第321話 戴冠式とエキシビション


 戴冠式当日。


 戴冠式は、聖王宮前のステージ上で行われた。ステージ脇には各国の要人用に貴賓席が設けられており、彼らが見守る中、典礼官がひざまずくセルフィナの頭にエルシンから返却された聖王冠を乗せ、祝詞のりとを述べて戴冠の儀は終了した。



 戴冠を終えたセルフィナは、ステージ前に引き出された天蓋を取り外した馬車に乗り込んだ。


 セルフィナの乗る馬車にはノートン姉妹が同乗しており、10列縦隊で500名ずつ馬車の前後を黒槍を肩に担いだアービス連隊の兵隊たちが護衛する形でモデナの中央通りを行進した。パレードに参加した1000名は当日キーンがヤーデルから転移でモデナに連れてきた兵隊たちで、モデナに駐留していた1000名はエキシビションのため訓練場で控えている。



 パレードの先頭は騎乗するゲレード中佐。そのすぐ後ろを進む100名の兵隊だけは長槍を構えながら行進している。彼らの構える長槍には青地に赤い五葉の楓の紋章が描かれた小旗が取り付けられている。


 大通り沿いには大勢の群衆が立ち並び、行進を眺めている。群衆の前には、1月に採用したモーデル軍の新人兵士たちが間隔を置いて立ち並び、群衆が大通りに飛び出してパレードを邪魔しないよう見守っている。


 セルフィナの乗る馬車が近づくと大通りの両脇から歓声が上がり、セルフィナは馬車の上から群衆に向かい軽く手を振と歓声が一段と大きくなる。


 キーンに率いられたモーデル解放軍が8カ月前にモデナに入城したころに比べモデナの街の様子はすっかり変わって活気に溢れている。



 パレードは順調に進み隊列はモデナの北門を出たところで折り返し、もう一度聖王宮に向かって行進していった。



 セルフィナのパレードが続く中、各国の要人たちはメアリーその他の高位の官僚たちに先導されて駐留地の訓練場に移動した。




 訓練場正面に観覧席が設けられ、要人たちは案内に従ってそこに腰を掛けた。彼らが腰かけた椅子はツルツルに磨かれた石でできているようだ。


 訓練場ではアービス連隊のうちモーデル軍としてモデナに駐留している第1中隊から第5中隊1000名が観客席前で整列していた。兵隊たちに隠れて観覧席からでは良くは見えないが、兵隊たちの先の地面の上には無数の円柱が立っていた。円柱は直径20センチ、高さ1メートル70センチ。キーンが訓練場の土を固めて作った物だ。それが横一列に200個、その列が10メートルおきに10列並んでいる。



 整列した兵隊たちは強化の光で顔を輝かせたうえ、完全武装で石突いしづきを地面につけた黒槍を左手で支え持っている。


 しつらえられた椅子に全員が腰を下ろしたところで、キーンは兵隊たちと同じように顔を輝かせ要人たちの前に出た。


「私の名まえは、キーン・アービス。ここには1000名しかいませんが、連隊長として2000名の兵隊を預かっています」


 キーン・アービスの名まえが出たところで、来賓たちがざわめいた。サルダナを除く各国の要人たちは、少し前に貴賓席に座って誰だろうと思っていた年若い軍人が実はあの・・キーン・アービスだったと初めて知ったようだ。


