第37話 ラグナロクの行方
さて、準備はいいですか、ニャオ。
オーシャンが、わたしを包む透明な防壁を張ったまま、体を浮かせる。
さっきから主導権がずっとあっちなんだけど、やりづらい。
自分の体なのに意思とは関係なく動くみたいな。
失礼ですね、操っているのは腕くらいですよ。
……いや、操ってるって言っちゃうの?
神器は、その神器を持つだけの器がなければ命を取られると聞いているけど、無事なわたしもこれはこれで、まったく扱い切れていないわけだから、器はないんじゃないかな……。
器と言い方を変えていますが、ようは気に入ったか気に入っていないか、その二つです。
ニャオを気に入った、だからこうして一緒にいるのですよ。
自覚してください――と、オーシャンが分かりづらくデレた。ツンデレだ!
ツンの頃などありませんが……、
――オーシャンってば、自覚なきツンデレだ!
この三又、なんて可愛いの!
……いいですか、ニャオ。
あなたはこのオーシャンを、上手く扱ってください。いいですね?
うん……大丈夫。
失敗できないから物凄く緊張してるけど、うん、大丈夫。大丈夫であれ!
願ってる時点で心配ですが、
まあ、オーシャンもいます。なんとかなります。
それに。
オーシャンとわたしの声が重なった。
思う事は一緒だったらしい。
ぷっ、と噴き出し、力強く。
――自慢の友達が、手伝ってくれてるから。
まるで嵐のように海が荒れてる。
大津波なんて隠れるくらい、水飛沫が上がって、視界を覆っていた。
飛び交う魔法使いと錬金術師、
繰り出される魔法や、レプリカプラスアルファの一撃が、リタの周りを騒がしくする。
たぶん、リタにはなんのダメージもないだろうけど、
しかし、間違いなくストレスは溜まってると思う。
あれは鬱陶しいよ……。
「あぶなっ!? ――ちょ、あんたいま、私を狙ってたでしょ!?」
「狙ってないわよ、言いがかりはやめてくれる?」
「いーやっ! 完全に大槌を振りかぶって、私を狙ってた! ばっちり見えたもん!」
「偶然よ。私が振りかぶったところにあんたがちょうどいたのよ。
タイミングが神がかってただけ……、
ベ、別に今の、神獣がいるから神がかってるって言ったわけじゃないから!」
「言いがかりにかけてるのかと思ったのに!」
その発想はなかったなー、と言いながらも、
魔法をティカに向けて放つところは抜け目ない。
……友達を攻撃してるっていう負い目は、ないんだろうなあ。
「「友達じゃないし、敵だし」」
そういうセリフはぴったりと被ってるのに。
「……付き合いきれないな」
と、リタの舌がアルアミカの体を一瞬で貫いた、
と思いきや、やられた、って顔をしたアルアミカの姿が、ぶれて消えていく。
「ざんねーん、それは波の水面に映った私よ」
騙されてやんのー、と、
おちょくる事に関して、着実と成長しているアルアミカだった。
秀でた部分が順調に才能を伸ばしてる……、喜ぶところ?
「持ってて損じゃないし、いいと思うけど。
アルアミカにはぴったり、小物らしくて」
『小』物に反応して、なにおう! と意識をティカに向けた瞬間、
今度こそ、リタの舌がアルアミカを狙う。
「世話が焼けるわ、まったく」
ティカの大槌レプリカが、リタの舌を横から打つ。
それでも軌道を変えるので精いっぱい。
逸れた舌は伸びきり、後はリタの口に戻るだけ。
ゴムのように。
その折り返しから縮む際、リタにはもう一度チャンスがある。
そう、ティカの背中を、狙えるのだ。
「そっちこそ」
アルアミカの魔法がリタの舌を弾く。
偶然にも、背中合わせで二人は戦っていた。
魔法使いと錬金術師、
世にも珍しい、共闘の光景。
「……いいなあ」
わたしにも、ああやって背中を合わせて戦えるような、そんな仲間がいればなあ。
なにを言っているのですか、ニャオ。
と、オーシャンがきょとんとしたような声で。
もう、背中を合わせて戦っているようなものではないですか。
実際に背中を合わせる必要はないのですよ?
