第306話 エルシンよりの使者


 アービス連隊がモデナの駐留地を後にした翌日。


 エルシンより使者がモデナに到着した。使者を護衛する兵士の大半は南東ギレアとモーデルとの国境で待機しており、モーデル国内へは10名だけが使者に同行している。そのかわり多数の荷馬車が使者の乗る馬車の後に続いていた。



 聖王宮内の庁舎で執務中だったメアリー・ソーンは、警備中の兵士から、エルシンの使者が1時間ほど後に聖王宮に訪れるとの先ぶれが到着したことを知らされた。


 エルシンは1カ月前にモーデルから追い出されているわけで、当のモーデルに使者を寄越したということはかなり奇妙なことだ。メアリーには使者の用件を想像することができなかった。


 とはいえ、使者に会わないわけにはいかないので、使者を迎え案内させるため、聖王宮の正門前まで部下を遣り、自分はテーブルと椅子以外何もない宮殿の応接室で使者が案内されてくるのを待つことにした。




 応接室に案内されてきたのはエルシン国王の親書を持った使者と随員2名。モーデル側はメアリー一人である。


 受け取ったエルシン国王からの親書には、使者の身分の証明と、自身の代理であるむねが記されていた。


「手違いがございまして、聖王宮から持ち出してしまいました金品などをお返しするためまかりこしました」


 使者はモーデルから追い出されたことには一切触れず、頭を下げた。超大国からの使者、しかも国王の代理としての使者とは思えないような物言いであり物腰である。


 聖王宮から根こそぎ金品を持ち出しておいて、手違いなどあるわけはないが、相手が下手に出て持ち出した金品を返還すると言っている以上、メアリーもそれなりの返答をした。


「手違いは誰にでもあるものですし、返還していただけるのなら問題ありません。

 それで、今回のご使者の用件は金品の返還のみでしょうか?」


「できれば、現在のモーデルを治めておられる方にご挨拶させていただければと思っています」


「現在モーデルは、聖王陛下の嫡女・・であらせられるセルフィナ殿下により治められています。

 殿下は現在サルダナ・・・・で遊学中ですので、お引きあわせはすぐにはできませんが、年内にはモーデルにお戻りの予定です」


 サルダナに遊学中のセルフィナが国を取り戻したということは、当然セルフィナの後ろ盾はサルダナということになる。目の前の女性もこの若さで聖王宮を取り仕切っており、有力な官僚をほとんど失ったモーデルに、サルダナから送られてきたと考えるほうが自然だ。そしてエルシンにとって最大の問題であるデクスシエロとその操縦者もサルダナの手中にあるものと考えられる。


「そうでしたか。それは残念です」


「聖王陛下は御存知の通り行方不明・・・・・・・・・・ですし、このまま聖王位が空位というわけにもいきませんので、殿下がモーデルにお戻りになられ次第、新聖王として即位いたします。

 戴冠式は来年3月末大々的に・・・・執り行う予定です」


 こう告げられた使者は、現聖王に対するモーデル、いやサルダナの考えを理解した。


「その節には、わが国からも然るべき者がお祝いに参りますのでよろしくお願いいたします」


「もちろんです」


「ありがとうございます。

 それで、よろしければ、デクスシエロを操っておられた方にご挨拶させていただきたいのですが?」


 メアリーはここでようやく、エルシンからの使者の用件を悟った。彼らは最強のアーティファクト、デクスシエロについて、名前以上のことを知っており、怖いのだと。


「こちらもすぐにと言うわけにはまいりませんが、おそらく戴冠式の日には、お引きあわせできるかと思います」


「了解いたしました」


 エルシンからの使者はメアリーとの短い会談を終え、返還物を置いて帰国した。




 エルシンから返還された金品の内、宮殿内に飾ってあったものはそのまま飾り直し、その他の金品は宮殿の宝物庫に収納した。エルシン側から手渡された目録によれば、金貨だけでも200万枚を超えており、今回だけでは運びきれず、来月第2便が届くことになっている。


 モーデルは小国であり産業も盛んではないとメアリーは考えていたが国自体は意外と裕福だったようだ。


 エルシンから返還された調度品は順に飾られていき、空になっていた本棚にも分厚い本などが並べられ、豪華な天井画や壁画と相まって宮殿内はいっきに豪華になった。


 メアリーは、雇い入れた作業員たちが返還された調度品を宮殿内に順次飾り付けていく作業を眺めながら、


――さすがは歴史ある国だけのことはある。ここに比べると、サルダナの宮殿はちょっと味気ないというか。質実剛健を絵に描いたというか。


――いくらデクスシエロが怖いと言っても、ここまであの・・エルシンが譲歩するところは逆に気味が悪い。デクスシエロはタダの軍事アーティファクトではないのかもしれない。エルシンは何を知っている。こちらの情報が不足しているので迂闊うかつにカマもかけられないし。情報を集めながらエルシンの高官たちがやってくる戴冠式の日まで待つしかないか。


 メアリーは部下にデクスシエロについて聖王都内の知識人や古老などから情報を集めるよう指示を出した。自分は空いた時間、返還された本の中になにがしかの情報がないか調べてみるつもりだが、これについては自分でも成果は期待していない。


――戴冠式と言えばもう半年しか無い。戴冠式に訪れる各国の要人を泊める宿の手配が必要だが、このモデナ、格式のある宿がそれなりにあった。なにか特別な手を打たなければならないかと心配だったが、要人たちの護衛としてやってくる兵隊たちの宿舎を手当てする程度でなんとかなりそうだ。



 モーデル国内は徐々にエルシン以前の状態に戻りつつあり、モデナを中心にモーデル全土の活気も少しずつ戻っていった。



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