第304話 引き継ぎ4、置き土産3


 9月に入り、予定通りサルダナより官僚団の第1陣総勢20名と官僚団の護衛を兼ねた近衛兵団からの派遣部隊2個中隊がモデナ入りした。魔術師小隊から官僚団以下のモデナ到着間近の報告を受け、サルダナ解放軍からは駐留地への案内のため、ちょうど駐留地で訓練中の第1中隊から中隊長以下10名をモデナの北門まで迎えに派遣している。


 官僚団と近衛兵団の兵隊たちは当面、キーンたちの駐留地で寝泊まりすることになる。すでに、輜重部隊の第2陣も到着しており、駐留地の食料や備品なども余裕が出ている。


 キーン以下サルダナ解放軍幹部4名は、駐留地の門の前で官僚団と近衛兵団の兵士たちを迎えた。


 官僚は通常、箱馬車で移動するが、箱馬車の場合20名で移動するとなると、4台から5台必要となるため、今回は官僚団団長のメアリー・ソーンの指示で幌馬車2台に総勢20名で乗り込み移動している。


 待ち受けていたキーンたちの前に幌馬車が止まり、中から官僚団の面々が降りてきた。


 キーンの隣に立つゲレード中佐は「ほう。幌馬車で。なるほど」などと感心したふうだった。


「アービス将軍閣下、出迎えありがとうございます」と、メアリー・ソーンが礼を言い、彼女の部下の官僚たちが頭を下げ、近衛兵団の兵士たちが敬礼した。余談だが、メアリー・ソーンはサルダナを出るとき、キーン・アービスは聖王の実子であり、セルフィナの異母兄であることを父ネヴィル・ソーンから聞かされている。


「それでは官僚団の皆さんは小官がご案内します」


 そう言ってゲレード中佐がメアリーたちを彼女たちが寝泊まりする兵舎の1棟に案内していった。


「近衛兵団の方々は自分についてきてください」と、ボルタ兵曹長が近衛兵団の面々を別の兵舎に案内していった。


 サルダナからの一行は荷馬車を数台同行しており、それらはノートン少佐が荷降ろしの手伝いのため10名ほどの兵隊を伴い駐留地内の倉庫に連れていった。荷馬車の荷は官僚団用に用意した倉庫と近衛兵団用に用意した倉庫にそれぞれ降ろされていった。


 積荷を降ろした荷馬車は明日には少数の護衛とともにサルダナに帰っていく。



 モーデル解放軍とすれば、本来なら歓迎会を開くべきところなのだろうが、そこまで余裕がなかったのでやむなく当日の食事だけ供することになった。明日からは各自で用意してもらうことになっている。キーンたちは人を雇っていないが、官僚団などはすぐに人を雇うのだろう。


 明日になれば、モデナの旧役人たちがやってくる手筈になっているのでそのへんは抜かりなく進んでいくはずだ。


 荷物を片付けた官僚団についてはキーンたち佐官が対応し、近衛兵団からの2個中隊については、ボルタ兵曹長と駐屯地に残っている中隊長たちが対応して今日から引き継ぎを行うことにしている。


 用意した会議室でキーン、ゲレード中佐、ノートン少佐が席に着き、その向かいにメアリー・ソーン以下5名の官僚団幹部が席について引き継ぎ会議が始まった。


「アービス将軍ありがとうございます。それでは、さっそく。

 聖王宮内は身ぐるみ剥がれて、金貨はもちろん換金できるようなものはなにもないというお話でしたが、それは国庫がカラということでしょうか?」


「モーデル聖王国でどこかに秘蔵でもされていない限り、モーデルの国庫はカラっぽと考えていいかと思います」


「わかりました。いちおうサルダナからある程度資金は持参していますがおそらく6カ月ほどで底をつくでしょう。

 それまでに徴税できるように国内を整備しなければいけません。かなりの人を雇うことになると思います」


「雇用のことですが、明日の朝、エルシンが来るまでモデナで役人をしていたという人たちを呼んでいますので、紹介します」


「ほう。重ね重ねありがとうございます。将軍はお若いのによく気がつかれる」


「いえ、うちの本営士官や先任兵曹長たちが優秀なだけです」とキーンはそつなく部下を持ち上げた。


「それと、みなさんがサルダナから持参した資金がどの程度かは分かりませんが、この駐留地にある程度の貴金属の地金を用意しています。クリスの話だと国なら貴金属として売ってしまうより硬貨を鋳造したほうがいいだろうと言っていましたのでそんな感じで使ってください」