……それも、そうだね。
こうして三人で共闘している時点で、
わたしだって、あの二人の中に混ざれているんだから。
今更、羨ましがる必要はなかった。
だって、ずっと、一緒だったもんね。
どうしてもと言うなら、オーシャンもいますよ。
「あ、いらないや。二人で充分」
そうですか……、
ちょっと悲しそうな声になったオーシャンに、冗談冗談、といじって――さて。
もうそろそろ、いいですか?
聞かれて答える。
「うん、いいよ」
アルアミカとティカが暴れる。
リタが捕まえようと、飛び交う二人に舌を伸ばす。
大津波はいまだ消えず、
島を破壊しようと進んでいた。
わたしはオーシャンを構え、その戦いを傍観する。
能力を使用しながら。
気づかれないように、慎重に、ゆっくりと。
井の中の蛙です――、
オーシャンが呟き、わたしが引き継ぐ。
「そろそろ、大海を教えてあげる」
オーシャンを、見せつける。
あなたを救う、思考の展開よ!
大津波ラグナロクは島を破壊しなかった。
それを見て、ぽかんと間抜けな顔をしているのはリタだ。
大津波は、島とは反対の方向へ目指し、ここからでは見えない大地を目指す。
大地のその先、
明かされていない世界の端へ。
探求心なのか、目指し続けていた。
永遠にさまよい続けるのか、
力を失くし海の一部へ戻るのか、
姿の見えない大津波の末路を、私達は知りようもない。
「な、にを……」
「どう? リタ……、
せっかく繁栄させた国を破壊しようなんて勿体ない事、しない方がいいんじゃない?」
水面を歩き、わたしはリタの元へ近づく。
リタはゆっくり、大きな波紋を起こしながら、わたしを見る。
背の高いリタがわたしを見下ろす。
そしてわたしは、上目遣いで見上げる。
ちょっとアピールしてるつもりなんだけど、リタは無反応。
……ショックというか、カチンとくるなあ、もう。
仕方ないですよ、オーシャンの力です。
ふうん、ならオーシャンのせいだね!
神器をブーケトスのように、見ないで後ろへ投げた。
受け取る人はいなくて、
どぼん、と沈んだオーシャンのお小言を、わたしは聞かないようにした。
耳を塞いでも意味がないから、もう無視。
……うん、聞かなかった事にしよう。
オーシャンを投げるなど、一体どういう神経を……、
――あー、はいはい。あとで存分に聞いてあげるから。
なんかウスタみたいで嫌だなあ。
いや、ウスタが嫌ってわけじゃないんだけど。
説教をことあるごとに言われるのが、嫌なだけで。
しかし、オーシャンの力のせいで、
リタってば、わたしのアピールに反応しないの?
そんな力じゃなかった気がするんだけど……、
確かに、洗脳みたいな能力ではあるんだけどさ。
「神獣を洗脳するとはね……、
怖いもの知らずだなあ、ニャオは」
「リタだからできたの。リタ以外にはやらないよ」
だからと言って見直さないよ?
と、リタは騙せなかった。
ちぇー。
ぶーぶー言っていると、リタはその大きな手で、しかし、さすがに体格差の違いに気づき、姿を少年に変換させた。
確か、リタは――神獣『リターン』は、変換を司っていたはず。
記憶を掘り起こして、なんとか思い出した。
確かそんなんだったような……ってレベルなんだけど。
「合ってるよ。だから錬金術師を生み出せたし、こうして体を変身させる事ができる」
ま、変換だけど、言い方はなんでもいいよ。
たぶん、そこは誰も気にも止めないけど、
私だけはちゃんと真剣に向き合いたかった。
「変換って言うよ。だってそれが、リタが司る力なんでしょ?」
リタに一歩近づき、頬と頬が当たるくらいの距離で。
すると、リタが言う。
「ニャオ、海臭いよ」
「だって海に潜ってたんだから、仕方ないよ」
あと、臭いって言うな。
嘘でも良い匂いって言わなきゃ――ラベンダーとか!
「無理があるよ……」
目は誤魔化せても、鼻は誤魔化せないよ、とリタは言うけど、
目だって、誤魔化しようがないよ……。
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