第29話
静かな神殿、時折聞こえる水音・・・
どれくらいこうしているのか・・
小さな魔王は目を開き、上を見る。
上には紫の魔王が優しい笑顔で迎えてくれた。
「どうかしら・・、体は・・疲れた?」
「少し・・・」
「食事や睡眠への欲求は?」
「・・少し・・・ある」
「そう、少し休みましょうか・・」
「いや・・いい・・、続けてくれ・・」
小さな魔王は目を閉じる。
「水くらい飲みなよ・・」女の声がするが
魔王の意識は紫色に染まる。
体が水の中に浮かぶ・・そんな意識の中・・・
魔王は過去を思い出す。
赤色の視界、自分を見て驚いている・・・人間。
それは恐らく「父親」であったものだ。
魔王は特殊だった。
魔王の母、人間の父の間に「出来た」ものだ。
殆どは「智」の魔王であった母親の魔力によるもので、
そんな母親を真剣に愛した人間の、特殊だが、珍しい
愛の形「だった」のだろう。
母親の腹は人間の妊婦同様大きくなった。
だが子供は1年たっても2年たっても産まれて来ない。
そして5年が過ぎた。
母親は言った
「私は魔の木にならなければならない・・魔王として産まれくる
この子は・・・・あと何百年か私の中に居るでしょう。
それが・・・、どうしたというの?」
父親は銃を構えていた。
その銃で母親を殺した。
母親は魔王として「死」を受け入れたのだ。
そして父親は母親の腹を裂いて魔王を取り出した。
未完成の魔王、未熟な、稚拙な、半魔の魔王を。
半魔は産まれた時からその姿で、自分の姿を見て
怯え、しかも殺意を持って銃を向けてきた父親を殺した。
正確には死の幻想を見せた。
そして父親は人間の正気を失い、最終的には自らその命を絶った。
産まれたばかりの魔王はそれを見ても何も思う事もなく。
母親の胎内で血にまみれた体を水で清め、世界を渡り歩いた。
誰もが始めは優しく子供の魔王に接した。
「お腹がすいた」と言えば食べ物もくれた。
だがそれが3年も続くと、人間のように成長しない魔王に
人間たちは恐れをなした。
住処を追われる度に理由を考え、空腹になれば何でも口に
入れては吐き戻した。
ナンダ・・コノ・・カラダ・・ワ・・・
魔王としての自分が人間の自分に問いかける。
「わからないよ・・そんな事・・・」
魔王は紫の魔王の膝の上でぽつりと零す。
「わからないよ・・、知らない・・僕は・・何者なの」
「大丈夫・・あなたはもうすぐ、本物の魔王になる」
「・・・」
「あなたには人間としての心臓・・命と、魔王としての核が
あるわ・・、どちらを持っていても不都合ではないけれど
反発するものには違いない・・さて、あなたはどちらを」
「人間の命は要らない、心臓を潰してくれ」
魔王の答えは早く、紫の魔王は・・
心配そうにこちらをみている女に頷いて見せた。
小さな掌が魔王の胸に触れる。
人間としての少年の命は終わり・・そうして魔王と成らんが
為の魔力が体中を駆け巡る。
「っく!・・が!・・がはぁあああ!!!!!」
苦しむ魔王を前に紫の魔王はそっと語りかける。
「あなたは今から魔王になる・・・、人間としての「肉」は
ほぼ取り除いたわ・・、もう少し・・もう少し・・だけ・・
我慢してね・・」
「あ!あがぁあああ!!!ああああ!!!!!」
肉を失ってもがき苦しむ魔王の体は、紫の魔王の
魔法で固定される。
「この状態はもう少しだけ続くの・・私はあなたの
人間としての命、肉をすべて取り除き・・・
魔王の魔力がそれを補い、あなたは魔王になる」
