第317話 工事2


「ありがとうございました」


 ため池づくり作業が終わり、王宮前に着地したデクスシエロから降りたところでメアリー・ソーンがキーンに礼を言った。


「大したことじゃないですから。

 作業してて思ったんですけど」


「なんですか?」


「モーデルには小さな川しかないけれど、小さな川でもせき止めたらかなり大量の水を貯めることができそうだなって」


「そうですね。それができれば。っていうか、アービス将軍はそれができちゃう?」


「特に問題なくできます。規模にもよるけど、だいたいの川は山と山の間の谷を走っているから、谷を塞いで山と山を繋げるように、クジー要塞みたいな感じで作って30分もかからないかな」


 メアリーはキーンの言う『クジー要塞みたいな感じ』は理解できなかったが、多分相当大掛かりなものなのだろうと想像できた。さきほどまでキーンの魔術さぎょうを見ていたメアリーは、いくら大掛かりな工事でもキーンにかかれば確かに簡単なのだろうと思ってしまっている。


「わかりました。川をせき止めることができそうな場所を探して図面を書いてみます」


「できたら教えて下さい」


「はい。その時はよろしくお願いします。

 先程の工事で溝が簡単にできていましたが、本格的な水路工事もお願いしていいですか?」


「もちろんいいですよ。穴を掘ったり、土砂を固めて石のようにするのは簡単ですから、そういった仕事なら水路に限らず他の仕事でも大丈夫です」


「わかりました」



 キーンは、サルダナの軍本営から、当分の間、1000名の兵隊たちとともにモーデル軍として当地に駐留しておくようにと指示されているだけで、それ以外の具体的な指示は何も受けていない。兵隊たちはいつものように訓練を続けているが、部隊運営に関する細々した仕事は、ボルタ兵曹長とメアリーの官僚団とでこなしてくれているので書類仕事も殆どない。ヤーレムの駐屯地はゲレード中佐に任せているのでこちらも問題ない。要は暇なのである。メアリーから仕事の依頼があれば暇が潰れるし、魔術が役立つようでキーンはそれなりに楽しんでいた。



 それから、一カ月あまり、キーンはメアリーの案内と指示で、川をせき止め大型の貯水池を作り、用水路を整備していった。せき止めてしまって下流が干上がってしまうと困るので、せきの下部には放流口があり常時下流に放流している。ある程度水が溜まってくると次の放流口から水路に水が流れるようになっている。そういったものなので、大雨でも降らない限りなかなか貯水池に水は貯まらない。


 ついでということで、北部ギレアとの国境の峠と南東ギレアとの国境の峠を削って坂道の傾斜を緩やかにしてしまった。これについてはギレアの承諾は得ていない。作業は通行の妨げにならないように夜間に行っている。


「ギレアに黙って勝手に山を削ってもいいんでしょうか?」とのキーンの問いに、


「ギレアも恩恵を受けるわけですから、やっちゃいましょう」と、メアリーは答えている。


 その言葉で、キーンは街道の両側の山の斜面が崩れないように、斜面を何段かのベンチ状に切り崩した上にさらに固め、街道そのものを掘り下げてしまった。


 さらに、そこで出た土砂と岩石を使って、モーデル側の街道を均していき、傾斜をほぼ一定にしてしまった。これで荷馬車の負担はかなり軽減されるはずである。


 勝手に他所よその国の国土を切り開いてしまったわけだが、工事の異常な手際の良さから犯人の目星はついたとしても、いずれモーデル帝国が成立すれば有耶無耶うやむやにできるとメアリーは思っていた。



 12月に入り、キーンはモーデル各所の町や村に井戸を掘っていった。まず、前日に地下水位を調べるため直径10センチほどで深さ30メートルほどの穴を掘り、翌日、水がどの辺りまで貯まっているのか確認し、水面から3メートルほど深く直径2メートルほどの穴を掘って井戸にした。井戸の底と壁は、いつものように固めており、井戸の壁には水孔を数カ所空けている。


 キーンの魔術工事にはたいていメアリーが同行していたが、メアリーも結構楽しんでいた。言い方を変えれば、メアリーにもかなり余裕が生まれてきたようだ。


「アービス将軍。うわさでは将軍は好きなときにセントラムといききできるとか」


「セントラムの自宅とヤーレムの駐屯地にはいつでも転移できます」


「来月には年が明けますが、年末年始、将軍はお休みをお取りですか?」


「特に予定はないし、モデナに来ているみんなもほとんど休みがないから休まないつもりです」


「そうでしたか」


「なにかありますか。そうか、ソーンさんがセントラムに用事があるのならお連れしますよ。簡単なことだし」


「すみません。今のところ帰る予定はありませんが、必要な時はよろしくお願いします」


 キーンはメアリーにいつでもセントラムに送ると約束した。




 こちらはエルシンの都、エルシオン。


 エルシンの国王エイ6世の末子ガイは、デクスシエロによって破壊されたデクスリオンから抜け出して1週間かけてなんとかエルシンが治める南東ギレアの中心都市までたどり着き、そこで無事に保護してもらえた。そこから馬車を出してもらい2週間ほどかけてエルシンの都エルシオンにたどり着いた。


 宮殿でガイを出迎えた父親のエイ6世は、


「デクスシエロはデクスリオンでは歯が立つようなものではないと、儂がお前に何も話していなかったからな。お前の行動を、モーデルがどうとるかは気にはなるが、今さらどうしようもない。そんなことはないと思うが、先方が首謀者の首を求めてくれば渡さざるを得ないだろう。なにせ国の命運がかかっておるのだからな」


 もちろんガイには返す言葉はないので、背筋に冷たい汗をかきながらも黙って下を向いて父王の話を聞いていた。


「敵対行動ではあるが、簡単に撃破されてしまったというし、デクスシエロに乗っていたのはあのキーン・アービスだ。キーン・アービスの名前くらいお前も知っておろう?」


「存じています。サルダナの稀代の大魔術師。何度か戦いでわが軍が煮え湯を飲まされた」


「そう。そのキーン・アービスだ。キーン・アービスについて情報を集めてみたが、人が良すぎるきらいがある。そういうことだから、それほど大ごとにはなるまい。不幸中の幸いだったな」


「……」


「ところで、ガイよ。

 わが国は、ソムネアの軍事アーティファクト、デクススコルプに唯一対抗できる軍事アーティファクトを失ったわけだが、ソムネアはどう動くと思う?」


「まさか、そのデクススコルプというアーティファクトで国境をおかしてくる?」


「その可能性もある。デクスリオンをわが国が失ったことをソムネアが知れば、デクススコルプを掣肘せいちゅうするものが無くなり、自由に動かせるようになるわけだからな。国境を守っておる二人の黄金の獅子と言えども、デクススコルプを止めることは難しい」


 そこまで父王の話を聞いたガイの顔が青ざめた。


「だが、運の良いことに、この9月にローエンがセロトの西部を切り取りとったそうだ。ソムネアの軍事アーティファクトが現れる可能性は予備兵力を減じたセロトのほうが大きい。来春行われるモーデルでの聖王の戴冠式には儂も列するつもりだが、そのとき儂はわが国のソムネアとの国境地帯をモーデルに献上しようと思う。さすれば、いかにソムネアでもモーデル領を攻めはしないだろう。逆に攻めてもらった方が面白くはあるがな」


「……」


「そういうことだ。家臣の失敗は儂の責任だ。それが王の役割だからな。もちろん息子の失敗も儂の責任だ。これは父親の役割だ。とはいえお前は当分の間謹慎しておれ」


「父上、申し訳ありませんでした」


 ガイは父親に対して頭を下げるほかなかった。

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