「クリスが以前妙なことを聞いてくるなと思ったのですが、このことでしたか。貴金属の出所はお聞きしませんがそのように取り計らいます」


「僕の方はそんなところかな。

 メアリーさんの方からなにか質問がありますか?」


「一番の懸案だった役人の雇用については、伝手つてを用意していただきましたので大きく前進しました。

 あとは、そうですね。このモーデル国内で貨幣を鋳造できればそれに越したことはありませんが、できないようならサルダナに発注することになります。その辺りは明日モデナの役人だった方々にうかがえばよろしいでしょう。ちなみに閣下がご用意された貴金属の量はどの程度でしょうか?」


「正確ではありませんが、金、銀、銅おのおの10トンです」


「えっ? 今10トンと聞こえたのですが?」


「はい。10トンです」


「えーと、金も10トンですか?」


「はい。どれも10トンです」


「あのー、サルダナの国としての1年間の支出はざっくり言ってロドネア共通金貨換算で200万枚。ロドネア共通金貨には1枚あたり金は2.5グラム含まれています。金貨400枚で金1キロ。200万枚でちょうど5トンになります。10トンの金ですと金だけで・・・・サルダナの支出2年分に当たります」


「サルダナの2年分といえばかなりの量という感じがしますが、10トンと言っても金だと思ったほど量はないって感じですよね」と、キーンはこともなげに答えた。


 キーンの今の受け答えを聞いたメアリーは、キーンに話が通じていないような気がしてきた。サルダナの年間支出が金貨200万枚と言ってもあくまで200万枚相当・・であって、物品なども多く含まれている。税として徴収した農産物などは現金化せずそのまま軍などで消費する場合も多い。農産物以外でも物納されるものは多い。当然そういった物も国の収入=支出として含まれているのだ。


「すぐそこにありますから、今から見に行きますか?」


 駐留地の中に金があるとか、さらにおかしなことをキーンが言い始めたので、とうとうメアリーは妹クリスの婚約者として目の前の将軍閣下は大丈夫なのかと思い始めてしまったのだが、キーン本人が10トンもの金を見せるというのだから見せてもらうことにした。




 ゲレード中佐は当然メアリーの言いたいことも分かったしキーンが戯言たわごとを言っているわけではないことを知っているので面白そうなものが見れそうだと期待してキーンの後についていった。



 キーンの後について会議室を出た一同は、少し離れた場所に建つ1棟の兵舎の前まで歩いていった。もちろんすでにキーンが壊した床板などは片付けられていたし、床下を掘り下げた土砂も片付けられている。兵舎の周りには人はいない・・・・・


「この中です」


 キーンがずんずんと兵舎の中に入り、左に折れて、最初の部屋の扉を開けた。


 扉の外から中を眺めたメアリーは、床がなくなったうえに地面が掘られ、その底にキーンの言う通り金、銀、銅が大量に積まれているのを目にした。そのことに驚くと同時に、その意表を突く貴金属の扱いに唖然としてしまった。これではまるで農家が床下に根菜などの作物を貯蔵しているようなものである。しかも部屋には鍵はかかっていないようだし、建物の前には見張りなど誰もいなかった。


「サルダナの予算の2年分もあればある程度は保つでしょう。もし足りないようなら取ってきますから、僕たちがここを離れる前に言ってください」


 義理の弟になる予定のキーンに言わせれば、金、銀は簡単に取ってくることができるものらしい。


 もし、キーンが金銀を「取ってくる」ではなく「創る」と言っていたら、大魔術師は伝説の錬金術師になったと確信するところだった。しかし、よく考えたら魔術師であれ何であれ、簡単に金銀を取り出せるなら実質錬金術師だ。メアリーはキーンのことはある程度は理解しているつもりだったが、少し頭痛を覚えた。

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