第319話 親娘(おやこ)の会談


 キーンとクリスがデクスシエロに乗り込んでモーデルの空の上に上がっているあいだに、メアリーはサルダナの財務卿でもある父、ネヴィル・ソーンにモーデルの状況を話していた。すでに詳しい状況はマウリッツ宰相に手紙で報告しているので、ソーン侯爵も大まかなことは把握している。手紙そのものは1カ月近く遅れて到着しているので、主にここ1カ月の近況についてメアリーが説明を行った。


「……、といった状況です。

 結論として、アービス伯爵のおかげでモーデルで考えていた工事はほとんど終わってしまいました」


「クリスの選んだ婿殿は想像以上だったな」


「それで、アービス伯爵は最強と言われるモーデルのアーティファクト、デクスシエロを操れることは父上もご存じでしょう?」


「聞いている。ここセントラムで昼間の星が昇るところを何度も見ている」


「で、そのデクスシエロですが、モデナの古老たちに聞き取り調査を行ったところ、都市はおろか国そのものも焼き尽くすことができるという言い伝えがありました」


「メアリー、いくら最強のアーティファクトといってもそんなことはできまい」


「いえそれが、……」


 メアリーはエルシンからの使者の話を詳しく父親に話した。


「うーん。確かに、エルシンがモーデルに対して下手したてに出た理由とすればありうるな」


「アービス伯爵にそのことを尋ねたところ、自分では今のところ分からないが、デクスシエロの機能でまだ試してないものが一つあると言っていました」


「その機能というのがそれなのか?」


「おそらくは。

 デクスシエロはそういった意味も含めて最強なのでしょうが、さらにアービス伯爵のことで父上にお話しておくことがあります」


「そういえば、お前がいきなり帰ってきたということは例の『転移』でキーンくんに送ってもらったのだろ?」


「その通りです。明朝、アービス伯爵に迎えに来ていただきモデナに帰る予定です」


「分かった。もう少しゆっくりしていけ、とも言えないしな」


「それなりに忙しいもので、申し訳ありません。

 アービス伯爵の話の前に、デクスシエロについてもう一点ありました。

 デクスシエロは上空からロドネアの全土を望むことができるんですが、上空から見える場所であれば転移できます。どこの国でも構わないし、どんな場所でも転移で現れることができます」


「ということは、いきなり敵の本営を突くことができるということか?」


「そういうことになります」


「……」


「アービス伯爵に話を戻しますと、今回は私一人を転移で運んでくれましたが、多数の兵隊を敵の王宮だろうが宮殿だろうが好きなところに転移で送り込むことができるそうです。送り込む兵隊は当然アービス伯爵が鍛えたあの黒槍の兵隊たちです」


「なんと。

 ということは戦となれば、敵国の王族全てを初戦で捕らえることができるということか。それでは戦も何もないではないか」


「そういうことになります。キーン・アービスとデクスシエロの前では国境など意味をなしません。先ほどの敵国を焼き尽くす話が本当であれ嘘であれ関係ありません」


「わかった。

 それで、メアリーは私に何をさせたいのだ? 報告だけのためにわざわざ帰ってきたわけではないのだろ?」


「さすがは父上。

 セルフィナ陛下の戴冠式を年が明けて3月の末に行うことは父上もご存じと思います」


「そうだったな。サルダナからはマウリッツ宰相が列席することになっていたと思うが」


「はい。それで聖王殿下の戴冠式のあと、アービス伯爵が各国の来賓の前で私が今言ったことを実演してみせます」


「……。それで?」


「サルダナは率先して国土をモーデルに献上してはいかがでしょうか? ローデム2世へいかにはモーデルの諸侯となっていただき、名称は公国となりますが引き続きサルダナを治めていただきます」


「……」


「サルダナが率先して国土を献上すれば、他国も追随しやすくなるでしょう。追随しなければアービス伯爵の実演が自国の王宮なり宮殿で繰り広げられるわけですから」


「断れば、このサルダナも例外ではないということだな」


「はい」


「メアリー。お前は、自分からモーデルにいきたいと言ってモーデルに赴いたわけだが、モーデルにいく前からそういった考えを持っていたのか?」


「いえ、最初は父上の跡を継ぐ前に実務を通していくばくかのはくを付けようと思っただけでした。今の考えは、アービス伯爵の副官ともいえる方から教えてもらったものです」


「なるほど。モーデルの下でのロドネアの統一ということか。

 サルダナの一貴族としては複雑な気持ちもあるが、マウリッツ宰相には私から伝えておこう。陛下のお心次第ではあるが、英邁えいまいな陛下のことだ、了承なさるだろう」


「ありがとうございます」


「しかし不思議なものだな」


「はい?」


「クリスが魔術大の付属校でキーン・アービスと出会っていなければ、そしてクリスが今の聖王陛下に出会っていなければ、聖王陛下も国に戻ることはなかったはずだ」


「そうですね。

 もちろん、キーン・アービスを中心に世の中は動いていったのでしょうが、ソーン家とはなんのつながりもなかったでしょう」


「そうだな。そういえば、お前は子どもの時から歴史に名を残すと言っていたが、夢は叶いそうだな」


「このまま順調にいけば、叶いそうです」


「モーデルが軌道に乗れば私もお前に家督かとくを譲らなくてはならんな」


「よしてください。父上にはもう少し働いていただかなくては」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る