「ですので連隊長というのは他の国で言えば2千人長ということになります。

 まずは皆さんに連隊の訓練の成果をお見せします」


 キーンが後に控えるボルタ兵曹長に頷いて見せる。


モーデル軍・・・・・アービス連隊、気をー付け!」


 ここでも、来賓たちはざわめいた。


 1000名の兵隊たちが一度長槍を軽く上げて、地面にトンと石突を下ろした。


「全隊位置に付き、中隊ごとに1列縦隊。かかれ!」


 5個中隊1000名が駆足で、訓練場の中を移動して所定の位置についた。各中隊が1列横隊となり、5列横隊ができ上った。


「第1中隊、長槍構え!」


 1列横隊の第1中隊200名が長槍を構えた。


「長槍戦闘、前進。始め!」


 兵隊たちの向かう先には、円柱が立っている。


 第1中隊の兵隊たちが10メートルほど前進して立ち止まり、長槍を振り上げ、ブンッという風切り音を立てて一気に振り下ろした。


 ドンという鈍い音と共に200個の円柱が粉々になって砕け散った。


「兵隊たちが砕いている円柱ですが、私が土砂を固めて作った物で、みなさんが座っている椅子と同じものです」


 その説明であらためて要人たちは自分たちの座っているどう見ても石でできた椅子を触ってみた。


「大抵の敵は今兵隊たちの持っている長槍の一振りで斃すことができます」


 そうこうしているうちに、兵隊たちは一人当たり10個、合計2000個の円柱を壊し終わっていた。


「長槍戦闘、止め!」


 前進を続けていた第1中隊は、回れ右をして1列縦隊となって訓練場の奥の方に駆けて行った。


「壊した残骸が邪魔なので、片付けます」


 キーンのその言葉で砕かれた残骸が一カ所に集められてそれが巨大なサイコロになった。


 観客たちは無造作に柱を叩き壊していった兵隊たちに驚いていたのだが、今度は、訓練場に広く散らばった破片があっというまに集まってサイコロを形作ったことに声もでなくなったようだ。


 サイコロは一瞬目の前から消えて訓練場の隅に現れたのだが、消えたところしか観客は認識できていない。



 キーン・アービスは天才魔術師テンダロス・アービスを凌ぐ大天才だという噂だけは観覧席の各人は耳にしていたが、実際目にしたキーン・アービスは魔術を使ったそぶりも見せず大魔術をこともなげに披露していた。



「それでは、次は中隊魔術戦闘です。ファイヤーアローを中隊単位で放ちます」


 キーンの言葉でボルタ兵曹長が号令をかけた。


「第2中隊、魔術戦闘用意!

 前進。始め!」


 左肩に長槍を担いだ第2中隊200名が右腕を差し出して、まずファイヤーアローを発射した。そのまま200名は10メートルほど進み、そこで次のファイヤーアローを発射した。各人都合10発のファイアーアローを撃ったところで、


「魔術戦闘、止め!」の号令がかかった。


 第2中隊も回れ右して、第1中隊が整列する訓練場の隅まで移動していった。


 観客席からは話し声は消えていた。



「それでは、次いきます。

 その前に」


 石柱が訓練場にニョキニョキ現れた。前回と同じ感じに見えるので、おそらく200個×10個あるのだろう。


 観客たちは口を半分開けている。


 

「第3中隊、近接戦闘用意!」


 ボルタ兵曹長の号令で、第3中隊200名が長槍を担いだまま一斉に腰に下げていた短剣を鞘から抜き放った。


「前進、始め!」


 兵隊たちは前進し、石柱の上から3分の1あたりに短剣を水平に斬りつけて、一気に斬り飛ばしたことで200個の石柱の上の部分が地面に転がった。石柱の横を抜けて兵隊たちはその先の石柱を切り飛ばした。前進からの石柱きり飛ばしが都合10回続けられた。


 第3中隊も回れ右して、第1、第2中隊が整列する訓練場の隅まで移動していった。


 観客たちのうち、何人か自分の首のあたりをなででいる者がいた。


 今回の石柱もキーンによって片付けられ、整列した兵隊たちから100メートルほど離れた位置にこれまでの半分の間隔で石柱が作られた。石柱の数は400個。


「次は、兵隊たちによる最後のエキシビションとなります」


 最初の位置に残った第4、第5中隊に向かって、ボルタ兵曹長から号令がかかる。


「第5中隊、1歩右に移動」


 第5中隊200名が1歩右に移動することで、前に立つ第4中隊の兵隊たちの間を埋める位置に兵隊たちが立った。


「第4、第5中隊、構え!」


 2個中隊400名が長槍を構える。


「転移戦闘、転移に備え!」


 キーンが「転移!」と発声すると、2秒ほどで400名が石柱の手前に転移して、一斉に長槍を振り下ろした。


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