第314話 転移使いキーン・アービス。最凶の魔術師


 パトロールミニオンをあらかじめ各所に飛ばしておけば、キーンはミニオン経由でその場所を視認できる。


 視認さえできれば、キーンはあらゆる魔術を行使できる。転移魔法も例外ではない。従って、その場所に自分が転移で移動することも、その場所転移で物を持っていくことも、その場所から・・転移で物を持ってくることも可能である。そのことに気づいたキーンはさっそく試してみることにした。


 デクスシエロを転移させるため、デクスシエロを置いている大穴の底にパトロールミニオンを飛ばした。


 空に舞い上がったパトロールミニオンはあっという間に大穴の底にたどり着いた。


 キーンはパトロールミニオンの視覚を通してデクスシエロと壁に立てかけてある黒柱ブラックピラーを確認して、


「まずは黒柱ブラックピラーから転移させよう。

 転移!」



 訓練場の隅に立っていたキーンの目の前に黒柱ブラックピラーが現れた。壁に立てかけてあったままの姿で現れた黒柱ブラックピラーはそのまま地面に転がって大きな音を立てた。


「そう言えば、元の体勢のまま転移してくるんだった。近くに人がいなくてよかったけれど、危なかったな。今度から黒柱ブラックピラーを置くときは壁に立てかけず、ゆかに寝かせておこう」


 などと反省しつつ、デクスシエロも転移させてしまった。


 デクスシエロはもちろんちゃんと立ったままだ。訓練場で訓練しているアービス連隊の兵隊たちはいきなり現れたデクスシエロに対しても驚くようなこともなく淡々と訓練を続けている。慣れとは恐ろしいものである。


「うまくいった。次は、帰ってくるとき用にここにパトロールミニオンを1つ置いて、大穴の底に転移してみよう。転移!」


 パトロールミニオンを1つ残してキーンの姿が訓練場から消え、大穴の底に現れた。


「予想以上に便利だ。パトロールミニオンを送り込んでおくだけで、どこにでも行ける」


 次にキーンは訓練場に置いたパトロールミニオンの視覚を使い、兵舎の玄関前に転移で現れた。キーンはなんだか嬉しくなってニヤニヤしながら、


「セントラムの自宅うちとヤーレムの駐屯地にパトロールミニオンを送っておこう。

 ヤーレムの方は問題ないだろうけれど、いきなりアイヴィーの前に現れたらアイヴィーもビックリするだろうから手紙も書いておくか。あと、クリスにも知らせておいた方がいいな」


「あれ? 人の転移も簡単だし、やる気になれば一度に64人は転移できるはずだ。一回一回転移先をずらす必要があるけどこれも転移とセットで魔術として組み込んでおけば、1000人くらい簡単に運べるんじゃないか?」


 もはやなんでもアリ。上空のデクスシエロから直接望んでもいいし、パトロールミニオンを送り込んでもいい。それだけで、あらゆる国の王宮、宮殿に兵隊を送り込むことができる。


 デクスシエロは最強のアーティファクトではあるが、キーン自身は他国から見れば最凶の魔術師と言える。


 人員輸送は、後日試すことにして、昨日きのう退治した軍事アーティファクトの残骸を街道の脇に片付けたと言ってもさすがに放ったままではマズそうだと思ったキーンは、駐留地からパトロールミニオンを飛ばして、ミニオン経由で残骸を駐留地まで転移で運ぶことにした。


 パトロールミニオン経由で残骸を転移させるつもりだったが、転移で飛んでいくのがなんとなく楽しく感じているキーンはパトロールミニオンを一つ残して、わざわざ、残骸の前まで自分が転移して、残骸を確かめた。


「そういえば、こいつはアーティファクトなんだろうけど、誰か乗っていたのかな?」


 残骸を丹念に調べてみると、ちぎれた左前足の付け根あたりに亀裂が入り、そこから中にはいれそうだった。


 なんとか亀裂の中にはいって見回すとデクスシエロの小部屋にそっくりな小部屋だった。


「ここに誰かいたんだな。今空っぽだということは、逃げていったということか。

 乗ってたヤツは、モーデル方向ではなく、やってきた方向に逃げたんだろうな。逃げたものは仕方ない」


「他には変わったところはないようだし、誰も手を付けていないようで助かった。

 それじゃあ、転移」


 目の前から獅子型のアーティファクトの残骸が消え、訓練場の隅に現れた。キーン自身もすぐに残骸の傍に転移した。


「いやー、転移は実に便利だ。これほど便利な魔術はないんじゃないかな?」


「とりあえず残骸をここに持ってきたけれど、ここに置いても仕方がないし、どうしたものかな?」


「そうだ! いいことを思いついた。

 あの遺跡の中にこの残骸を置いておけば、勝手に修理されて元に戻るかもしれない。

 元に戻ったところで使い道はないけど、聖王宮の前にでも飾っておけば魔除けになるかもしれないし」


 キーンはさっそく大穴の底にそのまま置いていたパトロールミニオンを使って大穴の底に転移して、それから、再度デクスシエロの正面の壁を壊して遺跡に続く通路の中に新たなパトロールミニオンを放った。パトロールミニオンにはライトをくっつけているので遺跡内部の様子を見ることが可能だ。


 5分ほどで正面に壁が見えてきた。


「やっぱり壁は元通りになってた。

 ここは簡単に旋回エアカッター!」


 壁に空いた30センチ強の孔を通ってパトリロールミニオンは大部屋の中に入っていった。もちろん金属倉庫につながる正面の通路も元通り壁に覆われて隠れてしまっていた。


「この大広間に置いておけば大丈夫だろう」


 キーンは訓練場に置いてきたパトロールミニオンを介して、大広間に獅子型アーティファクトを転移させた。


「よし。うまくいった。このままパトロールミニオンを置いておけばいつでも転移であのアーティファクトを持ってこられる。

 うーん。実に便利だ。

 これだけのことが転移でできるということは、これから僕は『転移使い』って名乗っちゃおうかな?」


 などと、キーンは一人ニヤけるのだった。




 キーンはその日、セントラムの自宅とヤーレムの駐屯地にパトロールミニオンを送った。自宅にはこれからはいつでもセントラムに帰ることができると書いた手紙を持たせたキャリーミニオンも同時に送っている。また、遠くに転移で移動した時、戻ってくるために、駐留地の自室内にもパトロールミニオンを1つ作っている。クリスのところへは手紙だけ送っている。




[あとがき]

これにて22章終了し、次話より『終章 モーデル帝国』となります。最後までよろしくお願いします。

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