第320話 戴冠式前


 年が明けて、モーデル軍の募兵がモーデル各地で始まった。募集期間は2週間で、募集人員は2000名。彼らはモデナ郊外にある旧モーデル軍の駐屯地に入営し、サルダナの近衛兵団から派遣中の兵隊たちが教官となり訓練することになる。短いが3カ月ほどの訓練が終われば聖王宮を含めたモデナの警備と街道の警備を始める予定だ。


 募集は順調で1週間ほどで2000名の定員が埋まった。新人たちは月末に駐屯地に入営することになる。新人といっても、旧モーデル軍の軍人たちも700人ほど含まれていた。


 軍服や防具は駐屯地の倉庫に眠っていたものがあったためそれをまず利用することになったが、徽章を含め新規にモデナを中心にモーデル内各地に発注もしている。武器については旧軍の倉庫に訓練用の武器類だけはあったが、実戦用の武器類はなかったため、新たに発注している。これについては、モーデル国内での短期間での全量調達は無理なので、サルダナを中心に発注している。いずれも戴冠式が予定されている3月末までには揃えることができるようだ。


 これまで何度か雨が降った関係で、キーンの作ったため池の水量は十分。貯水池の方は3割がた水が貯まっており、春の植え付け時には水路に水を流せそうだった。モーデルの地は小麦の栽培に適さないと言われていたので、4月に入れば、試験的に小麦を春に蒔いてみることにしている。


 開墾は今年の春の作付け状況を見て考える予定にしている。もちろん、ここでもキーンが当てにされている。




 セルフィナの戴冠式のため、昨年11月にモーデルから各国に招待状が送られており、その返事が年明け後順次モデナに戻ってきている。


 ギレア、メイファン、ローエンについては宰相クラスが列席するとの返事があった。サルダナからは当初マウリッツ宰相が列席するとの返事があったが、急遽国王ローデム2世が列席すると知らせが入った。エルシンからは国王エイ6世が列席し、随員の一人として末子のガイ王子が随行するとのことだった。


 セロト、ダレン、ルクシオン、ソムネアからは招待状に返事はない。残るローム、ブレストについては既にソムネアにより滅ぼされていたため招待状は送られていない。


 

 セロト、ダレン、ルクシオン、ソムネアの4カ国からの返事がないまま3月に入った。列席する各国要人の宿の準備も終わり、要人を護衛してモーデルを訪れる兵士たちのための宿舎も用意できている。




 戴冠式の一週間前になりサルダナの大通りには旗竿がずらりと立てられ、旗が取り付けられていった。紺地の旗は縦長で、描かれる紋章は五葉のかえでである。


 そのころから各国の要人たちがぼつぼつモデナ入りしており、それぞれメアリーが出迎えている。各国ともそれ相応の祝いの品を持参しており、目録と共にモーデル側の担当者に引き渡している。


 戴冠式の3日前までには予定されていた各国の要人たちは全てモデナ入りしており、戴冠式の2日前に宮殿でパーティーが開かれた。パーティーの趣旨は各国要人の懇親であるため、サルダナ国王とエルシン国王はそのパーティーには訪れていない。主催者であるセルフィナもノートン姉妹を連れて会場正面に設えられたステージに登り、一度軽く片手をあげて会場を見渡しただけでパーティー会場からの拍手の中、早々に引き上げている。



 アービス連隊からは、キーンとゲレード中佐がパーティーに出席した。ゲレード中佐は駐屯地のことは5人の中隊長たちに任せて、キーンの転移でヤーデルの駐屯地からやってきている。


 軍服の礼装を着たキーンとゲレード中佐はパーティー会場に入ると、既にパーティーは始まっていたようで楽団が曲を演奏していた。各国の要人たちはところどころで固まって会話をしている。侍女たちがその間を縫って酒類や料理を要人たちに勧めている。


 キーンもゲレード中佐も各国の要人たちに対して顔を売らなければならないわけでもないので、二人は会場の隅の方に立って、テーブルの上に並べられていた料理をつまみながら話をしていた。



「侍女もそうですが、よく楽団が集まりましたな」と、ゲレード中佐。


「メアリー宰相代行が、なんとか集めたようですよ。侍女の人たちは以前この宮殿に勤めていた人たちだそうで、ほとんどがモーデルの貴族や高官の関係者らしいです。その貴族や高官たちはほとんどいなくなっていると聞きました。

 楽団員については、全体での練習は一カ月ほどだったそうですがうまいものですね」


「国が破れるといろいろな形で不幸が広がります。連隊長とデクスシエロのいるモーデルではこれからそんなことが起こらないでしょう。

 それはそうと、連隊長。兵隊たちの訓練に音楽を取り入れてもいいかもしれませんね。音楽となると大げさになるので、ドラムとか」


「今回の出し物エキシビションには間に合わないけれど、それも良さそうですね。ドラムに合わせて一歩一歩確実に前進する無敵の兵士たち。うーん。カッコいー!」


「戴冠式のあとのエキシビションはどうですか?」


「いちおう練習もしているし準備はできているので大丈夫でしょう。うちの兵隊たちは少なくともあの狂戦士並ですから、そんなのが自分の宮殿で暴れ回ることを想像したら、各国の要人たちも恐怖するんでしょうね」


「サルダナの要人たちも、アービス連隊の訓練や実戦を近くで見た人はいないでしょうから、怖がると思いますよ」


「大いに怖がってもらいましょう。ハハハハ」


「明後日の戴冠式では、連隊長は貴賓席でしたよね」


「そうそう。見知らぬ偉い人たちの間に入るのはちょっと嫌だけど。

 兵隊たちの方はよろしくお願いします」


「ボルタ兵曹長がいるし、問題ないでしょう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る