第3話 紅葉もたまには遊びたい
「でも、今回ばかりは殺さなきゃだよなあ。強いんだよなあ、絶対強いんだよなあ」
魔女集会が総力を挙げて作り出す、〈
(というか
計459名の集会参加者名簿をそのまま渡された時の衝撃は、1ヵ月経った現在も忘れられたものではない。つい先日も魔女集会があったが、やはり雰囲気の変質は感じられた。登壇こそ稀だが個人でシンポジウムを開き、薬学を広めてきた
「今日、難井さん来てないの? 新薬の対照実験してくれたはずなんだけど」
「なんか事故とかあったのかな?」
「リーダーは平気な顔してるし、どうでもいい理由なのかも。山中だし風邪とか」
(あんなトンデモ薬作れる人が風邪対策しない訳あるかい)
10人くらいのチームが噂話に興じている左後ろの席で、紅葉は開会を待っていた。既に彼女らの潔白は証明済みだ。財発に手をつけられた者もいるが、ずぶずぶの関係までは至っていなかった。
「そうだ
顔のよく似た紅白の服を着た三人の真ん中から、眼鏡をかけた黒髪へと声がかけられる。
「いや、何も……。その様子を見るに、
人影に埋もれていた、小さなツインテールが、少し手を上げてゆっくり下ろした。
「いや、実は、イナが訪ねた時は、約束の時間に難井チャンが留守だったの。ちょっと待ったけど会えなくて……。巫女彌チャンは?」
「全く同じ。それこそ新薬の改良素材を一緒に考えてくれるって言うから、結構楽しみだったんだけど」
三姉妹の長女の話で、途端にざわつきはじめる周囲。難井に有事という疑惑は,
口を開く度に濃くなっている。
「
姉・巫女彌の言葉に妹二人は頷き、廃ビルを後にした。肉体も血液も、全て紅葉の寿命に変換されている。殺人の直接証拠は決して見つからない。ただ、それでも捜査が諦められなければ、首謀者たる鯨紗も何かしらの行動を起こす必要が出てくるだろう。そう紅葉は結論付けた。
(つまり、これは放置でいい。……今は最永を探したい)
紅葉は一団の傍を離れ、開会の近い場内を歩き始める。狭く、柱以外に遮るもののない部屋。すぐにその背中を確認できた。
「やあ、紅葉さん。……ちょっと来るのが早かったかな」
近づく紅葉に、背を向けながら話しかける最永。地面につくか否かというほどの白い長髪は、微動だにせず。背もたれを掴んだ手もまた、握り直すこともなく。
「どうも、最永サン。しばらく会えませんでしたが、運命は結構解析が進んでますか」
「私は運命論者ではないと、一度説明したはずだよ。いや、その時は片手間だったし覚えてないかな」
最永は決して振り向かない。その方向こそが、自身にとって益をもたらす、いわゆる「恵方」であると知っているからだ。死神の腹の中など、人間にはどうやっても見透かすことはできない。自分の運気を上げておくことこそが、不安を払拭できる数少ない方法となる。
「どちらにせよ、なぜ死神が訪ねてきたのかはご存じのはず」
紅葉はきっぱりと、無駄話の先を潰した。
「……やはり。誤魔化せないよね」
最永はそう言い終わると、長すぎる髪を重そうに回転させながら、紅葉に振り返る。
「私はみすみす殺されたくはない。だが、今ここで事を起こすのは、互いに不本意だろう?」
「……まあ、そうなりますかね。殺したくもない、殺さなければいけない訳でない人も、結構多い訳ですし」
最永はゆらゆらと揺れだすと、その姿は薄くなっていく。
「3日後、宮城にて決闘を」
「いいでしょう。観光ついでに殺してあげます」
決闘の約定を結んでから、3日が経つ。すなわち、今日のいつか、どこかにおいて、死神と魔女の殺し合いが始まるのだ。
「あー、これがテレビでしか見たことないずんだ餅か」
そんな中、紅葉は観光を楽しんでいた。誰を見ている必要もない遠出は、紅葉が欲しい休息の時間そのものだ。その視線の先が魔女であれ少年少女であれ、見守り続けるストレスはなかなか強い。だから宣言通り、観光ついでに『視界に入れば』殺すと、紅葉は初めから決めていたのだ。
(日時と場所を緩く指定したのはあっちだし、メンツにかけて探しにくるでしょ、多分)
最永の活動する領域の大きさからすれば、ただの一県に絞っただけでも結構な縛りである。それは紅葉も分かっているし、最永にも容易に人探しができる範疇だろう。そう考えたからこそ、紅葉は冗談でもなく本気で、羽休めの機会を楽しんでいるのだ。しかし。
