幸せなイッヌのお話

バルバルさん

幸せなイッヌの物語

 我輩は猫ではない。正真正銘の犬である。名前はイッヌだ。

 産まれた場所は全く覚えていない。母が言うには、我輩は拾われっ子らしく、我が飼い主がとても小さな頃の我輩を拾ってきたと言う。

 そのボロボロだった我輩を温めてくれて、世話をしてくれたのが父と母だ。とても強い犬である父には強いあこがれを持っているし、母には感謝の念でいっぱいである。それを伝えると、母はなぜか、少し悲しそうな顔をしたが、優しく舐めてくれた。

 我が兄たちも父に似て、とても力強い犬になるだろう。我輩は兄たちが言うにはとても弱々しいらしいから、羨ましく思う。

 我輩は中々堪え性というものが乏しいため、まだ兄たちのように「待て」などが難しいが、現在勉強中である。いつか、しっかりと飼い主の「待て」に答えられるよう努力している。だが、わが飼い主は滅多に、我輩に待てと言わないのが不思議なのだが、体が小さいからだろうか。これでも、立派ないっぱしの犬だというのに……少しだけ、納得いかないのである。

 我輩が一番好きな時間は散歩の時間だ。我が兄たちや母と一緒に広い外を歩くのは気持ちが良いし、飼い主のご友人によく撫でてもらえる。撫でられるのは好きだ。気分がさらに良くなる。

 我が飼い主にも感謝しかない。今以上に弱々しかった子供の我輩を拾ってくれて、毎日美味しいご飯としっかりとした寝床を用意してくれる。我輩、満足しかない。

 だが、一点だけ困ったことがある。我が飼い主は、我輩を猫と勘違いしているのだ。全く持って心外である。我輩は犬なのだ。

 まあ、確かに我輩は動くものは好きだ。だが、ぴょんぴょん動く猫じゃらしとかいうおもちゃを目の前で動かされると困る。もしこれで飛びかかったりしたら、我が兄たちや父に、犬らしくない奴だと笑われてしまうではないか。

 なので、我輩は兄たちや父の前では絶対に飛びかからないようにしている。

 ま、まあ。兄たちのいない時には、たまーに、どうしても飛びかかりたくなって、じゃれついてしまうのは内緒だ。

 また、我輩に渡される他のおもちゃも、何かおかしい。なぜ兄たちには骨等の形をしたおもちゃが与えられ、我輩にはネズミや魚の形をしたおもちゃばかりなのだ。

 確かに、おもちゃなど遊べれば良いのだが、それにしても、おかしいのではないか?と最近思うようになってきた。

 我輩は猫ではない。なぜなら、兄たちも母も犬であるからだ。家族全員が犬であるのなら、我輩も犬なのだろう。

 ああ、今日も飼い主が我輩に猫の真似をするようせがんでくる。

 仕方がない。我輩、飼い主にはとても世話になっているし、恩もある。

 我輩は決して恩知らずな犬ではないから、飼い主の願いに答えなければならないだろう。

 見るが良い。我輩渾身の猫の真似を。


 にゃーん。


 私の家族は、犬や猫が好きだ。

 元々、私の家では雄と雌の犬を飼っていて、猫も飼いたいな。なんて思っていたら、犬の夫婦が子供を作り、犬の家族が計五匹となった。

 大変喜ばしいことだが、流石に犬五匹に加えて猫を飼うのは難しいかな? なんて思っていたら、私の弟が、弱った子猫を拾ってきた。なんでも、親猫がいなくなってしまった子猫らしい。

 弟が、どうしても助けたいというので、人の良い私の親は家で子猫を綺麗にした後、動物病院へと連れて行き、家で猫を飼う準備を始めるのだった。

 最初、私たちは犬たちが子猫をイジメないか、攻撃しないか心配であったが、犬たちは子猫を家族の様に迎え入れてくれた。心底ほっとしつつ、この子猫に弟はイッヌと名付けた。

 イッヌは犬家族の中で、利口に、元気に育っていった。

 どうやら犬家族の真似が好きらしく、犬の散歩についていきたがったり、同じくらいの年である子犬たちの後を良くついていき、同じおもちゃで遊びたがったりする。

 また、犬の兄弟の真似をして、待てや、お手をしようと頑張っているのは、とても微笑ましい。そういう時は思わず、頭を撫でしまう。

 こうして犬家族の中で元気に育つイッヌだが、猫じゃらしに反応が鈍かったり、ネズミのおもちゃがそこまで好きじゃないなど、猫らしさが少し乏しいのが難点だ。

 イッヌは種族的に見れば犬ではない。猫だ。とはいえ、犬の兄たちの中で育ち、犬の父母に育てられているつもりのイッヌは、もしかしたら自分を犬と勘違いしているのかもしれない。

 でも、なんて可愛らしいのだろう!

 このまま、イッヌは自分を犬だと勘違いしたまま、一生を過ごすのだろうか。

 それとも、自分が兄弟たちとは違う種族だと気づいて、悲しむのだろうか。

 私達、人間では立ち入れないところだけれども。イッヌが家猫として、もしくは家犬として、幸せに過ごせるようにすることが、イッヌを拾ってきて、犬の家族の中で、犬として育ててしまった私たち家族の義務なのかもしれない。

 私の弟が必死にネコの鳴き声をイッヌにせがんでいると、イッヌは根負けしたのか、こう鳴いた。


 にゃーん。


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