第291話 巨人2、『デクスシエロ!』


 名まえを呼べばなにか反応があるかと思ったキーンはデクスシエロに向かって名まえを呼んでみた。


「デクスシエロ!」


 ……。


『やっぱり、反応ないか。うん?

 何か聞こえた。というか、どこかで音がしてる?

 頭の中で音がしてた?

 もう一度、呼んだらまた音がするかな』


「デクスシエロ!」


『やっぱり、頭の中で音がしてる。これは言葉なのか? うーん、何か僕に尋ねてるのかな?』


 キーンがデクスシエロに呼びかけていたら、デクスシエロから少し離れて立っていたゲレード中佐がキーンに向かって、


「連隊長、われわれの旗の紋章と同じ楓の紋章が巨人の胸で赤く光ってます」


 キーンも少し下がって見上げたところ、たしかに紋章が光っている。


「アービス連隊長、連隊長の左手の甲が赤く腫れてます」と、今度はノートン少佐。


 キーンが自分の左手の甲を見るとたしかに赤くなっている。膨らんでもいないし全く痛くはないので腫れているわけではない。強いて言えばアザが急にできたようなものだ。そのアザの形がデクスシエロの胸の紋章によく似ている。


「このアザ。うーん」


 アザは左手の甲に急に浮かんだような気がするが、キーンがデクスシエロに呼びかけたことがきっかけになったような気もする。


「モーデル帝国・・の皇族にゆかりのある連隊長の身体からだが巨人に反応したのでは?」


「アザも不思議だけど、さっきデクスシエロと言って呼びかけたら、頭の中に僕では理解できない言葉のような音が響いたんですよ。なんか僕に話しかけてるような。

 巨人が僕に話しかけてるとして、何を話しかけてくると思いますか?」


「連隊長に話しかけているのは、連隊長だから反応したのか、呼びかけられたら誰にでも反応するのか、そこらを試してみましょう。

 小官が巨人の名まえを呼んで何か反応があるか確かめてみます」とゲレード中佐。


「デクスシエロ!」


 ……。


「やはり、何の音も聞こえませんでした。

 予想通りではありますが、アザのこともあるし、連隊長だからこそ、巨人が話しかけたのでしょう」


「そうだと仮定して、僕はなんと答えればいいのかな?」


「デクスシエロと巨人の名を呼んだわけだから、こんどは自分の名まえを答えるとかですか」


「アービス連隊長、きっとそれです。セルフィナ殿下のあの・・ペンダントは聖王家の姓『インペルム』と呼びかけたら反応しました」と、ノートン少佐。


 ゲレード中佐はセルフィナとキーンの持つ双子のペンダントのことは知らなかったが、そういった事があったのだろうとふつうに納得して話を聞き、もしそうなら可能性はありそうだとも思った。


「確かにそうですね。

 それじゃあ、試してみましょう。

 デクスシエロ、『インペルム!』」


 キーンが『インペルム』と口にしたと同時に、頭の中に理解できない言葉のような音が響いた。そのあとすぐにキーンの姿がゲレード中佐たちの前からかき消えた。


 巨人の胸の赤く光っていた紋章がキーンが消えた同時に明るくギラギラと輝き始めた。



「連隊長が消えてしまった。

 これは、伝説の『転移』では?」


「行き先はどこでしょう?」


「巨人の胸の紋章もすごいことになっていますし、一番可能性の高いのは、目の前の巨人の腹の中でしょう。闇雲に探し歩くわけにもいきませんから、ここでしばらく様子を見ていましょう」





 こちらはキーン。


『インペルム』と口にしたら、頭の中に言葉?が響き、そのあとすぐ目の前が真っ暗になった。「あれっ?」と思っているうちに辺りが明るくなったので、見回すとキーンは艶のある真っ黒の壁からできた球の真ん中に立っていた。ミニオンの殻の中に入って『ライト』を灯せばこんな感じかもしれないとキーンは思った。


『こんなところにきちゃったけれど、ここはどこなんだろう? 普通に考えればデクスシエロの体の中なんだろうけど、どうかな。ここがどこかは今のところわからないけど、丸い壁に写った自分が面白いな』


 キーンは球面に映る妙な具合に引き伸ばされた自分の姿が何だか面白く、手足を動かしてみたり、球面に顔を近づけてみたりしていたが、そんなことをしている場合ではないことを思い出して、周りをよく観察してみた。と言っても何があるわけでもなく、キーンの立っているのは銀色の平たい円盤の上で、頭の上には白く光る円盤があるだけの球の内側というだけだった。


