第322話 エキシビション2、パーティー。


 各国の要人たちを前に、アービス連隊の5個中隊がエキシビションを行った。最後の第4、第5中隊による転移からの長槍攻撃のエキシビションが終わり、兵隊たちは訓練場の隅に整列した。


「最後にお見せしたのは『転移』です。今回は訓練場内で転移しましたが、どこでも転移可能です。そうですねー、王宮内の宮殿内部でも直接転移可能です。一言付け加えると、これまでいろいろ試したのですが、魔術障壁は転移の前では無力のようです」


 静まり返る観覧席の前でキーンはそのまま話を続けた。


「空の上で輝く昼間の星をご覧になった方も大勢いらっしゃると思いますが、次は、あの星の正体、わがモーデルの誇る軍事アーティファクト、デクスシエロを披露させていただきます」


 キーンの言葉が終わると同時にキーンの後ろに胸の楓の紋章を赤く輝かせたデクスシエロが現れた。デクスシエロの大剣、黒柱ブラックピラーは大穴に置いたままである。


 観覧席は相変わらず静まり返っている。


 いつものキーンなら、観客からの受けが悪いと思ってサービス精神を発揮するところだが、ここはシナリオ通りエキシビションを進めることにした。


「これから、デクスシエロに私が乗り込み、みなさんにいろいろお見せします」


 そういったキーンは心の中で『デクスシエロ、インペルム』と唱え、デクスシエロに乗り込んだ。


 デクスシエロの中から観客たちを眺めると全員デクスシエロを見上げている。


 そこでキーンは大穴の底に置いていた黒柱ブラックピラーを転移でデクスシエロの右手の前に転移させた。黒柱ブラックピラーが落っこちる前にデクスシエロはキーンの思い通りに黒柱ブラックピラーの握り手を掴みそのまま中段の構えをとった。


 デクスシエロの中からは外には声が届かないので、キーンは黙ったまま中段の構えからデクスシエロによる大剣の素振りを観客に披露した。


 巨大な剣身が視認できないほどの速さで振られた結果、ゴーっと腹に響く音と共に恐ろしいほどの風が巻き起こってしまった。その風を受けた要人たちの数人は椅子から転げ落ちた。キーンはそれに気づいたが、今さら仕方がないので素振り最後まで続けた。


 転げ落ちた要人の中にはエルシンの国王エイ6世とその末子ガイ・チャオもおり、ガイ・チャオは蒼い顔をしている。



 素振りを終えたキーンは黒柱ブラックピラーを地面に置き、キーンは飛翔のキーワード『ソウ』を唱えた。


「デクスシエロ、ソウ!」


 素手になったデクスシエロは6色の光の帯に包まれ、ゆっくり上昇を始め、そのうち一気に雲一つない青空に向かって舞い上がってき輝く星になってしまった。しばらく観客はその星を見上げていたのだが、その星が10秒間隔で何回か明滅した。


 実はキーンは上空にパトロールミニオンを1つ作り出し、今回セルフィナの戴冠式に参列した各国の王都、王宮の上空100メートルほどに転移で現れていたのだ。上空に現れたデクスシエロが10秒ほどで消えたので大騒ぎにならずに済んだが、このことはもちろん帰国後の要人たちに報告されるだろう。