『魔王になれるなら・・どんな事でも・・』
小さな魔王は声にならない声で叫ぶ。
体中を切り裂かれる痛み・・
それは母と同じ痛みだろうと感じた。
真は切り立った崖を見上げていた。
「すげー・・高ぇー・・・、これ登るのか?」
「人間には登れねぇわな・・・・・魔王はここに用が
あるのか?」
「この山は霊脈の通り道でもあり、決戦の場でもあり
バウニーの住処でもある」
「え!決戦って・・、しかも夏樹たちの家でってそんな・・」
思わず夏樹達を見るが、夏樹は微笑んで頷くだけだ。
「もし、ここに半魔・・その頃は魔王になっているだろうが
それが来たらここで勝負をつけようと思う。
バウニー達の住む山・・この岩盤は硬いし、霊脈はあるし
土地が安定している。僕にも色々都合が良い。
そして勇者も真君も、今回は手出し無用だ。
特に真君、僕は君が安心出来る闘いをするから
見ていてくれ、バウニーと一緒に」
「それはそれは・・やる気十分だな」
「オッサン・・」
二人に言われて、魔王は少し返答に困る。
「こんな事を言うと・・また壊れていると言われると思うのだけれど、
全力を出してみたい、という欲求が大きい。
さて、この欲求を抑え込む事が出来るのか、どうか不安・・でもある。」
「・・おいおい・・怖ぇ事言うなよ・・それじゃ半魔と同じじゃねーか。
いくら俺様でもお前とやり合うのは嫌だぜ?負けるだろうしな」
「龍が珍しく負けを認めるなんて・・・凄いな、オッサン・・・」
と言いながら不安を隠せないのだろう・・・
真の「不安」を感じながら
「大丈夫さ、僕にはこの戦闘意外にもやる事があるんだから、
タガが外れる・・?ような事は無い。
ただ自らが持てる戦闘能力を計り知っておきたいだけ。
これもひとつの研究だ。さて・・」
魔王は空を仰ぐ。
「少しでも霊脈の近くに行きたいと思う。
紫の魔王の施術もそろそろ終わる頃だろう」
「終わってないかもしれねぇ・・って案は?
それに魔王に産まれ変わった魔王は
「智」の魔王、「個」として他の事に興味を示して
魔王狩りを止めるって考えもあるよな。」
勇者の問いに魔王は涼しい顔で「それはない」と
即答する。
「いくら魔王になる施術を受けた処で、所詮、彼は
魔王ではない。思考は「まだ」半魔のままだ。
人間を憎み、魔王の知識を欲するだろう。
何せ彼は少しばかり丈夫な体と魔力を手に入れた
雛鳥に過ぎない。紫の魔王はそれを言い含めている
だろうが、果たして・・。
強大な力を手に入れた彼が、その事実を誰かに
見せつけてやりたい、と、思わない訳がない」
「そりゃ・・なんだか割りに合わない話だな・・、
自分では魔王になれると思っているんだろう?」
「紫の魔王は嘘は言わない。
彼の体を魔王に変える事、これは実際に行われて
いるのだからね。
彼がそれをどう理解するか・・、紫の魔王もさすがに
彼の思考を書き換える事はしない。
それはもう彼が彼ではなくなるからだ。
彼が紫の魔王の「子供」として施術を受けているので
あれば尚更、紫の魔王は彼の願いを最大限に叶えは
するが、魔王とは何たるかを教えるなど意味がない事
はしない。」
「じゃあ、弱いまま・・、本気のオッサンとやり合うのか?
・・少し・・可哀想だな」
「手加減などしない。彼が「死」を望むまで僕の力を見せて
やろうと思っている。」
「うわ・・引くわー、子供相手に」
「忘れたのかい?彼は悪戯に人間を殺し、魔王の死体を
晒しものにした。罰は受けねばならない・・・、
そうではないのか?
