第318話 キーン、クリスと天(そら)に昇る。


 メアリーにいつでもセントラムに送ると約束したキーンは、12月の下旬に彼女の頼みで、彼女をセントラムのソーン邸に送ることになった。



 キーンは自宅に置いていたパトロールミニオンをあらかじめソーン邸の門前に送り、メアリーともども転移して門前に現れた。


 最近はメアリーもキーンのデタラメさに慣れてしまっていたので、今回の転移についてもそれほど驚かなかったが、確かに転移は便利だと実感した。


 ちょうどソーン邸の門は開いていたので、そのまま本館の玄関前まで二人で歩いていった。


「アービス伯爵、お茶でも飲んでいってください。大学は年末年始の休暇に入っているはずなので、クリスはうちにいると思います」


 メアリーが玄関のドアノッカーを数回叩いたところで、玄関の扉が開かれ、中から侍女が現れた。


「メアリーさま、お帰りでしたか。

 こちらは、アービスさま」


「私はこれから父上に話があるのだが、父上はいらっしゃるかい?」


「旦那さまはお部屋にいらっしゃると思います」


「わかった。クリスは?」


「クリスお嬢さまもお部屋にいらっしゃいます」


「アービス閣下を応接室に案内して、クリスを応接室に呼んでくれ。私はお父さまの部屋に行くから。

 アービス閣下、ありがとうございました」


「メアリーさん、帰りはいつ迎えにきたらいいですか?」


「明日の朝にでも」


「何時ごろ?」


「9時では早いですか?」


「構いません。それじゃあ明日の9時に」


「お願いします」と、メアリーはキーンに頭を下げて屋敷の中に歩いていった。



「それではアービスさま、こちらでございます」


 キーンは侍女に案内されて応接室に通されしばらくソファーに座っていたら、クリスがやってきた。


「やあ、クリス。手紙は書いてるけど顔を合わせるのは久しぶりだね」


「キーン、ビックリするじゃない。姉さんも帰ってきてるそうだけど、キーンが『転移』で姉さんを送ってくれたってことよね」


「メアリーさんに頼まれてね」


「セントラムとモデナじゃ普通なら行き来に1カ月はかかるでしょうに、転移ってほんとにすごいのね。いいなー。私も使えないかな?」


「セルフィナさんに教えたんだけど、セルフィナさんはまだ転移が使えないんだ」


「ねえ、キーン。ちなみにどんな教え方をセルフィナにしたのか、わたしに教えてくれる?」


「『体の中に巡る魔力を意識しながら、自分が転移する先に立っている姿をイメージして、きっかけになる言葉『転移』って口にすれば転移できる』って教えたんだけど」


「やっぱり。

 セルフィナができないならわたしにできるはずないから転移はいいわ」


「やっぱりって、どうしてクリスは分かってたの?」


「まあ、なんとなく」


「不思議だなー」


 首をかしげるキーンだった。




「メアリー姉さんはお父さまと話をしてるみたいだけど、何の話なのかな?」


「モーデルの現状説明じゃないかな」


「それはそうか。姉さん、官僚団のトップでモーデルにいったんだものね」


「メアリーさん、今は宰相代行って肩書なんだ」


「メアリー姉さん、そんなに偉いの?」


「最初は、モーデル内の名族から宰相なんかを選ぶつもりだったそうなんだけど、セルフィナさんが小国モーデルの名族よりサルダナの侯爵位のほうが意味があると言って、メアリーさんに宰相就任を頼んだんだ。それで、メアリーさんは宰相は大げさすぎると言って宰相代行を名乗ってる。名まえは代行が付いているけど、実質モーデルの宰相だね」


「メアリー姉さん、すごいんだ。そういえば、キーンも将軍閣下だものね」


「そうなんだよ。えへへ」


 クリスは将軍閣下と言われて嬉しそうなキーンの顔を見て、


「ねえ、アービス将軍」


「なにかな?」


「わたしもモデナに一度いってみたいわ。軍務中で無理ならいいんだけど、連れてってくれればうれしいわ」


「軍務中は軍務中だけど、問題ないよ。なにせクリスはソーン宰相代行の妹だし。僕は今のところサルダナから出向しているとはいえモーデル軍の将軍だし」


 軍務中勝手なことをすることに対して、将軍の肩書に何の意味があるのかクリスにはいまひとつ分からなかったが、そこは尋ねず、


「モデナに行く前に、何か用意する物ってある?」


「泊りがけじゃなくって半日くらいだったら、何もいらないと思うよ。モデナの街で食事するとしてもお金は僕が持ってるし」


「それじゃあ、靴だけ外歩き用の靴に履き替えてくるからここで待ってて。ここからでも転移できるわよね?」


「うん。どこからでも」


「そういえば、キーンの魔術は見えていないとこには発動できなかったわよね。どうやってモデナからセントラムまで跳んでこれたの? 転移は他の魔術と違って見えていなくてもいいのかしら?」