 デクスシエロほしの点滅に何があったのか不審に思って見上げていた観客たちだが、そのデクスシエロがいきなり目の前に現れた。


 しかも、デクスシエロの前にはキーンがいつの間にか立っている。


「先ほど、上空からみなさんの国の王宮上空に10秒ほどお邪魔しました」と、キーン。


 キーンの言葉が観客たちの頭の中にゆっくりとしみ込んでいった。


 キーンの言葉を受けてそれまで黙って観客席の脇に立っていたメアリーが、要人たちに向かい、


「今回のエキジビションはこれで終了します。ありがとうございました。

 係の者がご案内しますので宮殿内のパーティー会場にお越しください。

 良い機会ですから、アービス連隊長に転移で宮殿玄関前まで運んでいただきましょう。

 アービス連隊長、お願いします」


 もちろん、宮殿玄関前にはパトロールミニオンが1個空中に浮かんでいるので、キーンはいつでも転移を発動できる。


「了解。

 転移するとそのままの姿勢で転移先に現れますので、みなさん立ち上がってください」


 要人たちが石の椅子から全員立ち上がったところで、


「それではいきまーす」


 総勢50人ほどの要人たちと、メアリー以下の官僚たちが一度に宮殿玄関前に転移した。周りを見回す者はいたが誰も言葉を発する者はいなかった。




 その要人たちは宮殿内の大広間に案内され、記念パーティーが始まった。大広間正面に設えられたステージに正装したセルフィナがノートン姉妹を引き連れて現れ、戴冠式への列席の礼を述べたところで、サルダナ国王ローデム2世がつかつかとステージに上がり、セルフィナの前にひざまずいた。


 サルダナを除く各国の要人たちは何事かと会話を止めてステージ上に注目した。


「セルフィナ聖王陛下。戴冠おめでとうございます。サルダナは永遠にモーデルの臣であります。その証に、サルダナを聖王陛下に献上いたします。どうぞお受け取り下さい」


「ローデム殿、サルダナをわがモーデルの版図に加えましょう。ローデム殿はモーデルの侯爵として引き続きサルダナの地を治め、ますますサルダナを発展させるように」


「はい。このローデム・ビブレ、お言葉通り励みます」


 セルフィナが頷いたところで、ローデム2世は立ち上がりステージから降りていった。


 その後すぐ、ローエンの宰相がステージに上がった。


「聖王陛下、わがローエンもローエンの地を聖王陛下に献上いたします。国王サンアレクよりの親書はこれに」


 親書を受け取ったセルフィナは一読し、


「確かに。サンアレク殿にモーデルの侯爵としてローエンを引き続き治めローエンを発展させるよう伝えよ」


「かしこまりました」


 ギレアの宰相、メイファンの宰相は各々自国の高官、貴族たちと何やら話し込み始めた。


 パーティー会場の隅で成り行きを見守っていたメアリーは、エルシンの国王を中心とした一団に注目しながら、


――エルシンは今回わざわざ国王自ら列席している。さあどう出る。




 メアリーがパーティー会場の隅からエルシン国王エイ6世に注目していると、エイ6世がゆっくりとセルフィナの立つステージに上った。そして、サルダナ国王と同じくセルフィナの前にひざまずき、


「エルシンのエイ・チャオです。わが国も聖王陛下にエルシンの地を献上いたします。また、占有しておりました南東ギレア、南メイファンを合わせて献上させていただきます」


「分かりました。南東ギレアはギレアに返し、南メイファンはメイファンに返しましょう。エイ殿もモーデルの侯爵として引き続きエルシンの地を治め、ますますエルシンを発展させるよう」


 この言葉にギレアとメイファンの要人たちがセルフィナに向かって頭を下げた。


 エイ6世の末子ガイ・チャオは父王の判断を是とすることしかできなかった。同時になぜ、父王が自分を随員に選んだのか理解した。


 パーティーはそれから1時間ほど続いたが、散会を待たず各国の要人たちは各々の宿に引き上げていった。



 パーティー後、メアリーは庁舎内の自室に戻り、今日のことと今後について考えた。


――全てうまくいった。


――ギレアとメイファンからの要人たちも国に帰れば必ず同じ動きをする。ソムネアについては最初から期待していなかったが、セロト、ダレン、ルクシオンがこちらの招待を無視したのは残念だ。まあ、クリスの婿殿の手間が増えるだけだがな。


――順に処置していくだけだ。現在係争が続いているのは、ソムネアとエルシンの国境地帯。エルシンが傘下に加わった以上、そこが最初だろうな。ここにソムネアが攻め入ってくるようならソムネア侵攻の口実になる。


――サルダナがモーデルの傘下に入ったわけだからアービス連隊は名実ともにモーデル軍と考えてもいいはずだ。その辺りははっきりさせずグレーのまま使ってしまえばこっちのもの。アービス殿のあの性格から言って、こちらから下手に出て依頼すればどうとでもなるだろう。そうだ、いっそのこと、アービス殿を今の将軍からモーデル軍大将に上げてやれ。あしたにでも、陛下にお話して許可をいただこう。その後は様子を見てアービス殿の出自を公表し、公爵にしてしまえば万全だ。


「フフフ、アハハハ」


 メアリーは一人自室で笑い声を立てていた。


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