第289話 聖王都3


 キーンたちモーデル解放軍は、聖王宮宮殿内で寝泊まりするわけにはいかず、聖王宮の敷地中で野営もできないので、ノートン少佐の案内で、聖王宮に隣接したモーデル軍の駐屯地を利用することにした。ノートン少佐も妹のルビー・ノートンともどもその駐屯地で訓練したことがあるという話だった。


 いわゆるモーデル軍は、モーデル連合がギレア南東部においてエルシン軍に敗れた際、約半数を失っている。その後、モーデルが実質エルシンの属国になり、モーデル軍も回復の目処が立たないまま、解体されてしまった。従って、現在モーデル軍は存在せず、駐屯地は無人で、検分したところ1区画だけが最近まで使われていたようだ。おそらくだが、その区画はエルシン兵が使用していたのだろう。人数的には1個中隊に相当する200名くらいか。かなり少ない。


 その他の兵舎はある程度傷んでいたが使用できないと言うほどではなかった。訓練場には雑草がところどころ茂っていたが、誰も使っていなかったためか凸凹はなかったので、とりあえずキーンがエアカッターで雑草だけは刈っておいた。あとで兵隊たちが刈り取られた草をまとめて焼けば訓練場はすぐにでも使えるようになりそうだった。


 聖王宮の警備に1個中隊の半分100名を残し、キーンたちが兵舎や訓練場の整備のようなことを始めていると、私服の男女10名ほどが駐屯地にやってきた。訓練場に出ていいたキーンが遠目で見た感じでは、上等な衣服を身に着けている。モーデルのそれなりの地位の者か、それなりの地位だった・・・者だろう。


聖王都モデナの顔役といったところか?」とゲレード中佐。


「そのようです」とノートン少佐。


 駐屯地に入ってきた男女が、いかにもなキーンたちを見つけたのか、キーンたちの方に向かってきた。


 その中で、一番の年長に見える男が、キーンの隣に立つゲレード中佐に向かって、


「こちらにモーデル解放軍の総大将閣下がいらっしゃると聖王宮でうかがい、ご挨拶に参りました」と言って、頭を下げた。残りの男女も同じように頭を下げた。


「その通り、こちらがモーデル解放軍総大将、アービス将軍閣下である!」と、ゲレード中佐は、ことさら大きな声でキーンを紹介した。顔は少しニヤけているような気がしないでもない。


 キーンも『総大将アービス将軍閣下』と紹介されて、少し嬉しくなった。それでも、気を引き締めて、やってきた連中に対して、将軍らしく鷹揚おうように、


「わたしが、アービスです。あなた方は?」


「失礼しました。私どもは、エルシンが都に現れる前この街の行政を担っていたものです」


「なるほど」


「この度のご戦勝のお祝いを述べにまかりこしました。

 この若さで将軍。アービス将軍閣下はもしやあの大賢者テンダロス・アービス師のご養子で、師を凌ぐと言われ、これまで戦った3度の戦い全てで大功をお立てになったキーン・アービス殿では? 将軍位にまで上り詰められるとはさすがです」


 キーンは顔がニヤけてしまうのをこらえて、真面目な顔をして、


「今回戦いで勝ったわけではなく、勝手にエルシン勢がいなくなっただけですけどね。それでもわざわざ挨拶にやってきてくれてありがとう」


 話し方だけは普通になったようだ。


「モーデル解放軍の行進をお見受けしたところ、サルダナの黒槍部隊ではないかと思ったのですが、やはりそうでしたか。

 それで、モーデル解放軍ですが、どういった軍なのでしょう?」


 このおじさんはキーンたちのことについて詳しいようだ。ただモーデル解放軍については初耳だったのかもしれない。そういえば、キーンたちも示威じいのための行進だけに気を取られて、何も自分たちが何者であるのか触れてはいなかったので当然かも知れない。


「われわれは、モーデルからエルシン勢力を一掃し、モーデルの正統なる後継者、セルフィナ殿下の王太子復権のため、有志として・・・・・軍を催した者です」


 キーンが『有志として』といったところで、ゲレード中佐が横を向いた。よく見ると笑いをこらえている。ボルタ兵曹長は『アチャー』というような顔をした。先方がモーデル解放軍はサルダナの黒槍部隊だと言っているのに今さら『有志』はない。