・・僕の思考が間違っているのか・・な。」
真に「敵に同情される」とは・・魔王はもう一度思考を整理して
みようと思うが、それはもう決定した事だ。
『人間のように「敵をとる」と言う考えに寄せてみたのだが』
その時の魔王の顔があまりに困惑していたので
真は「そ、そうじゃなくて・・、なんていうか・・」と言葉を取り繕う。
「単純思考と言う点では、真ちゃんみてーな奴だな。
お子様魔王って、はは!」
「単純って言うな!・・・・俺はただ・・、もし俺が半魔の立場
だったらって思うと・・、でも確かに悪い事したのはいけないと
思うけど・・、半魔にも色々あったんだろうし」
魔王の表情はますます険しくなる。
「背景に何かあれば人間を殺す事も許すと?」
「そそ・・そういう訳じゃないけど・・」
「いくら真君が想像しても、彼は彼、真君は真君だ」
「わかってるけど!!」
「それに、仮に真君が彼と同じ立場でも、真君は人を
殺したりはしない。魔王であれ、死を弄ぶような事も
しない。今ある環境で最大限の努力をするはずだ。
真君はそういう生き方をする魂だと僕は思うのだが。
勇者、何か意見は?」
勇者は笑うのを必死に堪えながら
「いや、全く同感だけどな・・くくっ・・、こういう所がな・・
うん、真ちゃん「らしい」からな・・!」
「何笑ってんだよ!!龍!お前絶対俺の事単純バカって
思ってるだろ!」
「思てるけどーー?」
「ぐぐ・・・っ・・、どうせ俺は考えなしで単純バカだよ!
悪かったな!!!!」
「僕は褒めたよ?」
「オッサンは・・もういいから!!」
「真君の意見に答えただけなのだけれど。」
「・・・・うー!もう!わかったって!!それが「魔王」の
考え方なんだろ!わかったってば!」
魔王は安堵したのか頷いて歩き出す。
「言っとくけど、「魔王」を理解しようなんて思わない
事だ。あいつらはそもそも人間じゃない。
考えてる事、見ている世界が根っこから違う。
あの魔王は人間に引きずられてほんの少し「感情」を
持っているに過ぎない、魔王は魔王、人間は人間だ。
忘れんなよ?」
勇者に最後の釘を刺され、真は「わかったって」と唇を尖らせる。
体という器に魔力が行き渡り、魔王はゆっくり瞳を開く。
痛みは無い・・・
手や顔に触れてみる・・。
自分の体が成長している事に気づいた。
漆黒の髪は腰あたりまで伸びていた。
身体を起こし、神殿に溜まった水に自分を映してみる。
「・・成長した・・」
水に映る顔は18歳ほどの青年にまで成長していた。
「ええ、そうね。あの体のままでは魔力の「器」には小さ
過ぎたのでしょう」
音もなく紫の魔王が側に居て、魔王の黒髪を撫でる。
今は紫の魔王を見下ろす程背も伸びていた。
「力を感じる・・・溢れだしそうだ・・これが魔王か・・」
「正確には魔王には「まだ」早い」
「何?!」
黒の魔王は紫の魔王の髪を掴み上げる。
「僕は魔王になったんじゃないのか?!」
「・・・今はまだ、器に魔力が満ちただけ・・・、そう何度も
教えたわ?」
髪を掴まれながら顔色ひとつ変えずに紫の魔王は続ける。
「使えば消えてしまう魔力を、ゆっくり育てていかなければ
「私達」の域にはたどり着けない。人間ではなくなったのだから
気が遠くなるほどの寿命があるわ・・?
貴方自身が「死」を受け入れない限り死なない。
今のあなたは魔の木に実ったばかり・・その実が腐り果て
地に落ちた時には魔王になれる」
「・・・・いつだよ・・それは・・」
「さぁ・・数百年といった所かしら」
「!!!ふざけるな!!!お前が僕を魔王にすると言った!
すぐに魔王にしろ!」
漆黒の魔王は紫の魔王の細い首を掴みその体を揺さぶる。
「・・・やっぱり・・魔王のあり方を理解出来ないのね・・・・。」
「黙れ!!あんなに痛い思いをして!!百年待てだと?!
今すぐに完全な魔王にしろ!魔王にしろよ!!!」
首を絞めつける手に力が籠る。
「時間の概念なんてすぐになくなるわ・・・そういうもの・・」
「黙れぇええ!!!!お前に何がわかる!!70年だって
死ぬ思いで!惨めに!這いつくばって!逃げ回ってきたんだぞ!」
漆黒の魔王は、紫の魔王を床に叩き付けた。
だが紫の魔王は傷ひとつない姿で、漆黒の魔王の隣に
何事も無かったように立っていた。
「これが、一番の」
「・・らぎり・・者・・裏切者!!!よくも僕を騙したな!!」
「静かに、聞いてちょうだい?」
「・・奪ってやる・・お前の「智」を!!今すぐに!!!
