終わる世界と二人の兄妹

スカイレイク

終わる世界で生きる二人

 ――人という種の衰退

 人は人間という種の時代が永遠に続くものと思っていた、火を使うようになったときから、水車を作ってから、蒸気機関を作ってから、核エネルギーを使用するに至って、人という種は繁栄を極めた。


 しかしそれらは造作もなく崩れ去った、皮肉にも人間の手によって。


 始まりはちょっとしたことだった、ある国の大使が殺され、派遣していた国が宣戦布告と捉えたのだ。


 世間の目は冷ややかであり、誰もが戦争を仕掛けた弱小国家が勝てるなどとは夢にも思っていなかった。


 世間の予想通り、宣戦布告後その国は負け続けた、しかしその時、相手は知らなかったのだ……その国がすべてを焼き尽くす核兵器を保有していたことを。


 それを知らなかったことは超大国の油断、慢心を生み、持ち込みを見逃してしまった、検査でもまさか核兵器を持っているなどとは夢にも思っていなかったのだ。


 そうしてそれは爆発をした。辺り一面を焦土に変え、放射線をまき散らした。


 なおのこと不味まずいことに核兵器を使用された国も核を保有していた。


 そこから先は水が高いところから低いところに流れるがごとく自然と全面核戦争になった。


 その時点で複数の核保有国が参加を決めた、悲劇だったのはそれらの国が一枚岩ではなく、それぞれ別の国に肩入れしたことだろう。


 そうして核戦争はいともたやすく始まった。誰一人として止めるもののいないそれはチキンレースと化して、世界の大半が人が住むには適さない地域となり、人類は地球の統治者を名乗るにはあまりに数が少なくなっていた。


 これはそんな「終わった世界」に住むある兄妹の悲しいお話――


 ――崩壊後の日常

「お兄ちゃん、ご飯ですよ!」


「ああ、おはよう」


 俺は妹に朝の挨拶をする。そう、今日も生きていたのだ。


「まーたぼんやりして……お兄ちゃん、もしかして意識障害とかじゃないですよね?」


 心底心配してくる妹にほほ笑みをかけて「いや、ただ寝ぼけてるだけだ」と言って洗面所に向かう。


 蛇口をひねると水が出た、お湯でないのは地球の寒冷期に出てくるものとしては冷たすぎるが贅沢ぜいたくは言えない、インフラが生きているだけでも奇跡的なのだ。


 顔に冷水をかけると意識が覚醒していく、四肢の感覚はちゃんとあり、歯も髪もしっかりと体に付いていた。


「お兄ちゃん、ようやくシャキッとしましたね?」


「エミリ、過保護が過ぎるぞ?」


 妹のエミリは怒りながら言った。


「誰のせいですか誰の! まったく、このご時世なんだから心配するに決まっているでしょう!」


 世界が崩壊してしばらくつ、文明が残っていて水道が出るだけでも充分に奇跡的なことだが俺たちは日常を横臥おうがしていた。


 両親は共に世界が崩壊したときに自殺したのでこの家に残っているのは俺こと「トウドウ・ソウマ」と妹の「エミリ」だけだった。


「お兄ちゃん、配給でこれが手に入りました!」


 俺に一つのカップを差し出してくるエミリ、そのカップには黒い液体が入って湯気が出ていた。


 匂いを嗅ぐとそれは紛れもなくコーヒーだった。


「すごいな、コーヒーとはずいぶんと気前よく配給してくれたもんだな」


 食料が配給制になってからあまり良いものを食べる機会はなくなっていた、心なしかエミリのロングの黒髪も最近艶を失ってきた気もする。


「あまり良いことじゃないですよ? 新規で入ってくることもないし保管していても味が落ちる一方なのでさっさと配給に回そうって考えみたいですね」


 食物の輸入はどこも自分で手一杯な国ばかりなので全く当てにはできなかった、大戦以前に輸入済みだったものを食い潰しているのが現状だ。


 次はいつ嗅げるか分からないコーヒーの香りで鼻を満たす、文化的な生活の匂いがした。


「熱いうちに飲んだ方が美味しいですよ?」


 期限が良さそうにエミリが言う。そうだな久しぶりに味わっておこう。砂糖やミルクまで配給してくれるほど気前が良くないらしくどちらも無しだがそこまで贅沢ぜいたくは言うまい。


 コクンと口に含むと苦みが広がり、熱さで眠気が吹き飛んだ、温かい飲み物すら貴重な時代にホットコーヒーが飲めるとは思ってもいなかった。


 しかしお湯はどうしたのだろう? 電気はとうに止まっているはずだが?


