4章 神獣【語り:ニャオ】
第36話 神器
「やだ、やだやだやだっ! 起きてよ、ティカ!」
目を瞑り、動かないティカを抱えながら、
わたしは崩れるダンジョンから脱出した。
神器が発する光が水を押しのけ、わたしが海流に飲まれる事はない。
声に導かれる。
上へ、上へ――。
思いのままに速度を上げ、球体に包まれたわたしの体が、海面から飛び出す。
王城が見える。
後ろを振り向けば、太陽を隠すほどの巨大な大津波が目の前まで迫っていた。
「あう――」
すると、ぐんっ、とわたしの体が縄で引っ張られるように、後ろへ飛ぶ。
油断してはダメ、ニャオ――と声が聞こえる。
さっきもそうだけど、誰……?
「……三又の神槍、『オーシャン』……?」
オーシャン、と、そう名乗ったのは、手に持つ神器。
わたしが持っているのではなく、神器に掴まれているような感覚だった。
だからわたしから離す事はできなかった。
便利でしょう? と近づいてくる神器……、結構、接し方はラフな感じ。
顔が急接近したような親近感。
実際、偉いのだと思うけど、
偉そうな感じがアルアミカに似ていて、なんだか落ち着いた。
いま、まさに飲まれそうになっていた大津波――、
ラグナロクを見上げる余裕まである。
「ラグナロクを止めたいの。オーシャン、手伝って!」
あなた次第ね、と言われ、
うん! と頷く。
覚悟は決まってる。
もちろん、死ぬ覚悟じゃなくて。
ママのように、英雄のように命を差し出してみんなを守るんじゃなくて――、
泥を舐めてもいいから、足掻いて足掻いて、やれるところまで、諦めずに挑戦したい。
みっともなくてもいい。
お姫様らしくなくてもいい。
……元々、お姫様なんていう器じゃないんだから、
お姫様らしくないお姫様がいたって、いいじゃない。
――文句ある?
ないでしょう、とオーシャン。
あなたがどれだけポンコツでも、まだ姫としての立場にいられているのならば、
国民は認めているのですよ……分かっているのでしょう、あなたは。
問われて、わたしは答えられなかった。
オーシャンの言葉は続く。
口ではあーだこーだと文句を垂れながらも、待っているのです。
あなたの成長を、あなたの、自覚を。
あくまでも手伝うだけです、手柄は横取りしません。
誰でもない、あなたがやるのです。
直接、心に響いてくる言葉に勇気が湧いてくる。
やる気が溢れ出る、モチベーション、ぐんぐんっ!
分かってるねー、さすが神器。
わたしの盛り上がるツボをきちんと理解してる。
「……出てきたね、リタ」
リタ……、わたしの知ってる姿じゃない。
人間の、少年の姿じゃなくて、黄金の蛙。
私よりも三倍以上もある体長が、大津波の根元のところから顔を出した。
細められた瞳、金色の肌、
腰を落とし、いつでも跳躍ができるように構えていた。
海面に乗り、浮遊するわたしをじっと見ている……、
わたしも見返す。
捕食者としての強者の目に、怯まないように、精いっぱいの力強い目で!
「そのお荷物を抱えて戦うつもり?」
「ティカはお荷物なんかじゃ――」
見えなかった。
リタの舌がわたし達に激突してくる。
でも、そこはオーシャンが、見えない防壁で守ってくれた。
しかし、威力は消せても勢いを完全に失くすことはできず、後ろに吹き飛ばされる。
わたしが制御しているわけじゃないから、ぐるぐると回転したまま止まれなかった。
海面を何度も滑り、気づけば浜辺まで到達していた。
限界です、というオーシャンの言葉と共に、
要の防壁が消えて、わたしの体が地面に落下する。
少しの高さでも不意打ちは痛い……。
「そ、そうだ、ティカ!?」
「う、ううん……あと五分……、んにゃ」
…………、そう言えば、最初は血だらけだったけど、
気づけばお腹の傷は完全に塞がっていて、
グロテスクなものもきちんと中に収まっていた。
……どういうこと? ――ねえ、オーシャン!