「あれ……うわ。アイツ絶対
海側から山側へ、ショートカットの目的で入った死神領域。普段通り東京にいるなら、遠くに見えることすらないはず、黒いフードの後ろ姿を、紅葉は見つけてしまった。未だにストーキングされているのだろうか。そう考えた紅葉は、想定の進路を45度曲げて歩き出した。
「おっと、逃げないでくださいよ。紅葉サン」
「……今だいぶ急いでるんだけど。今日中に殺す相手がいるんで。それじゃ」
後ろ向きのまま、病垂は紅葉に声をかける。それを紅葉は、走りながら躱していく。
「単刀直入に言います。矢祭サンの姿が確認されました」
衝撃。紅葉の足が止まる。止まらざるを得ない。
「……今なんて? 師匠は封印されたんじゃないの?」
「こちらも、理由は把握していません。ですが、得られた映像には、確かに」
「見せろ!」
飛びかかる紅葉の前に、病垂は黒のバッグからタブレット端末を出した。画面は、監視カメラが捉える、止まらない人混みだ。そこには、他の人とは別方向に歩く、赤いジャケットの大男が映っている。
「遠すぎる。……髪がピンクなら師匠で確定だろうけど」
「続いて、こちらを」
別の映像データ。どこかの和菓子店に入る、ピンク髪の大男が、おはぎを二つ購入して、すぐさま退店する様子が収められている。顔面こそ角度で見えないが、それ以外のパーソナリティは、紅葉の知る矢祭そのものだ。
「……マジか」
「大真面目です。丁度、予行演習期を終え、紅葉サンが地上に来たのと同時期の映像です。協会が把握したのは最近ですが」
憧れの師匠の復活劇。されど紅葉の顔は、喜びにまで達していない。
「……あんたらのドッキリ企画じゃないでしょうね」
「気持ちは非常に分かりますが、事実です」
「死神用に作られた封印が、半年で解かれるモンじゃないでしょ」
「はい、我々もそこが引っかかってまして」
何故か広告が始まり、もはや無関係の動画が流れ出したタブレットを、病垂はしまいこんだ。
「協会は、この矢祭サンと推測される人物の『招致』を決定しました。……場合によっては、実力行使を辞さないということです」
「……それは、私にも拘束の義務が課されるわけ?」
「いえいえ、情報提供だけで大丈夫ですよ。穏便に事が済みそうなら、接触してもらってもとやかく言えませんが」
紅葉は敢えて『拘束』とオブラート抜きの言葉を選んだが、病垂は全く動揺せず、即座に平易に回答した。しかし、
「でも、アンタは『仕留める』つもりなんでしょ」
ここには、病垂は何も言わない。二秒待って、紅葉がフードの中を覗き込もうとすると、病垂は顔を逸らす。更に三秒すると、「失礼」とだけ言って、病垂は手刀を虚空に繰り出した。曇天の、落ち葉が散乱する山が見える。
「……ここは、地上における、『矢祭山』という場所なんですよ。矢祭サンは、この場所から地上に出、活動を始めました。もしかすると、現役時代のように、ここにいるかもしれない……そう思ったんですがねえ」
病垂はゆっくり、丁寧に裂け目を閉じた。死神領域はまた、黒だけに戻る。
「…………もう、ここにいる必要はないですね」
長い沈黙を破ったのは病垂のほうだった。別れの挨拶もなく、ただ独りとぼとぼとその場を離れていく。
「…………」
深く、終わらぬ思案を押し付けられて、紅葉は目的地で地上に出る。
「……あーあ、遊び足りないのに」
視界は道路脇の、見晴らしのいい切り崩しの崖の上。だが今や、看板には既に灯が灯る時間、絶景の花畑を眺められそうにない。そも前方には、立ち塞がる最永篠。
「始めようよ。私と君の約束を果たす」
「なんかそう言うと共闘しそうな気が……」
軽口を叩きつつも、紅葉は体を山の奥へ。派手に戦う準備を行う。対する最永は動かず、されど紅葉を眼で追っていき、
「……そい」
ガァッツゥン。魔法に精通しなければ聞こえることのない、重く激しく圧のある音が鳴って、辺りには再び、車の排気音だけの空間になる。
死神は母になりたがっている 貝殻 鍵 @kaikey
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