『楚は我の名に於いて、契約を契り、契約を約し、すべて余す事なき、
すべて余す時なき、我が前にすべてを差し出し、我が一部に集約されよ!
我は漆黒の魔王なり!マインド・ドレイン!!!』」
漆黒の魔王が空に魔法陣を刻み、言霊を言い含めて、手を広げる。
紫の魔王はその場に崩れ落ちた。
「・・・は、・・やった・・生きてる魔王から力を奪った・・・奪えた・・。
これがこいつの力か・・治癒術に特化してるな・・。
くくっ・・何が百年だ。やれるじゃないか!!僕はもう魔王だ!!!」
漆黒の魔王は、その体にかけられた布を翻した。
その布は漆黒のローブに変わり、額や指には魔力を増幅させるアイテムが現れる。
手には身の丈程の杖を持ち漆黒の魔王は歩き出した。
「・・・」神殿の柱にいた女に気づき「お前ももう用なしだな」
魔王が杖を振るうと、一陣の風が女の体を引き裂いた。
「・・よ・・、よかった、ね・・、魔王に・・なれて・・さ」
女の言葉ももう、漆黒の魔王には届かない。
『時間よ廻れ、留まれ、導け・・我が前に道を示せ!ゲート!』
空間転移の魔法の中を、戸惑うことなく突き進むその横顔を見て女は目を閉じた。
「これが霊脈??この細い川が?」
真は乾いた地面に細々と流れる水を指さす。
「正しくは霊脈に集う魔力の源・・とでも言うべきかな」
「え!じゃあこの水を飲めば俺にも魔力が?!」
「残念だけど人間にはただの「水」として消化されるものだよ。」
「なーんだ・・」
明らかに落ち込む真、そして笑う勇者。
「言うと思った!!言うと思った!!!ほんっと真ちゃんは素直だなぁー!!」
「うるせぇって!!!知らないんだからしょうがないだろ!」
「敵が来たようだ・・」
二人の言い合いがぴたりと収まる。
「何も・・感じねーけどな・・・」
「こんな不細工な術式は、勇者の魔法陣を見て以来だね。
まるで見つけてくださいと言わんばかりだ・・、さ、バウニー達
真君と勇者を頼む」
「はい」「かしこまりました」
夏樹は真を軽々と抱き上げると切り立った崖を跳ねて登ってゆく。
咲は勇者の手を引いて崖を跳ねた。
「うわーー!!高い高いい!早いぃい!!!」
「しっかり、つかまっていて下さいね?真ちゃん」
嬉しそうな笑顔の夏樹に必死に抱き着く真・・。
「まさか、わざと・・じゃ」
「角度がきつくなりますので速度を上げます!」
「ひぃやぁああああ!!」真の悲鳴が木霊する。
「お兄ちゃんたら・・こういう移動は苦手なのかしら」
心配そうな咲も夏樹の後を追って跳ね続ける。
「俺も得意じゃないからな!手を離すなよ!絶対離すなよ!」
「あれ?得意じゃないの?じゃあ」
一瞬、手を離す咲。
「離すなって言っただろぉおおーーーー!!!!」
勇者の悲鳴も遠ざかる。
「騒がしい事だ・・さて」
魔王は霊脈を離れて乾燥した平地に転移する。
周りは岩肌だらけで、遥か遠くに緑が見える。
勿論辺りには村も街もない。
何もない空間が縦に裂けて、漆黒の魔王が姿を現す。
「・・・お前の「智」を、俺様に捧げよ」
「僕に本当に感情と言うものが宿ったのなら、ここは大笑い
する所だな。」
二人の魔王の闘いが今始まろうとしていた。
あとは異世界に「行くだけ」だ! 四拾 六 @yosoji
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