第313話 メアリー・ソーン3


 デクスシエロはノートン姉妹の待つ宮殿の裏庭に戻った。


 裏庭に立つデクスシエロの足元近くで、ルビーとサファイアがデクスシエロを見上げている。デクスシエロの中では、キーンがセルフィナに転移について説明していた。



「まず体の中を巡る魔力を意識する」


「はい。意識しました」


「そしたら、頭の中で、自分がサファイアさんとルビーさんの間に立っている姿をイメージして。

 うまくイメージできたら、きっかけとなることば、『転移』と口にすれば転移できる。と思うけど」


「サファイアとルビーの間に自分が立ってる。イメージ、イメージ、……、『転移!』」


 セルフィナはキーンの隣りに立ったままだった。


「何度かやってれば、できると思うから、頑張って」


「頑張ります」


「それじゃあ、次のルビーさんが待ってるから降りようか」


「はい」


「転移」


 キーンとセルフィナが同時にノートン姉妹の前に現れた。



「ルビー、お待ちどおさま」


「陛下、お帰りなさいませ。空の上はどうでした?」


「すごかったです。ルビーはこれからデクスシエロに乗るのだから、これ以上は言わない。自分の目で確かめて」


「はい」


「セルフィナさん、ルビーさんをデクスシエロに乗せてそれからもう一度転移の練習をしましょう」


「はい、先生」


 キーンはルビーをデクスシエロに乗せて一渡ひとわたり飛び回り、セルフィナと護衛のサファイアの待つ宮殿の中庭に下り立った。デクスシエロの中のルビーは「うわー」「すごい!」「きれい!」そういった感嘆の言葉ばかりだった。


 キーンはいったんデクスシエロを大穴の底に戻し、その後セルフィナに転移を教えた・・・が、何度やってもセルフィナは転移をものにすることができなかった。


「おかしいなー」


「先生、どちらかというとできない方が当たり前なので私は気にしていません」


 セルフィナに慰められてしまった。幻とまで言われた転移魔法が、いかにセルフィナであれキーンのあの指導法でモノになるならそれこそ奇跡だとクリスなら言っただろう。とはいえ、キーンの『それっ!』でパトロールミニオンをものにした魔術師小隊の例もあるわけで、無理ではないかもしれないが今回はセルフィナにとってもハードルが高かったようだ。





 こちらは、メアリー・ソーン。


 メアリー・ソーンはエルシンの使者の言動で気になったデクスシエロについて、部下を使いモデナの街で古老などから聞き取り調査を行う傍ら、宮殿内のそれらしい本を漁った。予想通り本からは情報を得ることはできなかったが、聞き取り調査から大まかな情報を得ることができた。


 それによるとデクスシエロは単純に最強の軍事アーティファクトというだけではなく、都市、いやその気になれば国ごとこの地上から消し去ることのできる超兵器ということだった。


 にわかには信じがたい話だったが、エルシンの使者が示したアノ態度を考え合わせれば十分信憑性しんぴょうせいがある。


 メアリー・ソーンはデクスシエロがそういった超兵器であることを前提としてこれからのモーデルの方向を考えていくことにした。


――とはいえ、その超兵器もクリスの婚約者であるキーン・アービスしか扱えないという。キーン・アービスがその気になれば、ロドネアのいかなる国、ソムネアやエルシンといった超大国すらもこの地上から消し去ることができるとなると、まさに世界の覇王だ。


――そうでなくてもサルダナから見た場合、キーン・アービスは手放すことのできない人材だ。キーン・アービスは前聖王の実子だとしても、サルダナで育ち、今ではサルダナの永代貴族であり軍人だ。簡単にサルダナを捨てるとは思えないが、その保証はどこにもない。また、引き留める積極的方法がないのも事実。


――ということは、キーン・アービスがサルダナを捨てモーデルを選んだとしても、サルダナの損失が最小限に済むようにサルダナとモーデルの結びつきをさらに強めていかねばならない。


――ここは、私自身の去就きょしゅうを含めて考えたほうがいいな。


――このモーデルで2、3年働いて、箔をつけてサルダナに戻ろうと考えていたが、キーン・アービスを取り込んでこのモーデルを発展させたほうが面白いし自分の将来がさらに開けていくような気がする。キーン・アービスをモーデルに完全に取り込むとすれば、いまさらだが、セルフィナ殿ではなく、もう一人の聖王の実子であるキーン・アービスにこの国を任せたほうがよかった。まあ、あの裏表の全くない性格では、聖王など無理だろうし、魔術の才能が生かされないか。


――キーン・アービスがこれから先もモーデルのために働いてくれれば、モーデルよるロドネア全土の統一が可能だ。サルダナのために働くのならサルダナによるロドネア統一も可能なのだろうが、権威という意味で弱いし、位置的にも西に寄りすぎている。


――いずれにせよ、一国によるロドネア統一がなれば、戦争はなくなり人々は安心して暮らせるようになる。よし決めた! かつてのモーデル帝国を復活させようじゃないか。


――統一自体は簡単そうだが、キーン・アービスとデクスシエロの武力だけでは国がもたないし、国民が貧しくては国がもたない。いまある資金だけでも5年は賄える。5年で地力を付ければいいだけだ。フフフ。私の思う姿の国を作っていける。


――いま、キーン・アービスは、連れてきた兵隊たちと駐留地で遊んでいるだけだ。ここは一働きして頂き、モーデルへの愛着を持ってもらおう。指揮系統は違うが他ならぬ義理の姉の願いくらいきいてくれるだろう。


――まずは、大型のため池だな。ここモーデルでは山に降った水をため池に溜めて、それを用水としているが、ため池の規模も小さい。アレでは畑を増やしても水が不足することは目に見えている。ため池から用水路を巡らしてやれば、既存の畑の収量も増えそうだし、新たに開墾かいこんしても水不足にはならないだろう。


 王宮内にモーデルの地図が何種類かはあったが、確認したところ現状とかけ離れたものだった。そのため、新たに地図を作る必要が生じた。メアリーの率いる官僚団は、モーデルの正確な地図を作成するため測量を開始している。測量士はサルダナから呼び寄せたもので、測量助手は心得のあるものをモデナから雇い入れている。今回作成する地図は、山間の測量は後回しにして道路、各集落や農地などをまず測量していき来年度の徴税に役立てるほか、土木工事にも利用する予定で始めたものだ。


――徴税用の測量は後から詳しく行うことにして、大まかでいいから早めに測量を済ませてため池の場所を決めてしまおう。


――キーン・アービスがいれば戦うための兵隊の数は意味はない。治安のための警備部隊で十分だ。それだけでかなりの資金を浮かせることができる。


 メアリー・ソーンの頭の中で着々とモーデルの姿ができ上っていった。


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