最終話 エピローグ

「オーシャン」

 ん? とわたしは聞き返す。

「そんな能力だなんて、知らなかった――」


「リタが作ったんじゃないんだ」


 うん、と頷いた。

 ……ん? でもそれはおかしくない?


 神獣は、ずっとリタだったんでしょ?


「神器を作ったのは僕だけど、神器の能力を決めたのは僕じゃない。

 錬金術師と一緒……、外側を作っただけ。

 その後の内側は、成長に任せるだけだから、

 オーシャンがあんな風になっているとは思わなかった」


 だから術中にはまったんだよ。

 まんまと騙されたわけじゃないから。


 必死に言い訳をしているリタを見ると、無意識ににやにやと顔が緩む。

 腕を組んで視線を逸らすリタ……、おおう、可愛いなあ、まったくもう!


「分かってるよ、リタは、騙されたわけじゃない。

 分かってる、うん、分かってる……」


「絶対に分かってないよね!?」


 あははー、分かってるのにー。

 テキトーな口調がリタは気に入らないらしい。

 あははー、リタの十面相を見てるの面白いなあ。


「……ニャオが変わっちゃったよ、

 昔はもっと、こう、ボンッキュッボンッだったのに」


 ……かなり理想が混ざってると思うけど。


 というか、わたしにそれを求めてたの……? 

 視野が広くなった事で、

 思い出さなくてもいい欲望まで前列に押し出しちゃったかもしれない。


 失敗した……っ、

 やっぱりオーシャンのせいじゃん!


「あの三又め……余計な事を」


「まあ、オーシャン能力があったにしても、上手かったよ。

 持ってすぐだったのに、よく使いこなせたよね」


「だって、そこはほら、才能?」


「指を顎に添えて、首を傾げた可愛いポーズで言うことじゃないよ」


 可愛い……、

 リタ、いまそう言ったよね!?


 喰い気味で勢いよく言うと、前に押し出した顔がリタと激突する。

 二人して海面の上で、おでこを押さえて屈みこんでしまう……、

 わたし達、なにしてるんだろう。


 楽しい事だってのは確実だ。


「うん、可愛いよ」


 絶対、嘘! 

 仕方ないから言ってる感じが出てるもんっ!


