第22章 モーデル聖王国

第301話 引き継ぎ1


 ゲレード中佐とボルタ兵曹長に部隊のことは任せて、キーンはデクスシエロで操作を学んであそんでいた。今ではデクスシエロでの「転移」も可能になっている。試してはいないが、その気になれば、雲で覆われていない限り、ロドネアのどこにでもデクスシエロは上空から転移できるわけだ。


 本当はデクスシエロで空を翔んでいたかったのだが、空を飛ぶときデクスシエロは発光するためかなり目立つので、訓練場の隅で大剣の扱いをもっぱら訓練していた。


 デスクシエロの持つ大剣は、飛行練習中見つけたヒノキをキーンがエアカッターで切り倒し、幹を少しずつ削って作った木剣を強化変性したしたものだ。


 キーンが削りだした木剣はデクスシエロに合わせたものなので、あまりに巨大だった。そのせいか、変性させようと強化を重ねて木剣真っ黒に変色した後、金剛斬バジュラスラッシャーなみに強くしようとキーンは強化をかけ続けたが、金剛斬バジュラスラッシャーのように半透明にならず刃も立たなかった。青白いデクスシエロが真っ黒な大剣を持つとかえって迫力があるようだったのでキーンはこれで良しとした。キーンはその大剣を『黒柱ブラックピラー』と名づけた。『黒柱ブラックピラー』はキーンの完全な手作りのため少々いびつだったが、重心はちゃんと剣身の中央にあるため扱いに支障はない。



 デクスシエロが大剣『黒柱ブラックピラー』を構えて振り回す分には何も問題はなかったが、持ち歩くのが難しいという問題が起こった。『黒柱ブラックピラー』には刃がないしデクスシエロに当たってもデクスシエロに傷がつくわけでもないので鞘は必要ないのだが、デクスシエロに取り付ける方法がなかった。


 ロープで誰かが・・・デクスシエロの背中にでも括り付けてやれば取り付けることはできそうだったが、それだとデクスシエロでは大剣を取り外すことができなくなる。しかも『黒柱ブラックピラー』は相当な重さがあるためデクスシエロが急激な動きをするとロープが簡単に千切れそうに思えた。


 結局、黒柱ブラックピラーは抜き身のまま片手で持ち運ぶことになった。人がそんなことをすれば問題だったろうが、巨大なアーティファクト、デクスシエロがそういった危険物を持ち歩いたところで、もともと危険性のフリ切れたデクスシエロだから問題なしとキーンは勝手に納得している。


 黒柱ブラックピラーについてはそういった感じなのだが、何か大変なことが起こりそうな予感がして、今のところキーンはデクスシエロのキーワード『フェンディ』だけは試していない。それでもいずれは試さなくてはならないと思ってはいる。




 モーデル解放軍がモデナに入って2週間が過ぎた夕刻、輜重部隊の第1陣がモデナに到着した。これはモーデル解放軍への消耗品の補給部隊であり、この部隊に続いて後日モーデルへの援助物資が届けられることになっている。援助物資を届ける輜重部隊にはサルダナ、ローエン両国の商人も同行しており、以降はサルダナ、ローエンとモーデルとの交易が行なわれることになる。


 ただ、モーデル側には売るべき商品として有力な物がないため、一方的な取引になってしまう。そのうえ、モーデルの国庫は現状空っぽなので、サルダナ、ローエンからみた場合、交易とは名ばかりの「掛け売り」ということにならざるをえない。モーデルが国として現状機能していないためこの「掛け売り」はサルダナが保証することになる。



 9月に入れば、サルダナより官僚団の第1陣と近衛兵団からの派遣部隊がモデナ入りすることになっている。キーンの率いるモーデル解放軍は官僚団と近衛兵団からの派遣部隊に引き継ぎした後、速やかに解散し、アービス連隊として、いったんサルダナに帰還する予定だ。サルダナではセントラムの駐屯地に戻るのではなく、ローエン軍が使っていたヤーレム駐留地の一部を利用して駐屯地とすることになっている。そこで駐屯していれば、モーデル、ギレンでの有事の際迅速に対応できるとの軍本営の判断である。


 このことについてゲレード中佐はキーンに向かい、


「ローエンがヤーレム駐留地を引き払った後、サルダナで施設を引き受けるといったのは、その時点でアービス連隊をこの地に移そうと考えていたのでしょう。

 官僚団が到着し、近衛兵団に警備を引き継げばしばらくヤーレムでゆっくりしましょう。

 しかし、モーデルの国庫がカラの状態では官僚団もある程度の現金とともにやってくるのでしょうが、できることは限られるのでしょうね。今のモーデルの状態だと徴税もママなりませんから難儀なことだ」


「そうだ! 官僚たちが来る前にきんをいくらか宮殿に運び込んでおこう」


「金?」


「そういえばゲレード中佐には言っていなかったか。

 実は、大量の貴金属を以前モーデルの山中にある遺跡で見つけているんです」


「そ、そうなんですか。大量というと?」


「金の延べ棒の小山がいくつも」


「小山ですか?」


「そう。あとで計算したら一山7000トンほどでした」


「7000キロではなく7000トンの小山ですか?」


「金の他にも銀や銅、よくわからない金属もありました」


「それをモーデルのために」


「今でさえそれなりにお金を持ってるし、自分じゃ使いきれるもんじゃないから」


「なるほど」


「僕の婚約者のクリス・ソーンのお姉さんが官僚団の団長として来るらしいから、うまく金を使ってくれるんじゃないかな」


「連隊長の婚約者の姉ということは、次期ソーン侯爵、名まえは確か、メアリー・ソーン」


「そう。クリスが言うには、金銀があるなら売るより貨幣を鋳造したほうがいいだろうって。メアリーさんはそのへんも詳しいそうだから」


「なるほど。小官はモーデルの財政が逼迫してセルフィナ殿下が即位してもかなり厳しい国家経営が続くのではと心配していましたがそれなら安心です」


「そういことだから、ちょっといって取ってきます。追加は簡単だし、当面10トンもあれば十分でしょう」


 そう言ってキーンは宮殿の方に歩いていってしまった。


 キーンの『ちょっといって10トン』には呆れたゲレード中佐だが、7000トンもある金の小山がいくつもあれば、そんな感覚にもなるかもしれないと一瞬だけ思ってしまった。


『ない、ない。あるわけない。呆れて当然だ。こっちまで感覚がおかしくなるところだった』


 そう思ったゲレード中佐は、その後、苦笑いした。


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