第323話 セロト東部、ダヤン将軍。


 モーデルでセルフィナの戴冠式の2週間ほど前。


 セロトとソムネアの国境をなすナマル河において、ソムネア軍はセロトの国境部隊の不意を突いて渡河を敢行し渡河点に橋頭保を築いた後は3万の兵を残し、本隊5万がいっきに100キロほど先の城塞都市カークスまで進みそのまま囲んでしまった。


 現在もソムネア軍によるカークス包囲は続いている。


 カークス守備隊の数は4000ほど。いかに城塞で守られているとはいえ、10倍以上で囲まれている割に善戦しているともいえるが、ソムネア側は攻城兵器を欠いているらしく攻撃は緩慢で、そのことの方が城塞都市カークスが保たれている理由としては大きい。


 セロト側はカークスを解囲するためダヤン将軍を大将軍として10万の兵を送った。城を囲む5万に対して10万は十二分な兵力である。



 ダヤン将軍は、ソムネアの築いた橋頭保を先に破壊するか、カークス解囲を先にするか考えたが、5万の敵兵に対して10万の兵で一気にソムネア軍を蹴散らすことに決めて、カークスまで1日の位置まで軍を進めた。


 その時点でダヤンは、彼の左目にはまった『蒼き瞳』で明日の決戦について予見しようとしたが、『蒼き瞳』にはモヤがかかり、ダヤンに明日の未来を見せることはなかった。


『これは何かある。気を引き締めなくてはならない』




 翌日、カークス前面にあるなだらかな丘の上まで軍を進めたダヤンは目を疑った。前方のカークスの城塞周辺にソムネア軍は見えず、代わりに赤黒い異形の怪物が立っていた。体高は3メートルほど。怪物の左右には3本ずつ脚が伸び頭の部分と思われる前面に左右1本ずつのハサミを持った腕が見えた。尾と思われる部分がり上がり、その先端に大きなかぎ状のトゲが付いていた。よく見ると胴体の後方にもう一組足があり左右4本ずつ計8本あった。


『サソリ? ソムネアの軍事アーティファクトなのか?』


 ソムネアの軍事アーティファクトはこれまで戦場に姿を現していないため、セロトにもその情報はない。しかし、状況から考えて目の前の怪物はソムネアの軍事アーティファクトに間違いはない。軍事アーティファクト相手に兵隊がいくらいようが無意味であり、ただ蹂躙されるだけだ。


「各隊は部隊単位で速やかに撤退!」


 ダヤンは後方に向かって叫んだ。


 セロト軍の兵士たちが混乱しながらも後方に退避していく中、ダヤンは双剣『双竜破』

を抜き放ちソムネアの怪物に向かって丘を走り下りていった。そのダヤンは『双竜破』の力によってうっすらと6色に輝いている。


 もちろんダヤンとて、いかに『双竜破』がアーティファクトだと言っても、軍事アーティファクトに通用するとは思ってはいない。ここで自軍の逃走する時間を稼げれば十分と思っている。自分自身について言えば運が良ければ助かるかもしれないが、明日以降の予測を『蒼き瞳』は見せてくれない。これまでと違い、明日のことを考え左目に意識を集中しても真っ暗なだけだ。これまでモヤがかかり未来を予測できないことは何度もあったが、『蒼き瞳』を意識して未来を見ようとして真っ暗になることはなかった。


『この暗闇を明日の自分が目にするというのか? ということは、……』


 ここで、ダヤンは背中に冷たいものを感じたが、ソムネアの怪物に向かう足の速さは変わらない。



 なだらかな丘を両手に抜き身の剣を持ったダヤンが駆け下りてくるのを認めたサソリの怪物はゆっくりと体の向きをダヤンに向けた。地面は柔らかい畑地のため怪物の足はかなり深く地面に埋まっているため、大きく足を上げながらの方向転換だ。


 大げさに8本の足を上げ下げして怪物はダヤンに向かっていく。無駄な動きが多いように見えるが、巨体であるため実際の速度はかなりのものだ。


 ダヤンを目前にした怪物は立ち止まり、ハサミの付いた右腕を振り上げ振り下ろした。


 ダヤンは簡単にその振り下ろしをけたが、地面に叩きつけられたハサミによって土くれが四方に飛散し、ダヤンの鎧も土で汚れ、口の中にもわずかばかりの土が入ってしまった。


 唾と一緒に土を吐きだしたダヤンは、怪物の次の攻撃を予測して、脚に力を込めた。


 怪物が左腕を振り下ろしてきたところで、ダヤンはタイミングを取ってそのハサミの上に跳び乗り、振り下ろしたハサミを怪物が戻すタイミングで、怪物の頭部に跳び移った。


 頭部に跳び移ったダヤンは、双剣を怪物の額の同じ個所に何度も斬りつけたが、傷一つ付けることはできなかった。それでも同じ場所を斬りつけていたら、右手の剣が途中で折れてしまった。折れた剣を鞘に戻したところで、ダヤンに向かって怪物がしっぽのかぎ状のトゲを突き出してきた。


 トゲを躱しながら地面に跳び下りたダヤンは、怪物の横合いに回り込むことで攻撃を避けながら怪物の足、特に怪物の足の関節部だけを狙うことにした。


 だが、怪物は思った以上に脚を高く上げながら方向転換するのでいくらダヤンと言えども脚の関節への攻撃は容易ではなかった。


 それでも怪物の足止めにもなっているので、ダヤンは根気よく怪物の右手右手へと回り込み続けた。


 怪物は方向転換することを急にやめダヤンの取り付いた左側の4本の脚を不規則に上下してダヤンを踏み潰そうとしてきた。ある程度のリズムを持ってうまくかわしていたのだが、そこにすきがあった。


 半拍早く怪物の前足が踏み落とされた拍子に、脚の先端がダヤンの着る革鎧をざっくりと切り裂いてしまった。体に足先が届かなかったので傷にはならなかったが、ダヤンは引きずられるような形で体勢を崩してしまった。


『しまった!』


 ダヤンに向かって怪物が脚を踏みつけてきた。その一撃も何とか逃れたダヤンだが、さらに2本の脚がダヤンに迫ってきていた。


『ダメだ! どこにも逃げ場がない』


 ダヤンは左手に持った剣を両手で構えて怪物の脚の攻撃に備えた。初撃を剣でいなし、次の一撃を体で躱すつもりだ。


 一撃。うまく剣を滑らすことで何とか怪物の脚の攻撃をいなした。


 すぐに襲ってきた怪物の次の脚も先ほどの脚を軸に左手に回り込むことで躱すことができた。


 何とか2回の踏みつけから脱したものの、怪物はダヤンの立つ左側に右腕を回し、その先の閉じたハサミがダヤンに向けて突き出してきた。


『これまでか!』


 ダヤンはハサミの衝撃に耐えるため再度残った1本の剣を両手で構えた。


 しかし、怪物はハサミでダヤンを突き刺す代わりに、ハサミを広げて突き出し、ダヤンをハサミの中に捕らえてしまった。身動きの取れなくなったダヤンに対して容赦なくハサミは閉じられていく。ハサミが閉じ切る前に、ダヤンの頭部は怪物のかぎ状のトゲで貫かれた。ダヤンの血潮が飛び散り、ヘルメットが地面に落ちた。



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