出会ったばかりなのに早速、頼り過ぎでは……?
そんなお小言は聞き流し、改めて聞くと、
リターンが錬金術師を殺すはずはありません。
錬金術師は、リターンの駒ですから。
なるほど、と頷くと、
どうせ分かっていないのでしょう、とオーシャンに見破られたけど、
顔を逸らしてなんとか言及を避ける。
分からなかったけど、
ようは、リタはティカを殺したわけじゃないって事。
それだけ分かればいいの!
「……ニャオってば、あんまり怒らないんだね……、
私が死んだかもしれないって言うのに」
寝たふりも、さっきの寝言も嘘だったらしいティカが、横になりながらむすっとする。
いや、怒ったよ? 許せないって思ったよ?
でも、それでリタに突っ込もうとは思っても、踏みとどまっちゃうよ。
自爆目的でも躊躇うって。
覆い被さるような、あんな威圧。
そのおかげですぐに冷静になれたのは、助かったけど。
「わっ、早いな、あんた達」
「アルアミカ!?」
浜辺から王城へ向かう階段の途中に腰かける、アルアミカがいた。
スペアの服を着たらしい、魔法使いの衣装に身を包み、
まるでこれから戦うかのような仁王立ちに、体勢を変える。
そして、ゆっくりと降りてきた。
「嘘をつくのが得意なくせに、ニャオには弱いんだから」
「親密になればなるほど、嘘って通用しないよねー」
うっさいわよ、二人とも。
と。
素直じゃないけど可愛らしいティカが、さっきの怪我が嘘のように、立ち上がる。
錬金術師、魔法使い、海浜の姫……、
万全の状態とは言えないけど、揃った。
特別な関係じゃないし、三人が揃ったからと言って、
伝説をなぞってイベントが起こるなんて事もない。
封印されたものなんてないし、秘密が解き明かされる事もない。
友達。
関係なんて、それだけだ。
それだけだけど、とても大切な、途切れさせたくない関係。
終わらせたくない。
壊したくない。
――壊されたくない。
逃げて見捨てたなんて負い目を、これから先、抱えたくなんてない!
満場一致で、決を取るまでもなく、それは決定事項だった。
「あーあ、死んだふりをしてニャオを騙し、怒り狂う感情をそのままリタにぶつけさせたらすぐに片がつくと思ったのに、失敗失敗。はあ、まったく、肩透かしよ」
えー、わたしが責められてるの?
「あんたが殺されたくらいじゃ、ニャオは怒り狂わないわよ――ね、ニャオ?」
「答えにくいよ……」
つまり、怒り狂わないわけね、なるほどねえ、と、ティカに見破られた。
あ、見破られたって言っちゃった!
「まあ、いいけど。今のニャオの様子を見たら、騙す必要もなかったし」
ん、そうなの?
「ほら、リタ相手じゃあ、加減しちゃうかなあ、とか、
やりづらいかなあとか、そう思ったわけ。
でも、いらない心配だったわね。
ニャオはリタよりも、国を選んだだけ。
――お姫様らしく、覚悟を決めて」
誰も責めはしないよ、立派だよ、と、ティカは言ってくれた――けど。
違うよ……、
確かに国を選んだけど、リタを選ばなかったわけじゃない。
順位をつけただけで、今でもまだ、リタはわたしの手の中にある。
「手の平の上、ねえ」
いいね、順調に女になってるよ、ニャオ。
と、ティカが褒めてくれた。
そ、そうかなあ、えへへ、と笑みをこぼすと、
「いや、褒められてないから。悪女呼ばわりされてるわよ?」
本物の悪女に。
アルアミカが言うと、誰が悪女よ、と、勢いのない否定だった。
あ……、ティカも自信がないんだ……。
「ま、神獣くらい手の平で転がして欲しいものね、お姫様なら」
「努力するよ」
しなくていいから、ニャオはそのまま純粋に育って……。
と、アルアミカが疲れ切った顔で。
……どいつもこいつも。
悪女なんだから、さっさとリターンをどうにかしなさい。
心に直接、響く声に、わたし達、三人の声が一致する。
『――あんたは口が悪いわ!』
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