「そうでしたか。セルフィナ殿下はお隠れになられたとのことでしたが、やはりあれは事実ではなかったのですね」


「もちろんセルフィナ殿下はご健在です」


「われわれ聖王都の民はここ数カ月、聖王陛下のお姿をお見受けしていませんでしたが、この時期にセルフィナ殿下がお戻りということは、やはり、……」


「そういうことなので、セルフィナ殿下が早いうちに聖王位を継がれるかもしれません」


 なにが『そういうこと』なのかは不明だが、キーンはそう言ってみた。


 なぜか、目の前のおじさんもキーンの言葉に大きく頷いていた。



 しばらくそういった会話をした後で、


「それでは、われわれは失礼させていただきます。

 夕方までにはお祝いの食べ物、飲み物などをお持ちしますので、みなさんで召し上がってください」


 ギレアからモーデルへの街道上、荷馬車のたぐいはあまり見なかった。モーデルと西方各国との交易は極端に細っていると考えて良さそうだ。その分エルシンと交易が盛んに行われているかと言えば、聖王宮の状態から言って、そうでもなさそうな感じがする。軍本営の対外部の報告通り、聖王都内に限らず、現在のモーデルに食料品や酒類が豊富にあるとは思えない。


「みなさんにそれほど余裕があるとは思えませんから、それには及びません。

 そのかわり、モーデル解放軍がエルシンを聖王都から駆逐しモーデルを解放したことと、セルフィナ殿下が近いうちに帰還される。と、モーデル各所に触れてもらえませんか?」


「お心遣い、痛み入ります。

 各所への連絡はお任せください」


「食料品などは無償でいただく代わりに、できれば購入したいのですがどうですか?」何か購入できるものがあれば購入したいのでキーンはダメ元で聞いてみた。


「各国との通商が細っていますので、酒類、肉類、穀物類は高額になります。国内で採れます野菜についてはこれまで通りの値段で卸せると思います」


「野菜だけでも購入できればありがたいです。商人の方をここによこしていただけませんか?」


「了解しました。野菜類を扱っております者を明朝こちらにうかがわせます」


 そう言って元聖王都の行政官?たちはキーンたちに深々と頭を下げ、帰っていった。



「野菜だけでも手に入ればありがたいですな。自分が明日商人の相手をしましょう」とボルタ兵曹長。


「ところで、聖王都の見回りとかしないわけにもいかないし、国内の街道くらいは見回ったほうがいいかな?」


「兵隊たちを遊ばせておく必要はありませんから、明日からでも巡回させましょう。聖王宮警備とモデナの巡回に2個中隊、モーデル国内の街道の巡回に3個中隊といったところですか。

 街道の見回りは日中だけでいいでしょうが、ここの見回りは夜間も必要ですから、各中隊で当たり外れがでないよう担当表を作っておきます。空いた兵隊たちは、ここの訓練場で訓練でもさせておきましょう」とゲレード中佐。


「モーデルの簡単な地図とモデナの地図も数枚ずつ用意してあります」とノートン少佐。


「それなら、部隊ごと迷子になることもないな。魔術師小隊には、街道を巡回する部隊にミニオンを同行させて、部隊の周囲を見張らせておこう。

 ただ、パトロールミニオンから巡回部隊に異変を知らせる手段がないな。そこはなにか考えておかないと」


「ミニオンがくるくる旋回すれば『周囲を警戒』、四角く飛べば『敵が潜んでいる』とか取り決めておけばなんとかなりませんか?」とゲレード中佐。


「そういう方法で良さそうですね。今日中に決めておこう」


「巡回となると黒槍はさすがに邪魔ですので、短剣の出番ですな」


「短剣を用意しててよかった」




 翌朝、モーデル国内の農産物を扱っているという商人が駐屯地に現れた。こちらについてはボルタ兵曹長が対応し、明日から毎朝2000名分の野菜類を駐留地に届けてもらうことになった。値切ったわけではないが、値段はサルダナ国内の相場と比べてかなり安かったようだ。ボルタ兵曹長の話では、先方の儲けはほとんど無いだろうとのことだった。



[あとがき]

次話より『第21章 翔べ! デクスシエロ』となります。

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