『それはそうと、さっきのは爺ちゃんが夢にまで見たという「転移」だったよね。一回だけだと感じがつかめなかったけど、何度か出入りしたら『転移』をモノにできそう。というか、モノにできないとここから出られなかったりして。ハハハ、まさかそんなことはないよね? 転移についてはここを出た後に考えよう』


 球の中が明るくなって、ほんの2、3秒ほどしたら、黒いテカテカの壁のいたるところがチカチカと光り始めた。なにが始まるのかと思って壁を見ていたら、いきなり、目の前に聖王宮殿の中庭が見え、下を見ればデクスシエロの足らしいものの先にゲレード中佐とノートン少佐が並んでこちらを見上げていた。


「やっぱりここはデクスシエロの中だったんだ。ここで声を出すと、二人に聞こえるかな?

 おーい!」


 狭い部屋の中で大声を出したものだから、耳が痛い。


 予想通り、二人にはキーンの声は聞こえなかったようだ。


「そうだ、外が見えているんだから、地面に文字を書けばいいんだ」


 そう思いついたキーンは二人の足元に、魔術で『デクスシエロの中にいる。アービス』と書いた。


 芝の張られた地面なので、普通に文字を書くのは難しいかもしれないが、キーンが魔術で書く文字は文字の形に周囲とは違った色に、素材の色が変色するので、今回も問題なく文字が書けた。


「ゲレード中佐、足元に文字が」


「『デクスシエロの中にいる。アービス』と書いてある。やはり連隊長は中に入っていましたね。入ったんだから出てこられると思いますが。それとも名まえを言っただけでいきなり入ったから、自分じゃ出られないのかな?」


 キーンからの連絡を見て二人で話していたが、巨人には動く気配はないし、キーンもなかなか出てきそうにない。


「この巨人、全く動きそうにありませんが、大丈夫ですかね?」


「アービス連隊長が出れなくなってるってことはないでしょうか?」


「今のところは、なんとも。もし出れなくなっていたとしても、われわれではどうしようもないでしょう」


「そうですね。もしものときはどうします?」


「兵隊たちを呼んできていったん寝かせて出入り口を探すしかないでしょう」


「アービス連隊長はおそらくは『転移』で中に入ったんでしょうから、出入り口がないかも知れませんよ」


「その可能性は大いにあります。参ったな」




 ゲレード中佐たちはそれなりに困っていたが、デクスシエロの中のキーンは、なんとかして巨人を動かそうと考えていた。


「えーと、ジェーンの話だと、確かデクスフェロはこういった丸い部屋の中で動けばそのとおり動いたってことだから、試しに手足を動かしてみるか。

 まず右手を上げてみる」


 キーンが自分の右手を上げたが、デクスシエロは無反応のようだ。


「だめみたいだけど、いちおう左手も上げてみる」


 やはり無反応だ。


 その後もキーンは色々手足を緩急織り交ぜて動かしてみたが反応はない。


 今は隔絶された小部屋の中にいるので見ている者がいないからいいが、もし第3者がキーンの動きを観察していれば、軟体動物が妙な踊りをしているように見えたかもしれない。


「だめか。

 体を動かすんじゃないなら、言葉に反応するかもしれないな。

『デクスシエロ、動け!』」


 わずかに足元に振動を感じたキーンはデクスシエロが歩きだしたかと思ったが、デクスシエロはその場にとどまっていた。頭の中ではあの言葉は響かなかった。


「言葉にはわずかだけど反応するみたいだ。でも頭の中であの言葉は響かなかったし、『動け』だけじゃ、動きようもないからしかたない。もっと具体的に指示しないと。

 でも良く考えたら、音として『デクスシエロ』と僕は口にすることはできるけれど、デクスシエロの『ことば』は話せないし、デクスシエロも僕の話す言葉は理解できないんじゃないか?

 ということは、デクスシエロの言葉を僕が話せるようにならないといけない? でもどうやって?」


 球型の小部屋の中でしばらく頭を捻っていたキーンだが、何も思いつけなかった。






[あとがき]

球面に映る像に興味がお有りの方は、

https://www.youtube.com/watch?v=_EpWqVvN-38 を御覧ください。



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