「見えているところしか発動できないのは他の魔術と同じなんだ。だから、転移で跳んでいきたいところにあらかじめパトロールミニオンを飛ばしておくんだよ。パトロールミニオンの目で見えるところなら魔術を発動できるところは転移でも同じ。跳ぶ前に元の場所にパトロールミニオンを忘れずに残しておかないと戻るのが大変になるけどね」


「そうなんだ。でも凄いわ。キーンの場合パトロールミニオンを何個も作ることができるんですもの」


「今はセントラムの自宅うちとヤーレムの駐屯地、それにモデナの駐留地にパトロールミニオンを置いてるんだ。あとデクスシエロを置いてる場所にもね」


「デクスシエロのことも手紙に書いてあったけど、モデナにいったら乗せてもらえないかな?」


「別に構わないよ。僕も時間があればデクスシエロに乗ってるし。あれって飛んでるときはすごく光って目立つから普段はあまり高くまで登らないようにしてるけど、クリスにもロドネア全体を見せてあげたいから、一番高くまで上ってあげるよ」


「ありがとう、キーン。

 じゃあ、靴を履き替えてくる」



 5分ほどでショートブーツに履き替えたクリスが戻ってきたので、


「屋敷の人にことわってきた?」


「キーンと一緒に2、3時間外に出てくるからって言ってきたから大丈夫」


「最初からデクスシエロのところに転移で跳ぶね。その前に、パトロールミニオンを置いておくけど、クリスはこの部屋に帰ってくればいいのかな?」


「この部屋はもう誰も使わないでしょうから、ここにパトロールミニオンを置いてて大丈夫よ」


「それじゃ、いくよ」


「いいわ」


「転移!」




「転移って、一瞬で目の前のものが全部変わってしまうんだ。当たり前かもしれないけれどすごいわ。

 デクスシエロ、大きい。それにここ本当に大穴の底なんだわ。青空があんなに上に見える」


「先に僕がデクスシエロの中に入って、そこからクリスを呼ぶから」


「ここに立ってればいいの?」


「うん。

 デクスシエロ、インペルム」


 キーンがデクスシエロの中に入って、それからクリスを転移で中に入れた。


「ちょっと狭いけど我慢がまんして。この中にいればデクスシエロが動き回っても揺れないから」


「すごいわ。ってばかり言ってるけど、ほんとうにすごいわ」


「それじゃあ、これから空に上ります。

 デクスシエロ、ソウ!」


 大穴の壁の石組みが下に流れていき、その流れが目で追えなくなったらいきなり大穴が途切れデクスシエロは聖王宮の宮殿の中庭に飛び出していた。それからしばらく上昇したところでデクスシエロはいったん上昇をやめ停止した。


「真下が聖王宮で下に広がるのがモデナの街」


「すごい」


「それじゃあ、上れるところまで上がるね」


 小部屋の壁に映る景色が下に流れ、どんどん視界が広がっていった。


「クリス、右手の方にセントラムが見えてくるから。ちょっと大きく壁に映してっと。

 見えてきた」


「へー、あれがセントラム。空の上から見るとあんな形だったんだ。大まかな形は地図で見たのと似てるような気はするけれど、全然雰囲気が違う。真中に見えるのは王宮?」


「そう。えーと、クリスの家は、

 ほら、クリスの家はきっとあのお屋敷だよ」


「ほんとうだ。すごーい」


「それで、こっちがバーロム」


「おう」


「それで、これが僕のバーロムのうち」


「へー、ここだったんだ。ふーん。裏庭の先が小さな湖だなんて素敵だわ」


「えへへ。じゃあ、上昇再開しまーす」


「はーい」



 デクスシエロが限界まで上りそこで停止した。クリスがロドネア全土を見渡して、


「地面って曲がってたんだ。空の上は昼間なのに夜だったなんて不思議」


「僕も最初は驚いたけれど慣れればそんなものなのかなって」


「いいなー」


「そのうち、セルフィナさんと海の向こうに何があるのか調べてみようって話になったんだ。3人だとここはちょっと狭いけどクリスも一緒にどうだい?」


「いく。一緒に行くわ。わたしとキーンは婚約者同士だし、セルフィナはキーンの妹だし少しくらい狭くてくっつきあっても問題ないわよ」


 ……。


「ねえ、キーン。そういえばわたしたちキスもしたことなかったんじゃない?」


「そうだっけ?」


「もう、キーンたら。

 ねえ、キーン、キスしてみたくない?」


「そういったものは、結婚してからするものじゃないのかな」


「キーンのよく読んでた冒険小説だとどうだったの?」


「やたらとキスしてた」


 ここでキーンは顔を赤らめ、


「それ以上のことも」


「でしょ。

 じゃあ」


「いいのかな?」


「いいに決まってるわ。でも、こういうものって男の人から言い出すものじゃないの?」


「そうだったかも。

 それじゃあ、キスするね」


「うん」


 クリスがキーンに向かってアゴを少し上げ、目を閉じた。


 ……。






[あとがき]

少し長くなったので、尻尾のあたり割愛しました。ダハハ。









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