「可愛いよ、嘘じゃない」


 リタの真剣な目と声に、わたしの声が途切れ、次が出せなくなる。

 ……顔を俯かせて、やばい、噴火しそう。


 海が近くにあるのに、まったく鎮火できない。


「オーシャンの能力を使い、視界、思考を狭め、

 一つの事にしか集中できない状態にさせ、

 ゆっくりと僕の体を真後ろに向かせるなんて、ね。

 ……まったく気づかなかったよ。

 百八十度、回転させられていたのも、

 時計の長針のようにゆっくりだったから、違和感もなかった」


 照れるわたしを放っておきながら、話を元に戻した事に言いたい事はあったけど、

 まあ、今は黙っておいてあげる。


 リタの言う通り。

 大津波を回避した方法がそれだ。


 リタが大津波を操縦しているのなら、リタを操ってしまえば、

 だから同時に、大津波も移動すると思った。


 大津波があるから、視界が狭まった中でもさらに目隠しになるし、

 アルアミカとティカの小競り合いを混ぜた陽動のおかげで、

 さらに視界を埋めても、おかげで気づかれにくく――、


 ストレスを溜め、短気になっていれば、小さな違和もあんまり感じない。

 感じても、それどころじゃないって、切り捨てる。


 井の中の蛙は、大海を知らない。


 そして、オーシャンの能力を解除すれば、

 井の中の蛙は大海を知ることになる……当たり前だけど。


 広がった視界、思考……、

 見えなかったものが見えれば、カッとなって衝動的にやってしまった行動も、

 やめようとする意識を取り戻せる。


 冷静になれる。

 だから、オーシャンの能力は、怒らせてから、冷静にさせる。

 噴火させて、鎮火させる……そんな洗脳能力。


 まあ、姫様らしいとは、オーシャンも言ってたけど。

 信仰心だって洗脳だ。

 王、姫……、自分を慕うように、無意識にさせているのだから、

 日ごろから洗脳しているようなものだ。


 オーシャンがわたしの手に渡ったのは、だから必然なのかもしれない。

 引き合ったのだ。

 しかしオーシャンの場合は、向こうから好んできたようにも思えたけど。

 わたしが引きつけているのかも。


 そういうオーラが出ているのかもしれない。


「ニャオはやっぱり、お姫様気質なんだね……」

「リタ?」


「ううん。なんでも。――僕はもう戻るよ。

 ニャオのおかげで、引き際ができた。

 というか冷静になって、国を破壊するまでもないって、気づいたからね。

 迷惑をかけた、ごめん」


 謝ってくれるのは、いいんだけど、なんだか――よそよそしい。


 それがわたしにとっては、一番、ショックだった。


「リタ! 待ってよ、わたしには、まだ話が――」


「僕にはない」


 ぴしゃりと、仕切るような、拒絶するような、攻撃的な言葉。


 リタの足は、既に海中に沈んでおり、

 ゆっくりと全身を、順番に浸からせていく。


 神殿に戻る……、

 戻ったら、もう、リタとは一生、会えない気がして――、


「会うべきじゃなかった」

 どうして、

「会ってはいけなかったんだ」

 なんで、


「神獣は、一個人に、肩を持ってはいけない」


 一人に、心酔してはいけない。

 語るリタの口調は、真面目だった。

 真剣だった。神獣としての、本当のリタを見た気がした。


「世界を象徴する僕達は、かけ離れた存在でなければならない。

 だけど、誰か一人と親しく話してしまえば、距離がぐっと近くなる。

 それはダメだ、いけない。

 神獣は脅威であり、恐怖でなければならない。

 ――なめられたら、終わりなんだよ」


 だとしたら、もう終わってるような……。

 しかし、たった数人だけだから、リタとしてはセーフなのかもしれない。

 アウトにならないように、これ以上は、踏み込まない……そういう判断なんだ。


 身勝手だなあ。

 でも、分からないってわけじゃない。


 リタの言っている事は、正しい。

 ちょっと堅い気もするけど、リタの考える危険性が、ないわけじゃないから。


 神獣は、抑止力になってる。

 国同士で争いがあっても、国の中で争いは多発しない。

 小さないざこざは万単位であるけども、ちょうどいい発生率でもある。

 喧嘩のない平和な国は、それはそれで不気味だから。


 対立がなくちゃ、人は進化をしない――。


「……もう、会えないの?」

 呟くように聞くと、


「そう、だね。この前みたいに会うことはできないね」


「そっちからきておいて、勝手に帰るの!?」


「それは、謝るよ、ごめん。

 ……一度、会いたかった。それだけだったんだ。

 でも、もう充分。満足した。

 これからの危険性も熟知した。だから、帰るんだ。

 僕は、神獣として、役目を全うする」


 神獣は神獣としか合わないんだよ。

 そう言って、リタの全身が海中に沈み込んだ。


 だけど! 

 わたしも海に飛び込む。


 わたしの意思に合わせて、見えない足場が消え、海中のリタと目を合わせる。

 声を出しても伝わらない。

 口を動かしても上手く伝わらない。


 メッセージはかき消される――だったら。


 行動で、示せばいい!


 手をリタの頬に添え、二、三度、撫でてから、

 首の後ろに腕を回し、ぐっと引き寄せた――、


 海中でも真っ赤だったリタの顔が忘れられなかった。


 そして、海面に顔を出したわたしも、同じように真っ赤だった。


 アルアミカとティカにそう指摘されて、

 気づいた、恥ずかしい思い出の一ページ。




 第二波ラグナロクを止めた事によって、わたしを認める人は多かった。


 だから正式な姫となる事に、大きな障害はなかった。

 問題は、王が不在って事なんだけど――、


「ニャオーラ姫、今日もいくのですか? 

