第311話 セルフィナ、デクスシエロに同乗する。


 サファイア・ノートン少佐はセルフィナのモデナ入り後、アービス連隊から外れ、セルフィナの護衛に復帰している。


 セルフィナがモデナ入りをした次の日。簡単ではあるが宮殿内の大広間でセルフィナの即位式が執り行われた。


 出席者は、メアリー・ソーン以下の官僚たちと、ノートン姉妹。それにキーンとゲレード中佐だけだった。


 メアリーがひざまずくセルフィナに向かい、


「セルフィナ・インペルム。汝はこれよりモーデル聖王国の聖王として国を導き、民を安んじ、公正なる判断のもと民のいさかいを裁き、モーデルを興隆させるべし」


「はい」


 その言葉で、メアリーはセルフィナを立ち上がらせ、部下に持たせていた王笏おうしゃくをセルフィナに渡した。王笏はもちろんエルシンが返還したものである。また先ほどのメアリーの言葉は、王笏をセルフィナに手渡すにあたって『どうぞ』だけでは味気ないので、メアリーが即興で考えだしそれらしく口にしただけものである。


 どうせ、本番である戴冠式にはふさわしい人物がそれらしいことを口にするので、適当に済ませたようだ。即位後のセルフィナの名まえはセルフィナⅠ世ということになる。


 即位式はそれで終わった。式のあと、セルフィナはメアリーによるモーデルの現状についての講義で夕方まで潰れてしまった。もちろんセルフィナはその講義を真剣に聞いている。明日はキーンにデクスシエロに乗せてもらう日だ。




 翌日。キーンはセルフィナとの約束を果たすため、宮殿にやってきた。セルフィナとノートン姉妹が中庭で待っているということなので直接中庭にいくと、軍服を着た3人が待っていた。セルフィナは宮殿の表では軍服を着て過ごすことにしたようだ。


「おはようございます」


「おはようございます」


「まずは、デクスシエロを連れてきます」


 そういってキーンは『空飛ぶ6角盤』を作り、その上に乗っかっていったん石組みの円筒の上まで昇っていき、そこから穴の中に下りて行った。



「アービスさまのいまの魔術は何だったんでしょう?」と、ルビー。


「キーンさんですし、今さら驚いても仕方ありませんが飛行魔術の一種? ですか?」と、セルフィナ。


 二人の疑問に「あれは、ミニオンを何個か繋げたもので、アービス大佐が乗り物にしているものです」と、サファイアが答えた。


「さすがは、姉さん。アービスさまの近くで働いていただけある。ところで姉さん、アービスさまはモーデル軍の将軍じゃなかったの?」


「外向きにはそのとおりなんだけど、部隊内部では大佐って呼んでくれって。そういえば私はもうアービス連隊から外れたからアービス将軍と呼んだ方がよかったかな」


「そうなんだ。呼び方を気にするような人でもなさそうだけど、ちゃんと将軍づけで呼んだ方がいいと思うよ」


「そうよね。これから気を付けるわ」



 そうこう言っているうちに円筒の上からデクスシエロが現れて、セルフィナたちの前に着地した。デクスシエロの大剣、黒柱ブラックピラーは穴の底に置いてきているようだ。


 口を半分開けてセルフィナとルビーがデクスシエロを見上げている。もちろんサファイアはそんなことはない。


 キーンが突然、3人の前に現れた。


「ほっ!」「はっ!」「……」


「二人を驚かせたかな?」


「驚きはしましたが、キーンさんですから。それで今のは?」


「転移魔法です。このデクスシエロには転移でしか乗り込めないんですが、最初にデクスシエロに転移してもらって中に入ったものの、出方が分からなかったので、どうにかして転移で外に出れないかとやってみたら、転移ができるようになりました」


「そういうことってありますよね」と相槌を打つ、セルフィナ。


 転移は幻とまで言われていた魔術のはず。そんなことはまずありません。と、心の中でサファイアとルビーは強く思ったがもちろん二人とも口にしなかった。



「さっそくだけど、セルフィナさんから順に乗せていきましょう」


「順にということは、私も乗ってもいいんですか?」と、ルビー。


「もちろんそのつもりだけど」


「それでしたら姉さんから」


「うん? サファイアさんならもうデクスシエロに乗ってるから、ルビーさんの方が先に乗ればいいよ」


「「え?」」


「私は結構ですから」と、サファイア。すこし額に汗が浮かんでいるような。


 セルフィナとルビーが何を驚いたのかキーンは理解できなかったが、さっそく「デクスシエロ、インペルム!」と口にして、デクスシエロの中に転移した。キーンは一度だけ小部屋の位置をデクスシエロの胸の辺りだろうと見当をつけて自分の転移でデクスシエロの中に入ろうとしたことがあったのだが、転移できなかった。


 小部屋の球型の壁にセルフィナたちが映し出されたところで、キーンがセルフィナを部屋の中に転移させた。


「転移もビックリですが、この部屋もスゴイです」


「ちょっと狭いけどね。デクスシエロがどんな動きをしても、この中は揺れないから安心してていいよ。

 それじゃあ、いきまーす。

 デクスシエロ、ソウ!」


 キーンとセルフィナを乗せてデクスシエロが一気に空高く舞い上がっていった。




 ルビーは舞い上がっていったデクスシエロを見上げてはいたが、内心複雑な気持ちだった。


 あえて口にはしなかったが、『姉さん、ひどい!』と思っていた。





 いつものように昇れるだけ上ったデクスシエロからセルフィナがロドネアを眺める。


「これがわたしたちの世界。大地は丸かったんですね。空には満天の星だし、なんだか不思議な景色。そういえば海の向うにはわたしたちの知らない世界があるかもしれないという話を耳にしたことがありますが、実際どうなんでしょう?」


「もし、海の向こうに人が住んでいるなら、それらしいものが流れ着いてくるかもしれませんが、それが果たして海の向こうの世界から流れてきたものか、ロドネアのどこかの岸や河から流れてきたものかはわからないので、何とも言えないんじゃないかな。海の向こうにそういった世界がある方が、夢があるのは確かだけど」


「このデクスシエロに乗って海の向こうまで飛んでいけるのかしら?」


「それは面白そうですね。食料や水や着替えなんかは持っては入れないけれど、転移で中に詰め込めるし、できないことはないから、いずれやってみてもいいかも。デクスシエロの速さなら、もし陸地があるのなら1日も飛んでいれば見つかるかもしれないし」


「そのときは一緒に」


「了解」



「どこか見たいところはありますか? 見たいところがあればそこを詳しく壁に映すことができるんです」


「サルダナにいる時は、モーデルの景色がもう一度見たいと思っていましたが、その夢も叶ったし、特に見たい場所はいまのところないかな」


「それじゃあ、下に下りてモーデルをぐるりと一渡り見ていきましょうか」


「はい」



 二人を乗せたデクスシエロは高度を落し、モーデルの山々を縫うように飛行した。


「モーデルは山ばかりだと思っていましたが、本当に山ばかり」そう言って笑うセルフィナ。


「これから、モーデルの町や村が大きくなっていくよう頑張っていかないとね」


「はい。頑張ります!」


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