第310話 デクスリオン


 セルフィナ一行は予定通りモーデル入りした。


 モーデル内ではセルフィナは野営することなく、モデナ入りのため装いを整えるため、途上のホテルで一泊した。



 翌日、多くの人が新たにモーデルの聖王となるセルフィナを一目見ようと、沿道に立ち並びモデナに向かうセルフィナ一行に手を振った。


 ブラックビューティーにまたがるキーンを先頭に街道を行進した一行は、開け放たれたモデナの北門から聖王宮に続く大通りに入った。沿道にはこんなにモデナに人がいたのかと思われるほどの人が立ち並び、通り過ぎていくセルフィナの乗った箱馬車に手を振っていた。


 聖王宮前では、近衛兵団の兵士たちが整列して一行を迎えている。


 役目を果たしたキーンたちは聖王宮前から駐留地に移動していったが、セルフィナの乗った馬車だけは聖王宮内の宮殿前まで乗り付けた。宮殿前では、メアリー・ソーン以下の官僚たちがセルフィナを迎えた。


「まずは、長旅でお疲れでしょうから、お部屋にご案内します」


 メアリーが先頭に立ってセルフィナたちを案内する。


 宮殿内は以前同様調度類が飾られ、磨き上げられた廊下を歩く靴の音がキュッ、キュッと音をたてる。


「1時間ほどで食事の用意が整いますので、係の者がお迎えに上がります」


 メアリーがセルフィナたちを案内したのは、聖王家族の居住区のある一角につながる居間で、聖王の執務室にもつながっている。


 セルフィナたちを案内したメアリーは部下たちのいる庁舎に帰っていった。




 一方こちらはエルシン。


 これまで、何度かキーン・アービスに煮え湯を飲まされてきたエルシンだが、デクスシエロを操るモーデルの覇王がキーン・アービスであることを突き止めており、刺客を使ったデクスシエロの操縦者の暗殺という選択肢は捨てており、強硬策の尽きたエルシン国王エイ6世はモーデルの軍門に潔くくだることを決めていた。


 都合のいいことに年が明け、春になればセルフィナの戴冠式がモーデルで行われるので、それ相応の贈り物を用意し、エイ6世自ら戴冠式に臨んで臣下の礼をとる事ができる。そこまでへりくだれば、いかに覇王でも今までのモーデルに対するエルシンの所業を問わないだろう。


 将来覇王キーン・アービス亡き後、その息子がデクスシエロを操ることができるとは限らない。うまくすれば、デクスシエロを操る者がキーン・アービスで絶える可能性もある。自分は覇業を断念しモーデルに臣従するが、孫の代、ひ孫の代にはエルシンが再びロドネア全土を望むことが可能になるかもしれない。というエイ6世の判断である。




 王都エルシオンの王宮内の一画に、石造りの四角い大型の建物がある。建物には窓はなく、正面には両開きの扉で塞がれた高さ10メートル、幅10メートルほどの出入り口がある。建物は宮殿の中庭に建つ『戦士の夢』のびょう同様、王宮警備隊の兵士が24時間体制で警備している。


「ご苦労」


 見張りの兵士たちに向かって一人の身なりの良い青年が声をかけた。兵士たちは身を正し、その青年に敬礼を返した。


 青年の名は、ガイ・チャオ、国王エイ6世の末子である。


「扉を開けてくれ」


「陛下の許可証を拝見いたします」


 ガイは手にした許可証を見張りの隊長らしき兵士に渡した。


 規則で国王の許可証がなければ扉を開けることができないのだが、ここ十年数年扉が開かれたことはなく、見張りの兵士たちも、国王の許可証を見た者などひとりもいなかったし、国王の許可印を見たことのある者も一人もいなかった。


 隊長は許可証を確認したが、もちろんそれが本物であるかどうかなど区別できなかった。お付きの者を誰も連れていないところは違和感があったが、目の前に立っているガイ王子は本物である。


「たしかに。扉をこれから開きますので、しばらくお待ちください」


 隊長がまず扉の錠を外し、4人がかりでなんとか扉を開けると、建物の中からひんやりした空気が流れ出てきた。


 扉から差し込む光で巨大な四本脚の像が立っているのがうかがえる。鎧を着た獅子の姿を思わせるその像こそは、エルシンの誇る軍事アーティファクト『デクスリオン』である。他国の軍事アーティファクトは操縦する必要があるが、この『デクスリオン』は簡単な命令を与えるだけで、自分で判断した行動が可能である。



 現在二人の『黄金の獅子』によりソムネアとの国境は落ち着いてはいるが、ソムネアがその軍事アーティファクト『デクススコルプ』を繰り出してくるようなら、この『デクスリオン』を王太子である第1王子が駆って出撃しなければならない。ソムネアから見れば、その逆が成り立つ。


 エルシン、ソムネア、お互いにそのことを承知しているため、こうして、エルシンの軍事アーティファクト『デクスリオン』は動くことなく十年以上この建物の中に眠っており、ソムネアの軍事アーティファクト『デクススコルプ』もソムネアで眠っている。


 ただ残念なことに、その辺りの機微をエイ6世の末子、ガイ王子は理解していなかった。彼はモーデルに屈するという父王の言葉に怒りを覚え、独断でデクスシエロを斃すべくエルシンの軍事アーティファクトを駆ってモーデルの地を目指そうと思い立ったのである。



 デクスリオンに近づいたガイ王子は、デクスリオンに向かって、


「デクスリオン、アジャタント・・・・・・!」と、声をかけた。そしてそのままデクスリオンの身体の中に転移していった。


『ほう、父上の机の上においてあった本に書いてあった通りデクスリオンの中に入ることができた』


 デクスリオンの中は真っ黒い壁で覆われた球形の小部屋だった。ガイにとっては初めての部屋だったが、デクスシエロや守護の灯台の部屋と同じ作りの小部屋である。



 間をおかずに黒い壁に周囲が映された。


「デクスリオン、街道を進みモーデルの地へ」


 ガイは父王の机の上にあった本に書かれていた通り、頭の中でデクスリオンが移動する姿を思い描き、道順なども同時に思い浮かべて、デクスリオンに対して声に出して命令した。


 デクスリオンがゆっくりと前進し、建物から姿を現した。そのまま、四足で目の前の王宮内の道を進み、王宮を囲む外壁を飛び越えて、通りに躍り出た。


 王都の住民はいきなり現れたデクスリオンに驚いき大騒ぎになったが、デクスリオンはかまわず進み、モーデルへと続く街道に出た後は北に向かい疾走を始めた。


 3時間ほど街道を北上したところで、ガイは何も口にするものを持参していないことに気づいた。


「デクスリオン、アジャタント!」


 街道から外れた林の中にデクスリオンを進めたガイは、デクスリオンを降りて、先ほど通り過ぎた宿場町まで引き返し、開いていた食堂で簡単な食事をとった。店の中では先ほど通りを走り抜けていった巨大な生き物についての話で客が騒いでいた。ガイはいい気分でその話を聞きながら食事をとった。出された定食は、宮殿での食事に比べれば見た目も悪くおいしそうにはとても見えなかったが、食べてみたら宮殿での食事などよりよほどおいしかった。


 ガイは満足して食事を終え、服の中に入っていた金貨で代金を支払ったら、店の者が釣銭で困ったようだったので、釣りはいいからといって店を出た。




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