 そこまで熱心に奉仕をしなくても……」


「いいのいいの、たくさんして、悪いわけじゃないでしょ?」


 わたしは大量の果実を持ち、

 水に濡れないようにしっかりと袋に詰めて、王城を出る。


 階段のところに、アルアミカとティカがいた。


 ティカはメイドとして、うちで働いている。

 まあ、期限付きで、お試し期間らしいけど。


 毎日、顔を合わせる度にお小言をもらう。

 なんだか、もう一人のウスタができたみたい。


 ショッピングを一緒にできる分、こっちのウスタの方が全然、好きだけど。


 アルアミカは無職のままで、着々とお兄ちゃんのあとを追っている。

 でも、魔法使いはそれが職業なのかも……、どうなんだろ。

 まあ、狩猟者と同じような区分けでいいのかもしれない。


 相変わらずおじさんと一緒に、人のいない離島へ潜って、国に貢献はしているらしいけど。

 ちなみに、カランからもらった、ボックス? だったかな。

 それは偽物だったらしくて、アルアミカの課題は達成できていなかった。


 予想していたみたいなので、アルアミカの落胆は少なそうだったから、良かった。


 その割には、結構ぐちぐちと色んな人に当たっていたけど。


 で、怪我も治って万全になったカランは、今はこの国にいない。

 北上して、祭りの国へ向かうとか言っていた。


 なんでも、商人としてではなく、

 客人として、亜人達のバーゲンセールを狙いにいくらしい。


 ティカもついていくと言い張っていたけど、

 メイドとして働く事を決意してすぐに休暇をもらうのもあれなので、と、

 カランが強めの口調で断った……カランの一人旅、楽しそう。


 ティカがいると大変なのかな……と、ちょっと思ってしまった。


 ティカは、問題を起こすタイプじゃないと思うんだけど……、

 いや、でも、内面を知っていると、ハラハラドキドキするのかもしれない。

 心臓に悪いのは、確実にそうだろう。だから、気晴らしになればいいけど。


 そしてわたしは。


 海浜の国、タウンカレントの姫になった、わたしと言えば。



「きたよー、リター」


 海を泳いで一時間以上。

 荷物があるからちょっと遅れたけど、神殿に到着した。


 袋に入った果実を出し、祭壇で彼を待つ。

 人の姿ではなく、黄金の蛙の姿のリタがのしのしと出てきた。


「……あのさ、もう、こなくていいんじゃないかな、うん」

「なによっ、邪魔だとでも言いたいの!?」


 そうじゃないけど……、とリタは言いづらそうに。

 持ってきた果実に手を伸ばすが、ぱしん! とそれをはたく。


「はっきり言わなくちゃ果実あげない」


「う。いや、迷惑じゃないけど、き過ぎって言うか、

 僕も留守にできないって言うか……、のんびりしたいんだけど」


「ふーん。浮気ね」


「浮気じゃないよ! というか、付き合ってないじゃん!」


「じゃ、付き合う?」

 いつものように、わたしはさらっと言う。


 リタもこれまたいつものように、

「こんな化物のどこがいいんだろうねえ、まったく」


「リタだから」

 見た目とか、関係なく。リタがいいの。


 わたしだけを見てくれた、あなたが王子様。


「返事は?」

「ほ、保留で……」


「それは人間と神獣だから、という理由で?」


「う、うん」

「……さらっとフラないところが、女々しいって言うか、キープされてるみたいな――」


 むすっとすると、リタが慌てて取り繕う。


 可愛いし、チャンスだし、だからキープしてるわけじゃなくて!

 ちゃんと考えてるよ、神獣とか人間とか色々障害があるから、だから信じてってばー!


 なんて。


 くすっ、と、じたばたするリタを見て、わたしは思わず噴き出しちゃう。

 蛙の姿のままそんな事をされたら、面白いに決まってるじゃん。


 あー、やっぱり、リタはリタだった。

 見た目がどうだろうと、変わらない。


 神獣だって、なにも変わらない。

 恋をして、されて、怒って、泣いて、悔しがって。


 嬉しがって、緊張して、照れて――。


 ああもう、だから好きなんだよなあ。

 だから何度でも言う――伝える。


 水中じゃなければ、言葉はきちんと伝わるのだから。



「――リタの事が、大好きです」



 前例のない未来を目指して。


 わたしが姫になってから目指す、新しい道だ。

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タウンカレントの守り神 渡貫とゐち @josho

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