第292話 転移魔法


 キーンはジェーンから聞いていたデクスフェロの操作を真似て球体の中で体をいろいろ動かしてみたが、デクスシエロはなにも反応しなかった。


 身体を動かすわけではなさそうだったので、次に言葉に反応するのか試したところ、わずかに足元で振動を感じたのだが、それだけだった。そもそもデクスシエロがキーンの『言葉』を理解できるのかはなはだ疑問だ。頭の中に響いた『言葉』をキーンが全く理解できなかったように、デクスシエロもキーンの言葉を理解できない可能性は高い。


『それに、言葉でいちいち指示を出さなくてはならないようではマトモな戦いなどできないよね。とすると、何か他の方法があるはずだ』


 とキーンは思いついたのだが、どういった方法があるのかは見当つかなかった。


『下の二人も心配してるだろうし、そろそろここから出ないと。

 あれっ? どうやったらここから出られるのか分からないぞ。

 入ってきたのが「転移」だったから、出るのも「転移」なんだろうけど、もう2、3回転移を経験しないと、まだ僕には「転移」は使えないし』


 このまま出られなければ、そのうち死んでしまう。そう思うとキーンも少し怖くなった。


『新人たちの魔術の教育のときにエラそうに言ったけど、ここは初心に戻って、身体に魔力を巡らして、効果を念じながらきっかけの言葉を口にしたらなんとかなるかも?』


 キーンはさっそく身体中でぐるぐる回っている魔力を意識して、ゲレード中佐たちの隣に立っている自分を想像し、「転移!」と口にした。


 一瞬目の前が暗くなったあと、キーンはゲレード中佐の前に立っていた。


「『転移』ができた!」


 キーンにとってデクスシエロの中から脱出できたことより、『転移』が発動したことのほうが嬉しかったようだ。


「連隊長、お帰りなさい。

 それで中はどうでした?」


 ゲレード中佐は『転移』に驚いたふうでもなく、キーンにデクスシエロの中の様子を聞いた。


「さっきまで球形の小部屋の中にいたんですが、その球の内側の壁に外の様子が透けてと言うより映ってるんです。なんとか動かせないか中でいろいろ試したけどダメでした」


「連隊長でも動かせないとなるとやはり誰も動かせないでしょう。

 このあと、どうします?」


「ここに居ても仕方がないから、いったん駐留地に帰りますか。

 その前に、もう一度中に入ってみます」


 先程、『転移』が発動してデクスシエロの中から外に出ることができたのだが、今ひとつ『転移』を自分のものにしきれていないと感じたキーンは、再度『転移』を体感しようと思った。


「デクスシエロ、『インペルム!』」


 キーンが二人の目の前から消えたのだが、すぐにまた現れた。


「わかった。

 これでいつでも『転移』できる。物語の中で出てきた『転移』は自分の知っているところならどこでも『転移』で行けたけど、僕の場合は見えてる範囲だけだ。それでもこれは使いでがある。

 階段魔術を使わなくても相手の頭上に『転移』してそこから金剛斬バジュラスラッシャーを叩きつければ大物でも簡単に倒せる」


 キーンが自由に『転移』を使えるようになったと独り言をブツブツ言っているので、またも二人は驚くと同時に呆れてしまった。


「われらの将軍閣下はなんでもありだから」


「そうですね」



 自分の世界から帰ってきたキーンが、


「それじゃあ、部隊のもとに帰りましょうか」


「連隊長、デクスシエロはこのままでいいんですか?」


「誰も動かせないし、中に入れないからそのままでいいでしょう。聖王宮内は部隊が警備してますし」


 デクスシエロはそのままにして、3人は聖王宮殿の中庭から宮殿を通り聖王宮を抜けて駐留地に帰っていった。


 帰っていく道すがら、キーンはまた『転移』のことを考えていた。


『今回自分を「転移」できるようになったけど、他の人や物を転移できるのかな? 理屈は同じだし、僕ならできそうな気がする。やってみればいいだけだから、試してみよう』


 目についた道端の石ころを『転移』で少しだけ移動させようと、キーンは口に出さず頭の中で『転移!』と念じた。


 小石は元あった場所の隣に、元からあったように転がっていた。


『あれ? いま転移したよね。近すぎて転移したのかしなかったのか、よく分かんなかった。もう少しはっきりとしたところに転移させとけばよかった。今度は、空中に転移させてやろ。それならはっきり分かる』


「転移!」


 今度は小石は10メートルほどの高さに現れて、速度を上げながら道の上に落ちてきた。


 小石が落ちてきたカランという音に、ゲレード中佐とノートン少佐があたりを見回している。



「いま、小石が空から降ってきませんでしたか?」とゲレード中佐。


 キーンはニマニマしながら、


「さっきのは『転移』で道に転がっていた小石を空中に転移させたもので、そこから落っこちた小石が音を立てただけです」


「ということは、自分が転移できるだけでなく、物を転移させることができたということですか?」


「そういうことです。目に見える範囲の物を目に見える範囲に転移させることができるようになっただけ・・ですけどね」


『だけ』とか言っている割にキーンは顔をニマニマさせている。非常にわかりやすい。


「ということは、人も転移させることが?」


「人も物も僕にとっては区別はないから転移できると思います」


 ゲレード中佐もノートン少佐も相変わらず驚いている。今度の驚きの方が大きいようだ。先程の小石のように空中に転移させられてしまえば、誰も宙を飛べない以上地面に落下するしかない。よほど頑丈でなければ、それだけでオシマイだ。


 キーンはデクスフェロを仕留めた時地面に大穴を空けて落としたが、タイミングを取らなければ回避される。現に『黄金の獅子』には簡単に回避されている。今回の転移にはそういった弱点はない。魔術耐性が高ければ転移を回避できるかどうかは分からないが、おそらく魔術耐性では転移は回避できないだろうとキーンは薄々思っている。


『でもよく考えたら空中に転移して落っことしてもいいけれど、それだったら地面の中に転移させたらより効果・・は高いはずだ』


 なかなかいいことを思いついたキーンの表情がニマニマからニヤニヤにレベルアップした。


『まずは物の中に物を転移させることができるかどうかだ。

 ファイヤーボールのような魔術だと、その気になれば石の中でも発現できるから、物も石の中に転移させることができるハズ。でも試さないとできるとは言い切れないから、まずは石の中に石を転移させたらどうなるのか確認だ。そんなことをすると何が起こるかわからないから試すときはかなり離れた場所で試そう』


 すでにキーンは石の中に石を転移させることを試してみる気でいる。


『まして、人を石の中に転移させたらエライことになりそうだ。逆に人の中に小石を転移させることもできるな。どっちもされた方はかなりひどいことになると思うけど』


『あと、試さないといけないのは、どのくらいの大きさ、重さを一度に転移させることができるのかってところか』


 などと、また自分の世界に入っていったようだ。それでもちゃんと足は駐屯地の方に向かっている。



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