第287話 聖王宮1、宮殿1


 結局、モーデル解放軍は聖王宮まで何事もなく行進を続けた。聖王宮の門も閉じており、かんぬきにはクサビなどが撃ち込まれ、人力では簡単には抜けそうもなかったが、聖王都の正門と同じ方法でキーンが簡単に閂を抜いて開けてしまった。


 門の先の聖王宮内には人がいないようでひっそりしている。


「連隊長殿、ここまで何事もなくやってきてしまいましたが、聖王宮の中に罠でも仕掛けられているのでしょうか?」


「いや、その程度の嫌がらせをする意味はあまりないし、その時間もなかったんじゃないかな?」


「そうだといいんですが。罠ではないにしても何か他のもっと悪質なイヤガラセを置き土産にしているかも知れませんな」


 馬上のキーンを見上げてボルタ兵曹長が言った。


 キーンもそこは心配だったが、中に入ってみれば分かることなので、軽く頷くだけにとどめた。


「第1中隊だけ中に入れて、他の中隊には聖王宮の周囲を警戒させましょう」とゲレード中佐。


「そうしましょう。

 第1中隊のみ僕に続いてください。

 魔術師小隊は、この位置で周囲の警戒を」


 馬に乗っていたキーンたち3人はそれぞれの馬を門の先にあった馬留うまどめにつなぎ、徒歩で聖王宮殿内を確認して回ることにした。



 第1中隊200名がぞろぞろ後ろをついてきても仕方がないので、キーンはゲレード中佐以下本営用員3名と20名ほど引き連れて一番大きな建物である『聖王宮殿』内に入っていった。残りの第1中隊員はソニアの指示の下、聖王宮内の各所を調べさせることにした。


 キーンたちはノートン少佐の案内で宮殿内に入ったが、中にも人は見当たらなかった。ちなみに宮殿から突き出した形の玄関ホールの扉には最初から鍵は取り付けられていなかった関係でノートン少佐が力を込めて押したら、すんなり開いている。


 玄関ホールの天井は高く、上の方の明り取りの窓から光が差し込んでかなり明るい。壁には見事な壁画が描かれており、天井にも天井画が描かれていた。中には磨かれた大理石の円柱が2列並んで立っていた。

 これまで宮殿と言えばサルダナの王宮にある宮殿しかキーンは見たことはなかったが、こちらの方が格段に豪勢にみえた。良く言えばサルダナの宮殿は質実剛健といえるのだが、こういった豪勢な宮殿もいいものだとキーンは思った。


 大理石の円柱の前には台座が置かれていたが、その上には何も置かれていなかった。


「台座の上には石像や銅像が飾られていたのですが」と、ノートン少佐。


 実際はもっと豪華だったようだ。おそらくかなり前にエルシンに向け運び出されていったのだろう。この調子で行くと、動かせる値打ち物は宮殿内に残っていない可能性が高い。


「まずは、聖王陛下の執務室に向かってみましょう。おそらくそこにはいらっしゃらないでしょうから、つぎは後宮に回ります」


 宮殿内の廊下には、壁や天井にも玄関ホールと同じように絵が描かれていた。キーンたちは警戒しながらその豪勢な廊下を聖王の執務室まで進んだ。廊下にはやはり調度品は置いていなかった。


 ノートン少佐が聖王の執務室の扉を開けると、小さな机が出入り口の脇に一つと、大きな机が一つ正面に置いてあった。壁は書架になっていたようだが、本のたぐいや小物などは一切置いてなく空っぽだった。机の上もきれいなもので、聖王のものと思われる大きな机の引き出しを確認したが中には何も入っていなかった。


「ここまで徹底していると、清々しさを通り越して異常さを感じてしまいます」と、ゲレード中佐。ノートン少佐は先程から押し黙っている。


「初めてこういったお部屋を拝見しましたが、なんとも言えませんな」とボルタ兵曹長。


 その後、後宮に向かったが、そこにも人はおらず、調度品のたぐいも何もなかった。


 そこから、一渡り宮殿内を捜索してみたが、調度品は完全に持ち去っているようだ。こうなってくると壁画や天井画が逆にむなしくなってくる。これでは聖王自身がこの宮殿にいたとは考えにくい。調度品を持ち出した時期と前後して聖王は連れ出されたと考えたほうが良さそうだ。


 宮殿の建物に囲まれた中庭には、芝が植えられ、例の井戸・・がその真中にあった。こうやって地面の高さから見ると高さ20メートル、直径20メートルちょっとの石組の円柱形の建物に見える。もちろん宮殿の建物よりも高いので、中がどうなっているのか伺うことは簡単ではない。


 その円柱の石壁の一部が地面の高さで壊されていて、そこからキーンが覗いてみたところ、底の方は土砂で埋まっているようにみえる。クリスが言っていたように、デクスシエロを回収できなかったので埋めようとしたのだろう。宮殿内での作業なので、あまり作業は進んでいなかったようだ。確認のためミニオンを底まで飛ばして見たところ、デクスシエロは腰のあたりまで土砂で埋まっていたが腰から上は埋まっていなかった。


「この穴の下にデクスシエロという軍事アーティファクトがいるんですが、エルシンも回収を諦めて土砂で埋めようとしたみたいです」


 ゲレード中佐は中を覗きこみ、


「深いな。この穴をどうやって掘ったのかも謎だが、これを埋めるのも確かに至難だな。

 で、そのデクスシエロというのはどういったアーティファクトですか?」


「アイヴィーのケガを治そうとこのモーデルにやってきた時、偶然ですかこの穴の底にやってきてしまい見つけたアーティファクトです。ダレンのデクスフェロによく似た全身鎧型のアーティファクトですが、アレの1.5倍位の大きさがありました」


「偶然、この穴の底にやってきたというところはおいおい伺いましょう」


「で、デクスシエロの足元に銘板が置いてあり、なんでもデクスシエロが宙に昇れば、モーデルにかなうものはいないとか」


「空を飛ぶアーティファクトであれば穴の底からでも容易に外に出ることも可能なわけですね。

 ノートン少佐はご存知でしたか?」


「いえ。この石の建物のことはもちろん知っていましたが、大穴を隠していたとは知りませんでした。アービス連隊長に以前伺うまでアーティファクトのことも知りませんでした」


「確かに、宮殿内でこの石壁を勝手に登ることはできないでしょうから、誰も知らなかったのでしょう」




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