第288話 聖王宮2、大穴


 キーンたちは覗き孔から大穴を確認した後、孔をそのままにしていては危険なのでキーンが土砂を固めて塞いでしまった。


 穴の底の土砂も上から覗けばよく見えるし、いつでも『移動』魔術で穴の外に運び出せるので、時間があるときにでも土砂を片付けてしまおうとキーンは考えていた。土砂を片付ければ穴の底に下りてデクスシエロがどうなっているか確認するつもりだが、『階段魔術』を使えば穴の底まで下りていくこともできる。このことを予想して階段魔術を思いついたわけではないが、なにげに『階段魔術』が役に立ちそうなのでキーンは嬉しくなってきた。


――こんなとき、冒険小説だと、主人公の仲間が主人公に向かって『こんな事もあろうかと』って言うんだよな。



 宮殿内のどこかに、大穴を巡る回り階段に通じる通路があるはずだったが、今回の確認作業では見つけることはできなかった。上からのぞいたときに回り階段の始まりの踊り場が見えていたので、その辺りを探せば宮殿内に通じる入り口が見つかるだろう。



 宮殿内の確認を終えたキーンたちが宮殿の外に出たところで、ソニアたちも聖王宮内の確認を終えて宮殿の玄関前に戻ってきた。ソニアたちは下働きの男女数名を聖王宮内で見つけて、連れていた。彼らから話を聞くと、自分たちが気づいたときには聖王宮の門が閉ざされており、門のかんぬきを外そうとしたが重くて外すことができず、聖王宮から出るに出れなくなってしまい、仕方なく聖王宮に留まっていたようだ。


 さらに話を聞くと、彼らは臨時の・・・雇人やといにんだったらしく、聖王宮内にいた偉い人・・・たちは昨日夕方前に慌ただしく宮殿を出ていったようだ。偉い人・・・たちの行き先も含めて詳しいことは何も知らないようだった。聖王について尋ねたところ、雇い入れられて以来4、5カ月になるが、一度も目にしたことはないと答えた。彼らの言う偉い人・・・の人数を聞くと多くても20人という話だった。


 小国と言えども一国の中枢で官僚の数が20人では少なすぎるし、宮殿に臨時の・・・雇人やといにんを入れるようなことなどあり得ないことなので、やはりこの宮殿は国の中枢としての役目を果たしていなかったと考えていいだろう。


 エルシンにはモーデルを真面目に治めるつもりがなかったことは明白だが、ではエルシンは何のためにこのモーデルを乗っ取ったのか?


「おそらくですが、デクスシエロが目的だったのでは? エルシンは古い国ですからデクスシエロのことを知っておりその復活を恐れていたのかも知れません」と、ゲレード中佐。


 確かにデクスシエロが銘板に書かれていた通りのアーティファクトなら、モーデル以外の国はその復活を恐れるのは当然ではある。デクスシエロをわがものにして自由にできればロドネアをわがものにできる。その思惑おもわくでモーデルを手中にしたものの、結局は穴の底からデクスシエロを引き上げるともできず、クリスの予想通り、ならば二度と日の目を見ないよう埋めてしまおうと考えたのだろう。



 その日キーンは軍本営のトーマ軍総長に対してかなり長い手紙を書いている。


 要約すると、


『一切の抵抗なく聖王都に入城し、聖王宮を捜索するも、軍人はもとより役人なども不在で、聖王陛下、王太子殿下など見つからず。

 聖王都の治安維持のための当分のあいだ部隊は聖王都に駐留するため、物資の補給を願う。

 国としての機能を再開させるため、役人の派遣を乞う。

 また、麾下部隊は治安維持活動に不慣れであるため、近衛兵団より治安維持用の部隊の派遣を願う』




 翌朝。キーンからの手紙をキャリーミニオンから受け取ったトーマ軍総長は、


『聖王陛下以下が連れ去られていることは想定内ではあったが、役人が一人もいないとは。

 確かに、官僚がいなければ国が回らないのも確か。さっそくマウリッツ宰相に事の次第を話してモーデルに派遣する官僚団を組織してもらおう。ただ、体裁ていさいをある程度考えて官僚団を派遣しないと、周囲からはモーデルがわが国の「属国」に見えてしまうな。若手を中心とした実務官僚を送って、大臣クラスの高級官僚は現地が落ち着いたら、セルフィナ殿下の手で現地の名族めいぞくからの採用していただくのが無難なところか。

 聖王都の警備については、あまり大勢だと補給が大変だから、1個大隊1000名ほど近衛兵団から派遣しよう。このところの軍の活動が活発なので、国庫が厳しいとソーン財務卿にも言われておるし、モーデルへの直接の援助もこれから先必要になるだろうからな。

 それはそうと、まずはヤーレムからモーデルまで輜重隊を送るとしよう』



 トーマ軍総長から、モーデルへの官僚団の派遣を依頼されたマウリッツ宰相はさっそく人選に入った。目星はあらかじめ付けてはいたため人選は簡単だったのだが、その中で、3月にセントラム大学を優秀な成績で卒業し、4月から父であるソーン財務卿の秘書をしていたメアリー・ソーンが志願した。ソーン侯爵の次女でクリスのすぐ上の姉である。


 現地では危険はあまりないだろうが、ソーン侯爵家の跡取り娘である。国外に出してもいいのかとソーン財務卿にマウリッツ宰相が確認したところ『娘のたっての願いなので、よろしく頼む』と言われたため、官僚団のトップとしてモーデルに送ることにした。


 官僚団の第1陣は、当面の資金として金貨5万枚とともに、モーデルの聖王都を警備するため近衛兵団から抽出された2個中隊の護衛を受けて翌週には王都を出発した。聖王都への到着は9月初を見込んでいる。もちろん、その第1陣の中には官僚団団長のメアリー・ソーンも含まれている。


 また、マウリッツ宰相はセルフィナと会談し、聖王と王太子は行方不明であり、モーデル聖王国をまとめるため早期の即位をお願いしたいむね、伝えている。正式な戴冠式については、国家運営に目処が立った後で良いだろうということになった。なお、戴冠式についてはエルシンを含めた各国に案内の使者を出す予定である。


 マウリッツ宰相がセルフィナに聖王と王太子が行方不明であると告げたとき、彼女の表情は変わらなかったという話である。そのときセルフィナがどのように感じ、何を思っていたのかはわからない。ただ、マウリッツ宰相の『準備が整い次第、即位をお願いしたい』という言葉に対しては黙って頷いていた。




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