第297話 翔べ! デクスシエロ4


 デクスシエロの操作もなんとかできるようになったキーンは意気揚々とゲレード中佐たちの前に転移した。



「連隊長、ついにやりましたな」


「さすがです」


「いやー、そんなに大したことじゃありません」


 そう答えるキーンの顔がニヤついている。


「上空からは何が見えるのですか?」


「デクスシエロで上がれる限界まで昇ったと思うけど、このロドネア全体が見渡せました」


「ほう。それは羨ましい。一度小官もデクスシエロに乗せて頂きたいものです」と、ゲレード中佐。


「転移以外ではデクスシエロの中に出入りできないようなので、まず、デクスシエロの操作に慣れて、その後人の転移ができるようになったら、いいですよ」


「期待しています」


「あのー、私もよろしいですか?」おずおずと、サファイア・ノートン少佐。サファイアは主人であるセルフィナを差し置いて自分がデクスシエロに乗るのはおこがましいことだとは思ったが、キーンがセルフィナにそういったことを話すとは思えないので黙っておけばいいと思っている。


「もちろんいいですよ。中は2メートルほどの球なのでかなりきつくなりますが、3人までならなんとか大丈夫でしょう」


 などとキーンは安請け合いしていった。



 この日も大きな収穫のあったキーンはほくほく顔で二人を引き連れて駐留地に帰っていった。


 その日キーンは、軍本営への報告のほかセルフィナに対してもデクスシエロを翔ばすことができたと手紙を書いている。


 その手紙を受け取ったセルフィナは一読後、ルビーにも見せたが、ルビーはセルフィナ以上に喜んでいた。


「殿下、モーデルに帰られたら、アービスさまに最初に・・・デクスシエロに乗せていただかなくてはなりませんね!」と提案し、セルフィナは嬉しそうに頷いていた。




 デクスシエロの基本的操作は『デクスシエロ』のキーワードのあとにデクスシエロに動作させたいことを思い描けばいいということが分かったので、翌日からキーンは暇を見つけてはデクスシエロに乗り込んでモデナ上空を翔び回って慣らしていった。最初、光り輝く巨人が100メートルほど上空を飛び回る姿を見てモデナの住民は驚いて建物の中に閉じこもり、街に人影がなくなったのだが、それが、モーデル解放軍の総大将が操っている巨人だと知れ、そのうち怖がる人も減っていった。モデナの古老などは、デクスシエロの言い伝えを知っている者がいて、モーデル帝国の復活を予感するものもいた。


 デクスシエロに乗って自由に飛び回れるようになったので、次にキーンは人を転移させることができるか試すことにした。人の転移を試す前、確認のため、街で見かけた野良犬で転移を試してみた。問題なく転移は成功したが、驚いた野良犬はその場でくるくる回ったかと思ったら、やってきた方向に走り去っていってしまった。


 次に実際の人で転移を試そうと思ったのだが、さすがに勝手に他人に対して転移を試す訳にはいかない。どうしようかと悩んでいたら、ボルタ兵曹長が「それでしたら自分が志願します」と言ってくれた。


 もちろん転移の人体実験は大成功だった。


「一瞬目の前が暗くなったかな? と思ったら景色が変わっていてびっくりしました。いやー、これは便利ですな。アッハッハッハ」といつもながらのボルタ兵曹長だった。


 これで、人の転移も可能になった。



 準備万端整ったキーンは、約束通りゲレード中佐、ノートン少佐3人でデクスシエロに乗り込んだのだが、床の円盤が思った以上に小さく3人では妙な具合に身体が密着してかなり都合が悪いことにキーンは気づいてしまった。ゲレード中佐もノートン少佐もこれくらい構わないと言ったが、キーンが構うので、一人ずつ乗せることにした。


 最初はゲレード中佐。


「それじゃあ、これから飛びます。

 デクスシエロ、ソウ!」


 デクスシエロが上昇を始め、徐々に速度を上げていった。いまでは自在にデクスシエロをキーンは操ることができたが、最初は上に昇れるだけ昇ることにした。


 球面の壁に映し出される外の景色を無表情になったゲレード中佐が食い入るように眺めている。そして、とうとう上昇限度に達してデクスシエロは停止した。


「これがロドネア。あっちがソムネアで、こっちがエルシン。エルシンの土地は豊かそうですが、ソムネアの地は砂漠?だらけで厳しそうだ。

 連隊長の話だと意識を凝らせば、遠くのものの細部まで壁に映し出されるそうですが、当たり前ですが小官が意識を凝らしてもダメでした。ここからサルダナの様子を見せてくれませんか」


 確かに複数の登場者がてんでバラバラに外を眺めていたら何を映しだしていいかデクスシエロも判断できないだろうから、キーンしかそういった操作はできなくしているのだろう。


「いいですか」


「はい」


 キーンがサルダナの方を向いて意識を凝らしていくと徐々に壁に映る外の様子が拡大されていった。


「今見えているのがセントラムです。

 で、さらに中を拡大していくと、これが王宮で、その隣りにあるのが僕たちの駐屯地。今は事務員たちくらいしかいないから訓練場には人はいないな」


 ゲレード中佐は口を開けたまま壁に映った映像を見ている。そこで、


「連隊長、連隊長がセントラムや駐屯地を見ているということは、ここから転移でセントラムに一瞬で帰れるということですか?」


「そういえばそうですね。試してはいないけれどおそらくできます」


「本当になんでもありですね」


「このままデクスシエロに乗ってちょっとセントラムまでいってみますか?」


「いえ、止めておきましょう。この光はかなり目立つし、知らない人がこのデクスシエロを見れば腰を抜かすかも知れません」


「軍には報告しているのでそこまでは驚かないと思うけどやっぱり止めておきましょう」



 ゲレード中佐のあとノートン少佐を乗せて同じように空を飛んだのだがノートン少佐は終始黙ったままだった。


 この時のノートン少佐の頭の中は、


――アービスさまがこうしてデクスシエロを自在に操ることができるようになった。つまりアービスさまこそがモーデル帝国の正統な後継者であることを証明したことになる。


――アービスさまの気が変わり、自分がモーデルの王、いえ、皇帝になると言えば誰も止めることはできない。その時私はどうする?


 という考えで頭の中がぐるぐるしていたのだが、当のキーンは、


――確かにこの光はどう見ても強化の光だし目立つよな。空を翔んでたらまるわかりだもの。なんとかできないかな? こんなに大きいと半変性させた布で覆うのも簡単じゃなさそうだし、どうしたものか。


――そういえばさっきからサファイアさんが黙っているけれど、あまり面白くなかったかな? ここはサービスして、旋回でもしてやるか。少しくらい目立っても大丈夫だろ。


 などと考えていた。


 そのあと、キーンは上空でくるくるとデクスシエロを旋回させてみたのだが、目の前の景色はクルクル回るのだが足元がしっかりしている関係で妙な感覚になる。キーンは慣れてしまっているので何ともなかったが、ノートン少佐は目を回してしまったようだ。世の中は良かれと思ってやったことでも期待通りの結果が得られないことは多々あるのだとキーンは一つ賢くなった。



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