第308話 セルフィナの帰還2、会食


 臨時の会食室とした会議室に、全員集合したところで、


「まずは、食事にしましょう。うちの兵隊たちが作った料理ですが、おいしいですよ」とキーンが言うと、


「そうなんですか、楽しみです」と、セルフィナが応じた。


 キーンはそう言っているが、何を食べてもおいしいといつも言っているキーンの舌について、ゲレード中佐は大いに疑問を抱いている。しかも当のゲレード中佐は当番兵たちが作る食事をあまりおいしいとは思っていない。料理の上手うまい当番兵が作った物ならそれなりだが、結構当たりはずれがある。ローエン軍は駐留中、ヤーレムから料理人も含め多くの人を雇っていたようなので、地元に金を落す意味も含めてアービス連隊でもヤーレムから人を雇っても良かったが、一時的な駐屯に外部の人は必要ないだろうとキーンが言ったため、そのままになっている。



 キーンの合図で、今日の当番兵がスープ皿にスープをよそっていき、別の当番兵がワゴンに乗せた大皿に盛られたステーキを皿に乗せ、付け合わせの温野菜を添えていき、スープ皿と肉の乗ったプレートをまた別の当番兵がテーブルの上に置いていく。


 各自の前にスープとステーキが並べられ終わったところで、


「それではいただきましょう」


 キーンの声で食事が始まった。


 キーンは器用にナイフとフォークを使てステーキを切り分け口に入れている。キーン以外セルフィナも含めてナイフでステーキを切ることに苦労しているようだ。


「ちょっとこの肉固くありませんか?」とゲレード中佐。


 ナイフをゴシゴシ動かしながら「歯ごたえはありそうですな」と、ボルタ兵曹長。


 招かれた側のセルフィナたちはさすがに相槌あいづちは打てないが、心の中ではそう思っていた。


「そうかな?」とキーン。


「連隊長殿のナイフでは簡単に肉が切れているようですが、自分のナイフは切れが悪いようでなかなか切れんのですが」と、ボルタ兵曹長。


「ああー、そういえば切りにくいかも。僕はナイフの先に小さなウインドカッターを付けて肉を切ってるから簡単だけどね」


 聞いたゲレード中佐は『この連隊長は!』、ボルタ兵曹長は『さすがは連隊長!』各々感想は違ったようだ。


 キーンのその言葉にセルフィナが、


「良いことを聞きました。私もやってみます」


 そう言ってナイフを動かした。


「あっ! ほんとだ。簡単だしきれいに切れる」


 今度は、セルフィナがキーンに次ぐ魔術の天才だと知らないキーンとノートン姉妹以外全員が驚いてしまった。




 セルフィナがキーンを真似てステーキ肉を切ったところで、キーンが、


「みんなのナイフが切れないのはかわいそうだな。ちょっとみんなナイフをお皿の上に置いてくれるかな」


 何を始めるのか分からないが、いちおうみんながキーンの言うようにナイフを皿の上に置いたところで、


「変性させて切れ味を上げてみるから、僕が合図するまで少しだけ待っててください」


 キーンはナイフを変性させるつもりのようだ。


 見る間に全員のナイフが黒く変色した。キーンの合図がまだ出なかったのでそのまま見ていたら、だんだんとナイフの黒味が薄れていきとうとう半透明になってしまった。


「いいですよ。これで大抵のものは簡単に切れるようになったはず」


『これは、連隊長の持つあの大剣と同じじゃないか!』と、あきれるゲレード中佐。


『これは、連隊長殿の持つ大剣と同じだ。いただいて家宝にしよう』と、ほくほく顔のボルタ兵曹長。


 セルフィナ以外のみんなも呆れているのが分かる。



「アービス連隊長、手紙にあったデクスシエロですが、どうでしたか?」と、セルフィナがキーンに尋ねた。


「いまは、聖王宮の大穴の底に置いているんですが、なかなかのものです。空に上がるとロドネア全体が見渡せるんですよ」


「ほかの人も一緒に乗れるんですか?」


「ええ、3人だときついんですが、2人までなら大丈夫でした・・・


 二人の会話を聞いていたサファイア・ノートン少佐は額に汗が出てきてしまった。


 今のキーン口ぶりからキーンが別に二人を乗せて3人でデクスシエロに乗ったことがあるとまるわかりだ。そして、ここにいるのはキーン以下アービス連隊の幹部4名。普通に考えて、キーンとボルタ兵曹長の男性二人に女性1名の組み合わせはないだろうから、キーンと女性2名、ゲレード中佐と、自分がデクスシエロに乗ったことが分かってしまう。


「よかった。それなら、私も乗せていただけませんか?」


「もちろん。良いですよ。

 実は空の上から、いろいろな国の街の中まで覗けるんですよ」


「ほんとですか、うわー。今から楽しみです」


 ……。


 サファイアの心配は杞憂きゆうだったのか、誰も気にすることではなかったのか? いや、サファイアの妹のルビーがサファイアの方を見ている。妹のルビーなら何とでも言いくるめられるのでここは乗り切れたとサファイアは一安心した。


 サファイアが、頭の中であれこれ考えているあいだに、セルフィナがデクスシエロに乗る話が進んでいった。



「そう言えば、デクスシエロへの乗り降りは『転移』を使うんですが、セルフィナさんなら何回か『転移』を経験すれば『転移』が使えるようになりそうだな。『転移』って便利だし面白いですよ」


「それも楽しみ」


 一般人には理解できない話でキーンとセルフィナは盛り上がっていた。


 

「食事が終わってお腹が落ち着いたようでしたら、ヤーレムに宿を取っていますので、お連れします」と、ゲレード中佐がセルフィナに告げた。


 ヤーレムにはそれ相応のホテルがあり、アービス連隊ではセルフィナたちを兵舎に泊める訳にはいかないと、セルフィナたちのためにホテルに部屋を用意していたのだ。


「えっ! 私は兵舎で泊まれるものと思って楽しみにしてたんです。明日以降も皆さんと一緒に野営するつもりです」


 そう言われてしまえば、そうするより仕方がない。


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