第326話 モーデル帝国3、セロト2


 ソムネア軍を迎え撃つため、セロト軍10万が王都ハイネリアの南東に集結し陣を張っていた。その中には、セロトの誇る軍事アーティファクト、巨大な豹を思わせる『黒き稲妻』フルメンニグルムが四つの脚で立っている。表面は艶のある漆黒で、体高は肩まで1メートル50程度、体長は鼻先からしっぽまで6メートルといったところか。軍事アーティファクトとすれば、それほど大きくはない。硬質・・の軍事アーティファクトに対して、フルメンニグルムはその性質上勝ち目はないのだが、出し惜しみできる状況ではないため、セロトはフルメンニグルムを投入している。真っ向からソムネアのデクススコルプと当たることなく、後方の兵隊に対して攻撃を加えれば、最終的にはソムネアも侵攻を諦めるかも知れないとの考えである。


 ソムネア軍の進撃速度から言ってハイネリアに到達するのは1週間後。兵隊たちがデクススコルプに簡単に蹂躙されないよう、陣地内には俑道ようどうが縦横に掘られている。


 ダヤン将軍が討ち死にし、東部をソムネアになすすべなく奪われ続けている現状、セロトの兵士たちの士気は低いが戦わないわけにはいかない。現在兵隊たちは、俑道ようどうのさらに先に落とし穴を掘っている。



 その日の朝、南東の空にこれまでも何回か上った昼間の星がまた上ったと思えば、その星が近づいてきた。兵隊たちが作業の手を止め空を眺めていたら、その星は頭上を通り過ぎていった。星だと最初は思っていたが、近づいてくると星ではなく長細い何かだったがはっきりとは見分けられなかった。その物体はハイネリア上空でコースを変えてやがて東に飛び去って行った。



 兵隊たちが作業を再開してしばらくしたところで、今度は南東の空が真っ白になった。


 異変は5秒ほどで収まったが、兵隊たちが作業の手を止め騒ぎ始めた。将校や下士官たちは兵隊たちを落ち着かせようと陣地内を走り回っているが、彼ら自身何が起こったのかはわからないので不安である。しばらく前に上空を通り過ぎて行ったあの輝く物体と関連付けて考えるのが普通である。


 そうこうしていたら、あの光が、帰ってきた。前回よりも高度が低いようで、目のいい者にはその光は人型の何かであることが分かった。どう見ても、空を飛ぶ軍事アーティファクトである。状況から考え、ソムネアの第2のアーティファクトの可能性が高い。




 兵隊たちは穴掘り作業を投げ出して逃げ出し始めた。将校や下士官たちも例外ではないが、人型の光は陣地上空を通り越して、ハイネリアの市街上空に侵入していった。一度逃げ出して持ち場を離れた兵隊たちはその場に留まり、ハイネリアの方角を眺めるのだった。


 その中で、セロトのアーティファクト、フルメンニグルムは誰に指示されることもなく、じっと南東方向を向いていた。フルメンニグルムの役割は敵のアーティファクトと相対することではなく敵の兵隊を一人でも多く斃すことなので、フルメンニグルムに指示を与えるべきセロト軍司令官は、市街地へ救援にフルメンニグルムを向かわせることなく、あえて敵兵が現れるまでフルメンニグルムを温存する道を採っている。王都が蹂躙されればその時点で戦争は終了である上、ソムネア軍の位置情報からこの判断は間違いだった。しかし、もしもフルメンニグルムがデクスシエロに相対していれば、手もなく破壊されていたはずなので、結果的にこの判断のおかげでフルメンニグルムはこの時点で失われることはなくなった。



 キーンは予定通り低空でハイネリアに進入しそのままセロトの市街中央の王宮と思われる外壁に囲まれた一角に下り立った。


 キーンの下り立った場所は、宮殿と思われる建物の正面の広場で、広場にいた人はデクスシエロが接近して着地した時には一人もいなくなっていた。


「ここなら、兵隊たちを転移させるのにちょうどいい」


 キーンがモデナの駐屯地に残したパトロールミニオンに意識を向けると、兵隊たちが地面に腰を下ろしていたので、ボルタ中尉の足元に、『これから転移を開始する』と文字を書いた。


 その文字に気づいたボルタ中尉は、


「これより作戦開始する。全体整列し、転移に備えよ!」




 キーンは、準備の整った兵隊たちを64名ずつ駐屯地から目の前の宮殿前広場に転移させた。64名一単位といっても、一回の転移に1秒はかからない。1個中隊200名を3回の転移で可能のため、10個中隊2000名の転移も30秒もかからず終わってしまう。


 手はず通り転移の終わった第1中隊から第3中隊が順に宮殿内に突入していき第4から第10中隊は、ゲレード大佐とボルタ中尉を残し王宮を完全制圧するため散っていった。


 キーンは一度デクスシエロを降りて、ゲレード大佐たちにハイネリアに向かって行軍中のソムネアの軍事アーティファクトを破壊したことと、その結果ソムネア軍が散り散りに逃げ出したと事実だけかいつまんで・・・・・・説明した。



 説明を終えたキーンは、宮殿内外を警戒するため、もう一度デクスシエロに乗り込み、高度100メートルほどで、ゆっくりと王宮上空を旋回し始めた。



 王宮の警備をしていた王宮警備隊の兵士たちは、いきなり空から降ってきた巨人に驚き、宮殿内に急を報せる一方、物陰などに退避し様子を窺っていたが、間を置かず虚空から顔をギラギラ輝かせ薄黒い防具を身に着けた兵隊たちが宮殿正面に続々と現れるに及び混乱してしまい、組織的な抵抗どころか、その兵隊が近づいてきただけで武器を投げだし手を上げて降参してしまった。良い判断ではある。





 10分ほどそうやってキーンは王宮上空を旋回し警戒していたら、宮殿に突入した兵隊たちが正面広場に戻ってきた。兵隊たちは立派な衣服を身に着けた男女を50人ほど引き連れている。


 その50人中にセロトの王族がいるかどうか今のところ分からないが、ゲレード大佐が対応している。キーン自身は上空を旋回しながら警戒を続けているが、王都ハイネリア内に目だった動きはない。





 ゲレード大佐が確認したところ、宮殿内に突入した兵隊たちが捕らえた50人ほどの身なりの良い男女の中にセロト王リョショ1世がいたようだ。ゲレード大佐はリョショ1世に、目の前の兵隊たちはモーデル軍の精鋭であること。モーデルの軍事アーティファクト、デクスシエロでソムネアの軍事アーティファクトを破壊したこと。エルシン、ローエン、サルダナ、ギレン、メイファンがモーデルの傘下に入り、これまでの王はモーデルの諸侯となったこと。を順に告げた。


 リョショ世は、


「了解した。わが国がモーデルの傘下に入れば、その他の国と同じように扱ってもらえると考えてよいのだな」


「もちろんです」


「国が落ち着き次第、私がモーデルに赴き臣下の礼をとろう」


「そう言っていただきありがとうございます。

 わが軍はこのまま引きますので、どうぞ宮殿にお戻りください」


「それだけでよいのか?」


「もちろんです」


 ゲレード大佐がボルタ中尉に合図をしたところで、ボルタ中尉が大声で号令をかけた。


「全隊、宮殿正面に集合!」


 各所で復唱され、5分後には2000名誰一人かけることなく集合完了した。


「全隊、整列! 転移に備え!」


 上空から連隊各員が整列したところを確認したキーンは、順次兵隊たちをモデナの駐屯地に転移させていき、最後にデクスシエロも駐屯地に転移した。


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