第316話 工事


 メアリーがキーンにため池作りを依頼して王宮に帰っていった後、キーンはゲレード中佐をヤーレムの駐屯地に送り返した。


 そのころにはセントラムに送ったパトロールミニオンも自宅に到着したようだったので、アイヴィーの待つ自宅に跳んでいくことにした。


 兵隊たちの訓練を見ていたボルタ兵曹長に、


「1時間ほど、セントラムの様子を見てくるので後はよろしくお願いします」


「はっ! お気をつけて」


 ボルタ兵曹長はキーンの言葉は耳に入ってきたものの、内容を理解できないまま、反射的に受け答えしたのだが、そのうちキーンの言葉を理解してビックリした時にはキーンの姿はなかった。


「いま、連隊長殿はセントラムの様子を見にいくと言ってたようだがまさかな。この辺りでセントラムっぽい地名ってあったかな?」


 などと首をひねった。




 一方こちらはキーン。


「アイヴィー、ただいま」


「手紙には驚きましたが、本当に簡単に帰ってこられるのですね。今お茶の用意をしますから居間で寛いでいてください」


「はーい」



 居間のソファーに腰を下ろして、キーンは今朝ゲレード中佐の話していたことを思い出していた。


――モーデル帝国か。確かにゲレード中佐の言うとおり、僕がその気になれば、どこの国の王宮だろうが簡単に兵隊を送り込める。しかも送り込むのは20倍強化した兵隊たちだ。


――そのことをセルフィナさんの戴冠式で各国の要人たちにわからせることができれば、モーデルと仲良くすることを選ぶはず。


――僕自身はサルダナの軍人かもしれないけれど、サルダナとしてロドネアをまとめるより権威あるモーデルとしてまとめる方が各国も受け入れやすいのは確かだものね。だれにも止められないし。だったら、やるしかない。


 世界を変えるようなことをキーンが考えていたわけだが、アイヴィーがお茶の用意をして居間に帰ってきたので、そこからは、アイヴィーとジェーンの話などをして過ごした。


「アイヴィー、それじゃあそろそろ帰るよ。パトロールミニオンが玄関前だと他の人が見てびっくりするだろうから居間に置いておくから」


「分かりました。それじゃあキーン行ってらっしゃい」


 キーンはその場で転移を発動させて、モデナの訓練場に戻っていた。


「自分で言うのもおかしいけど、やっぱり転移はスゴい!」




 メアリーがキーンにため池作りを依頼して一週間が過ぎ、簡単ではあるが図面が完成した。


 宰相代行のメアリーは通常なら相手を呼びつけることも可能だが、キーンは妹の婚約者とは言え伯爵である。しかもこのモーデルが落ち着けば、聖王の異母兄のキーンはモーデルの公爵になるだろう。実力を考えれば言わずもがな。肩書だけでも次期侯爵に過ぎないメアリーとは雲泥の差があるのだ。


 さっそくメアリーはキーンのいるはずの駐留地に部下を連れてやってきた。最近のキーンはここモデナの駐留地とヤーレムの駐留地を1日交代でいききしており、この日は運よくキーンがモデナにいる日だったようだ。



 ボルタ兵曹長と兵隊たちの訓練を眺めていたキーンは、訓練場に入ってきたメアリーたちを見つけて迎えにいった。


「おはようございます」


「おはようございます。ため池の図面ができましたのでお持ちしました」


「そうですか。図面を見ながら作りますが、どなたか付いてきて簡単に指示してくれれば作業が楽なんですが」


 メアリーは連れてきた部下たちに職場に帰っているよう指示して、


「それでしたら、私がご一緒しましょう」


「それでは、これから始めましょう。

 ボルタ兵曹長、後はよろしく」


 横に控えていたボルタ兵曹長が「はい!」と、元気よく返事をした。


 キーンのことなのですぐに作業を始めるのだろうと予想していたのかメアリーはさほど驚かなかったが、気付けばキーンの後ろにあのデクスシエロが立っていた。これにはメアリーも驚いてしまった。


「ソーン宰相代行、一緒にデクスシエロに乗って場所を教えてください。デクスシエロに乗って中から作業しちゃいますから」


「わ、分かりました」


 分かりましたと反射的に返事をしたメアリーだが、ほとんど何も分かっていなかった。


 メアリーが返事をしたときにはキーンの姿が消えており、気付けばメアリーも周囲を見渡すことのできる小部屋の中にいた。視点の高さから言ってデクスシエロの中から外を眺めているようだ。


「それじゃあ、飛びます」


 メアリーの思考が追いつかないまま、視界が下に流れたかと思ったら、モデナの街並みが見え、その街並みが小さくなってモーデル全体が見渡せるようになったところで視界は下に流れなくなった。足元のところどころに白い雲が浮かんでいる。


「どこに作るか大体の位置を教えてくれますか」


「えーとどうやって?」


「壁に映った景色を指さしてくれればいいです」


 図面を見ながら、メアリーが壁を指さすと、そこに映った山並みが拡大されて詳しく見ることができるようになった。


「えーと、この山と、この山に挟まれて少し谷っぽくなった平地が分かりますか?」


「ここですね」


 メアリーの言った場所がさらに拡大された。


「はい、そこです。その辺りに、縦100メートル、横50メートルほどでお願いします」


「ちょっと斜めになるけどいいですよね」


「大丈夫です」


「深さは3メートルくらいにしておきますか。後からいくらでも深くできるし」


「それでお願いします」


「やっちゃいます。ディッグアースアンドコンプレス。

 余った土はどうします。今は土手にして、山まで平たく伸ばしてますが」


 一瞬でため池ができてしまった。ため池の底や側面は赤みがかった石でできているようで硬そうに光を反射している。


 キーンがいう土手はため池の周りを30度ほどの斜面で囲み土手の上は平たく山肌まで均されている。


「このままで結構です」


「後で用水路を作る時には教えてください。ため池の壁は結構固いから僕の方で何とかしますから」


「そ、そうですね。そのときはお願いします」


「そうだ、山に降る水を貯めるんだったら、山と土手の境目に溝を作ってため池に流れるようにしておきましょう」


 見る間に断面で60センチ四方ほどの溝が作られ、ため池各所で繋がった。この溝の底も壁も赤みがかった石でできているようで光を反射している。


「溝には少しだけ傾斜を付けているからちゃんと水はため池に向かって流れると思います」


 だそうだ。メアリーは言葉をなくしてただ頷いているだけになってしまった。


「ここはこんなものかな。

 それじゃあ、次いきましょう」


 壁に映ったため池がだんだん小さくなっていった。


「は、はい。

 次は、……」


 メアリーは考えることを止めてしまっている。


 結局1時間ほどで最初のため池と同規模のため池がモーデル内に6カ所作られた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る