10
紙をくしゃりと握りつぶし、ポケットに入れた。
あとでゴミ箱に捨てよう。
それにしても、ヒロインと出会ってから物語が動き出した感が凄い。
ナンパばかりしていたので多少トラブルはあったが、こんな警告文のようなものを受け取るなんて初めてだ。
恐怖を感じつつも、少しわくわくしてしまっている自分がいる。
「誰が入れたんだろうな」
やはり真っ先に頭に浮かぶのは迅だが、オレに文句があるなら直接言ってくるはずだ。
それに、これの犯人が迅だったら、一生からかうネタにできるから「迅の仕業であれ!」と思うくらいだ。
「美月ちゃんヤンデレヒロイン説もまだ捨てきれないか?」
いや、美月ちゃんだとしたら、『身の程をわきまえろ』というメッセージの意味が分からない。
あ、お前ごときが連絡先を言わないなんて何事だ! ってこと?
それなら首がもげるくらい全力で頷けるが、やっぱり美月ちゃんはこんなことをしないだろう。
もしかすると……なずなか?
あんな美少女と付き合えると思うなよ、という意味のメッセージだとしたら納得できる。
でも、なずなもこんな陰湿なことをするわけはないか。
オレが一瞬でも疑ったと知ったら怒る……いや、悲しむだろうな。
なずなはあれでも意外に繊細で、イメチェンするときや迅と別れる時もメソメソしていた。
「全然っ犯人の検討がつかないな」
内容的に考えて、美月ちゃんとオレでは釣り合わないという考えを持った人だろう。
……ということは、美月ちゃんファン?
美月ちゃんをストーキングしていて、今日のことを見ていたからオレに警告しにきた?
いや、それだと先回りしてオレの家のポストに手紙を入れることはできないか。
美月ちゃんファンが、事前にオレの家を知っているわけがないのだから……。
とにかく、調べようがないし、やはり気をつけておくしかない。
いつの間にか陽も落ちてきているし、早く家に入って明日の準備でもしよう。
「……圭太ぁ」
「!?」
鍵を開けて家の中に入ろうとしたら、突然声を掛けられてびっくりした。
家の中からではなく、外から聞こえた。
声の発生源を探してみると、玄関前のすみっこに座り込んでいる人物を見つけた。
オレと似た顔つきで、よく「年の割には若いね」と言われている中年男性――。
「……父さん。そんなところで何やってんの? ビビったんだけど! 中に入らないの?」
「さおりちゃんが入れてくれないんだよぉ」
さおりというのは母だ。
どうやら中にいる母に閉め出されていたらしい。
鍵を開けてみたが、中からチェーンがかかっていたので開けられなかった。
「……父さん、また何かやっただろ」
なずながメソメソ泣いていたのは可愛かったが、おっさんがメソメソ泣いてもうっとうしいだけだ。
「してない!」
絶対嘘だ。どうせまた浮気でもしたのだろう。
父はナンパモブの父親だけあって、女性関係でよく問題を起こす。
見た目は普通なのだが、温和で話しやすいところが良いそうでモテるのだ。
何年か前も、父の会社の新入社員と浮気した、してないで揉めていた。
「母さーん、ただいまー! オレだよ! 開けて~」
チェーンがかかっていて、完全に開かない扉の隙間から呼びかけると、スリッパの音を響かせながら母がやって来た。
母はゆるい印象の父とは違い、キリッとした中々の美人なのだが、今日はキリッと度がいつもより十割増していた。
近づいただけで切り裂かれそうな……。
こういうときはふざけず、余計なことは言わず、「聞かれたことだけ話す」に徹しなければならない。
開けてくれるのを緊張しながら待っていると、母はチェーンを外しながら呟いた。
「中に入るのは圭太だけね」
「父さんは?」
「何言ってんの。うちは母子家庭よ」
「ええー……?」
ど、どういうこと?
まさか、この世界の不思議な力でオレの記憶が改ざんされている!?
……というわけではなく、単純に母が自分の世界から父を消しているだけだろう。
母の言葉を聞いて、焦った父が立ち上がった。
「さおりちゃん、誤解なんだよ! 浮気なんてしてないよ! 相談に乗ってただけなんだよ~!」
「…………」
父の言葉を聞くと、母の顔は段々と般若のようになっていった。
馬鹿父っ! 今は聞かれたことしか話しちゃダメだろう!
「……前も新卒相談女に言い寄られて、私を裏切ったことを忘れたのかこの単細胞は!!!!」
耳をつんざく母の怒声が、ご近所一帯に響いた。
これはもう、ご近所の奥様方で行われる明日の井戸端会議の話題は、草村家の醜聞で決定したな。
噂好きの隣のおばさんが家から出できそうだし、そろそろ恥を晒すのはやめた方がいいと思うのだが、母さおりは止まらなかった。
「大体なあ! 『相談』だって言うが、ラブホテルで受ける相談ってなんだ? あ!?」
「ラブホなんて行ってな……」
「ドライブレコーダーに履歴が残ってるんだよ馬鹿がっ!!!!」
「!」
「父、アウトー。サイテーデスネ」
「圭太ぁっ!」
そんな捨てられそうな子犬みたいな顔をして助けを求められても困る。
同じ男だからと、勝手に味方認定しないで欲しい。
離婚となったら、オレは母さんについていくぞ。
まったく……ヒロインが登場した世界で、モブ一家の昼ドラ展開とかやめて欲しい。
どこにも需要はだろう。
そんなことを考えならも、母を刺激しないよう静かに家の中に入った。
このまま自分の部屋に避難しようと思ったのだが……。
「圭太」
「はいっ!」
こちらに視線を移した母の鋭い声に、自然と背筋が伸びる。
母は閉め出したままの父を指さすと、オレに向かって忠告した。
「圭太にもこの単細胞の血が流れてるからね。女を裏切ったら怖いんだから。よーく覚えておきな」
「は、はい……」
何のフラグだよ……!
今このタイミングで言われるのが不気味なのですが!
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