「なあ、どうやってお湯を用意したんだ?」


 エミリは得意げに青い塊を取り出して見せた、固形燃料だった。


「お兄ちゃん一人じゃどうしようもないですからね? ちゃんとやりくりしているのですよ!」


 豊満な胸を張ってそう言うエミリ、今は温かいコーヒーがコイツのおかげで飲めることにとても感謝していた。


 しかしエミリもブラックで飲むのは少し苦手なのか、あまりコーヒーを飲むのが進んでいなかった。


 さて……どうしたものかと考える。世界の大半は崩壊し、気候は作物の一つも育たないほど寒冷化が進んでいる。俺とエミリが生きているだけでも奇跡のような出来事だった。


「お兄ちゃん?」


 不意に呼ばれて反応が遅れる。


「ああ、なんだ?」


「私はこうなることを望んでいたのかもしれませんね、皆さんには悪いですが……」


「この地獄を望むとはずいぶんだな」


 エミリは一言言った。


「だってもう世界に私とお兄ちゃんの邪魔をするものは居ませんから」


 邪魔をするものね……それどころか世界の大半が存在していないというのにずいぶんとのんきなものだ。


 世界は滅びつつあり、俺たち兄妹はこうして馬鹿馬鹿しい話をしている、それがエミリの望むことなのだろうか? だとすれば結構なパラノイアだな。


「お兄ちゃんは……私といるのイヤですか?」


「いやじゃないさ、一人じゃないというのは良いものだと思うよ」


 今の世の中、小さな子供さえも一人で生きているのが珍しくない中、二人だけとはいえ家族でいられるというのはこの上ない贅沢ぜいたくだった。


 仕事と呼べるもののなくなってしまった現状で、日常はエミリと他愛たあいもないおしゃべりをすることでいつか来る終わりを待つだけの暇つぶしをするのがいつものことになっていた。


 そうしてしゃべっている間にコーヒーはなくなっていた。


 今日は何故かエミリがもじもじしていた。


「どした? トイレか?」


「違うよ! その……お兄ちゃんにお願いがあって……」


「なんだ? 出来る範囲で聞くぞ」


 終わってしまった世界で出来ることなど限られているのだが、まあそれでも出来ることが一切なくなったわけじゃない。


「その、結婚してくれませんか?」


 俺はとっくに胃に飲み下したコーヒーを吹き出すかと思った。


「けけけ、結婚!?」


「いや……その……もう相手ってお兄ちゃんくらいしかいないじゃないですか? せめて思い出が欲しいんです!」


 そう言われると断るのも悪い気がする、なにより倫理をつかさどる神などというものがいるならばこんな世界になどなっていないだろう。


「まったく……エミリはしょうがないな」


「え? じゃあいいんですか?」

「ああ、もうたった二人の兄妹だからな、たとえ後世がなくても俺たちが生きていたって残したいのは分かるよ」


 世界は滅んでしまった、それは変えようのない事実として、せめてその中でできる限りの幸せをつかむことのなにが悪いというのだろう?


「準備が要るな、とりあえず町外れの教会の掃除でもするか?」


 そう問いかけるとエミリは焦りを見せた。


「いえ! 善は急げです! 今日しましょう!」


「今日!? いくら何でも急すぎるんじゃ……」

「今日、髪が抜けていました」


 エミリの告白はもうすでに時間が迫りつつあることを表していた。

 だからコーヒーなんて贅沢ぜいたく品が配布されたのかもしれないな……


 そうして俺たちは着の身着のまま、教会に来た。


「なんだろうな……雰囲気もなにもないな……」

「そうですね……ふふっ」


 俺たちは前方に歩いて行って中央に立った。


「お兄ちゃんは、健やかなるときも病めるときも私を愛してくれますか」


「はい」


 そんな小学生のお遊びと大して変わらない結婚式で妹は最初で最後のキスをした。


 教会から出るとき、エミリは明るい笑みを浮かべていたがどこか体調が悪そうだった。


 家に帰るとエミリは引き出しから箱を取り出した。


 そして固い決意を俺に対して宣言した。


「お兄ちゃん……ありがとうございました! そして……私はここで終わりのようです」


「終わりって……」


 手に持っている箱に目をやると苦しむことなく永遠の眠りにつけると言うことで真っ先に全国民に配給された箱だった。


「なあ、もうちょっと夫婦っぽいことしないか? せっかく結婚までしたんだし……」


「駄目なんです……! 私はお兄ちゃんに可愛い妹のまま思い出に残りたいんです! お兄ちゃんの最後に見た私が苦しそうなのはイヤなんですよ!」


 決意は固いようだった。


 そうしてエミリと永遠の別れをした後、俺がエミリの部屋に行くことはなかった。


 あいつがきれいなまま眠りにつきたいと言うなら俺の思い出はあのときの泣きそうな笑顔が確かに最後のエミリと言うことだ、それを上書きしたくはなかった。


 この手記を書いている間、完成までに俺の髪は抜け、歯も抜け、歯茎からの出血も止まらなくなっていた。


 しかし、これだけは完成させておかないと、俺とエミリの記憶がいつか誰かが読むかもしれない、これがなければただの兄妹と扱われるだろう、この手記を読んでいる人はどうか俺たち兄妹であり夫婦がいたと言うことを覚えていてほしい。


 そしてこれを書き終わると俺はエミリの残した箱に入った錠剤の残りは分を飲むつもりだ。


 これがこの崩壊した世界で残した確かな一組の夫婦であり兄妹の記録だ。


 意識がもうろうとしてきた、そろそろ時間がないのだろう、ここで筆を置くことにする。


 誰かがこれを読むなら、どうか記憶の一部に俺たちをとどめておいてほしい……滅んだ世界でのたった一つの願いを書いてこの手記を閉じることにする。


 ――〆

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