第307話 セルフィナの帰還1


 モーデルからサルダナに帰還したアービス連隊は、ローエン軍がヤーレムで使っていた駐留地を一部使用して駐屯を開始した。付随する訓練場も広大だったため、攻撃魔術を主体とした部隊訓練を取り入れることにした。魔術の種類はファイヤーアローで、横一列に並んだ中隊員200名が前進しながら、先任曹長の『撃て!』の号令で一斉にファイヤーアローを前方に放つ。ファイヤーアローの射程は各人でばらつきがかなりあり、今のところ50メートルから80メートル。何かを狙うというわけではなく、とにかくまっす前に撃ちだすだけだ。それでも、同時に放たれる200発ものファイヤーアローは実質的に火の壁となる。



 横一列に並んで前進しながら第1中隊200名が右手を出して、先任曹長の号令で一斉にファイヤーアローを撃ちだした。


「おお、なかなか見事なものですな」と、ボルタ兵曹長。


「今の一撃だけで敵の一個中隊を撃破できる」と、ゲレード中佐。


 二人の言葉を聞いて、キーンはニマニマしながら第1中隊の訓練を眺めている。


 第1中隊は、初撃を放った後も停止することなく前進し、10歩ほど進んだところで、次の号令がかかり、第2撃のファイヤーアローを放った。


 キーンとすれば、もっと派手なファイヤーボールで訓練させたかったのだが、ファイヤーボールを撃てる兵隊は今のところそれほどいない。それと、ファイヤーアローなら各々の射程限界で消えてなくなるのだが、ファイヤーボールの場合限射程界点で爆発するので訓練場がボコボコになってしまう。実戦なら差し支えなさそうだが訓練場でのファイヤーボール訓練は難しい。そういった理由でファイヤーアローでの訓練を続けている。


 今はできないが、中隊員200名全員がファイヤーボールを撃ちながら前進していけば壮観だろうし、実戦でそんなことをやってしまえば、一撃で敵の連隊が吹き飛んでしまうし、各人が5発も撃てば、敵軍が壊滅してしまう。ということはその気になった・・・・・・・キーンには到底及ばないが、それでも1個中隊で1万人規模の兵団を圧倒できるということだ。


 キーン自身は『いずれ』と思っているが、ゲレード中佐もボルタ兵曹長も、現状のファイヤーアローの中隊一斉発射でもヤリ過ぎと思っている。


 そういった感じでアービス連隊は訓練を続けていった。




 こちらはサルダナの王都セントラム。ついにセルフィナがセントラムを発ち、モーデルに向かう日がやってきた。護衛には近衛兵団より1個大隊1000名がつき、ランデル大佐の騎兵連隊より交代で1個騎兵中隊100騎が一行の前後を警戒することになっている。


 セルフィナの乗る馬車には、ノートン少佐の妹ルビー・ノートンと世話係の侍女2名が同乗している。ルビーは今サルダナ軍の軍服を着ているが、モーデル軍・・・・・の大尉ということになっている。彼女はナイフ以外扱えないので制服の中にナイフを隠し持っているが、見た目は丸腰である。セルフィナも今回は軍服を着ており、モノはサルダナ軍の将官の制服だ。こちらは正真正銘の丸腰だが、その気になればキーン仕込みの魔術で、10名、20名の賊など簡単に撃退できる。


 セルフィナは見送りにきたクリスたちに動き出した馬車の中から手を振った。




「セルフィナたちもいっちゃった。姉さんもモーデルにいっちゃったし、キーンもセルフィナに合流するような話だったし。私もモーデルにいっちゃおうかな」とか独り言をクリスが口にしたら、隣に立っていたクリスのお爺さまことウィンストン・ソーンが咳払いをして、


「儂も一緒じゃからの」


「お爺さまったら」そう言って、二人で笑いあった。




 セルフィナ一行はセントラムを出発し6日目の昼前、キーンたちが一時駐屯しているヤーレムに到着した。


 アービス連隊では護衛の近衛兵団の兵隊たちのために昼食の用意をしており、彼らは昼食をとった後、王都に引き返すことになっている。


 予定ではセルフィナを乗せた馬車は明日の朝出発し、護衛はアービス連隊から5個中隊1000名が当たることになっている。その護衛1000名は、モーデルの開放が叶い、セルフィナが凱旋帰国する今回は、モーデル軍と呼称することになっている。したがって、キーンは再度将軍ということになる。


 護衛が連隊2000名でないのは、モデナでは宿泊施設がいまのところ先の駐留地しかなく、すでに、近衛兵団から派遣された1000名が使用しているので、人数を絞ったためだ。ヤーレムに残る5個中隊1000名についてはゲレード中佐が駐屯地に残り面倒をみることになっている。


 ちなみに、近衛兵団からの1000名はモーデル国内の募兵が進んでいけば1個中隊相当200名を残し順次サルダナに帰還する予定だ。その200名は新モーデル軍の教官になる予定である。


 やってきたセルフィナ一行と護衛部隊を率いてきた部隊長をキーン以下4名が出迎えた。簡単な挨拶のあと、キーンとノートン少佐はセルフィナたちを兵舎の会議室に案内し、ゲレード中佐とボルタ兵曹長は、部隊長と護衛部隊を案内して昼食の準備できた兵舎の食堂に案内していった。


 会議室のテーブルの上には、テーブルクロスが掛けられ皿に盛られたパンと食器類が並べられていた。皿類はローエン軍が駐留地に置いていったもので、パンはヤーレムから取り寄せている。


 しばらく待っていると、案内を終えたゲレード中佐とボルタ兵曹長も会議室に入り席に着いた。セルフィナの連れてきた侍女2名は遠慮していたが、無理やり席に着かせている。キーンたち4人がセルフィナたち4人の正面に座った形で、キーンの正面にセルフィナは座っている。


 全員揃ったところで、会食は始まった。



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