意見としては、美月ちゃんはナチュラルメイクの方がいいし、なんならノーメイクの方が可愛いと思うが……。

 まあ、イメージと言っても出会って二日目だし、こちらの方が美月ちゃん自身の好みなのかもしれない。

 どんな美月ちゃんでも、この滲み出ている人の良さと可愛らしさがあれば無敵だ。


「あの、私も今着いたところです」

「そうなんだ? 待たせてないならよかった! ……あっ、もしかしてオレ、待ち合わせ時間を間違えていたかな? まだ40分前だと思っていたんだけど……」

「あっ! 合ってます。私がその、確実に圭太さんより早く来たくて……」

「?」


 どうしてオレより先に来たかったんだ?

 ま、まさか、罠をしかけようとしていた、とか!?

 美月ちゃんの仲間が、周囲に紛れてこちらを監視していたりしないよな?

 捕まったら気を失って、目が覚めたら時限爆弾を括りつけられていた、とか!

 一億円を獲得するための命を懸けたゲームに参加させられたりしないよな!?


 悪い想像をしてしまい、思わずそわそわして挙動不審になったオレを見て、美月ちゃんは慌てて釈明をした。


「別に怪しい理由があるわけじゃないんです! その……圭太さんが先に来て、私を待っているうちに、他の女の子に声をかけてしまわないか心配で……」

「!」


 オレが美月ちゃん以外によそ見してしまう可能性を下げるための行動だった……と?

 そんなことを言われたら……言われたら……!

 本気で好きになってしまうー!

 キュンとし過ぎて思わず瞳孔が開いたよ。

 やっぱり、可愛い子は行動も言動も、すべてが可愛いんだな。


 ……というか、やっぱりオレ、すぐナンパする奴だと思われていたが!

 全然信用されていなかったが!!

 事実だから仕方ないよねー!!!!


「じゃあ、次に一緒に遊ぶときは、美月ちゃんが心配しないように家まで迎えに行くね!」

「えっ」


 ……あ! 言ってから気がついたが、これでは「家を教えろ」と言ってみたいで引かれただろうか。

 それとも、連絡先を教えないくせにグイグイ来るな!? と混乱させてしまっただろうか。


「誰もいないところで待ち合わせをしよう」の方がよかったか?

 いや、そちらの方が下心がありそうでヤバい。

 発言しているのがチャラいオレだから、八割増しでヤバい。

「ごめん、冗談だから」と誤魔化そうと思ったのだが……。


「ありがとうございます! 嬉しいです」

「…………!」


 美月ちゃんが再び、可憐な笑顔を見せてくれた。

 地上にも天使っていたんだな……。


「ねえ、君。こんな奴のナンパについていかないで、俺たちと遊ばない?」


 楽園にいるような気分だったのに、突然水を差す声が割り込んできた。

 見知らぬ人間だと思うが、気配だけで分かる。

 オレの同族、ナンパチャラ男だ。


「オレ達、この近くの大学に通ってるんだ」


 ナンパ男にしては小綺麗な格好をしていた男二人組は、駅近くにある有名名門大学の学生のようだ。

 ……こういう一見スマートに見える奴らが一番質が悪いんだよな。


 名門大学の学生という強ステータスを推し出し、美月ちゃんの気を引く作戦だ。

 だが、美月ちゃんがそんなものに惹かれるだろうか。

 真の美少女は、合コンの自己紹介の時に言うような売り文句には靡かないのだ。

 まあ、そんな美月ちゃんが今、一緒にいるのがオレであることは謎だが……。


「圭太さんは『こんな奴』じゃないです! お誘いをしたのは……ナンパをしたのは、私の方です! 圭太さん、行こっ!」


 美月ちゃんはそう言ってオレの腕を掴むと、足早に歩き始めた。

 オレは驚きながらも、美月ちゃんに従って動いた。

 もしかして、今の二人組がオレのことを侮っていたから怒ってくれた?

 ……なんていい子なのだろう。

 地上にいたのは天使どころか女神だった!


 ちらりと振り返って大学生ナンパ男たちを見ると、美月ちゃんの行動にあっけに取られていた。

 ははっ、エリート大学生のぽかんとしている顔って素晴らしいな。

 やっぱりオレは世界一、いや、宇宙一幸せな絶対勝者だ!


「美月ちゃん、待って」


 少し進んだ先、人の通りが少なくなったところで美月ちゃんを止めた。


「圭太さん? あっ……。ご、ごめんなさい! 私っ」


 美月ちゃんは今になって自分の行動が恥ずかしくなったのか、顔が真っ赤に染まった。


「何も謝ることはないよ! 美月ちゃん、かっこよかったよ。でもさ……」


 俺の腕を掴んでくれている美月ちゃんの手を離し、そのままオレの手と繋ぐ。


「こっちの方がよくない?」


 美月ちゃんに連行されるのも最高だが、さっきの絵面だと「現行犯で捕まえた痴漢を警察に突き出そうとしている美少女」に見えなくもない。

「ナンパモブの手を引いてデートに繰り出している美少女」より、ずっと信憑性がある。

 そしてなにより、単純に……オレは美月ちゃんと手をつなぎたかったのだ。

 つないだ手を上にあげて見せると、美月ちゃんが微笑んだ。


「……はいっ」


 赤くなっていた顔が、更に赤くなっている。

 オレまで赤くなりそうだ。


「じゃあ、行こうか」

「そう、ですねっ」


 すでに一生分の幸せを供給された感じになっているが、まだ待ち合わせ場所からスタートしたばかりだ。

 今日という素晴らしい一日が始まったばかりなのだ。


「今日はどこに行くか決めてる?」

「あ! あの、私……圭太さんと、この先にあるショッピングモールに行きたいです!」

「…………えっ?」


 まさかのデスゲームの舞台で真っ先に浮かんだ場所~!

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